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第5話 普通の恋人


キスだけでなく、写真も断られた。


その結果が重くのしかかる。

嫌われているわけではない、はずだ。

俺に向ける笑顔は本物だと思う。

けど、時々不意に見せる泣きそうな顔がどうしても思い出してしまう。


俺のやりたいことを、どうして彼女は嫌がるのだろう。


落ち込みは、翌日にも引きずっていた。

それでも会わずにはいられない。

放課後、居残りになるわけにはいかない。

でも、どう頑張っても小テストの範囲の英単語は目が滑り、頭の中に入っていこうとしなかった。




「目つき、わっる」

席について、顔を合わせるなり、佐藤はぎょっとした顔で、そんなことを言ってきた。

「はよー…」

「寝不足か?秘密の彼女にそんな顔見られたら、どん引かれるぞ」

「そんなやばい?」

「……なんかあったのか?」

「英単語が覚えられなくて……」

佐藤はため息をついた。



「そんなめんどくせー彼女なら、別れたら?」


佐藤の勘のおかげで小テストを何とか免れて、肩の荷が少し降りたのか、気が付いたら俺は佐藤に愚痴っていた。

女々しくも、ただ話を聞いてほしかっただけなのだが。

体調を心配していた佐藤は、俺と千早のかみ合わなさにだんだん興味を失せたようにスマホをいじりだした。


「ていうか、そもそもなんでそんなやつが、好きなんだ?趣味が合わないんだろ?」

「彼女…千早はかわいいし、美人だし、俺のこと好きって言いてくれたし……」

俺の言葉がだんだん尻すぼみになっていく。

佐藤はため息をついた。


「顔で選んだなら、ある程度のことは我慢じゃね?」

「それはそうなんだけど——けど、一緒にいて楽しいのは確かなんだよ。だからこそ、思い出を残したいと思うだろ?佐藤だって写真上げまくってるじゃないか」

「あれな……莉子が上げろってうるせーんだよ」


聞けば、佐藤の写真は彼女の要望らしい。

佐藤は確かにスタイルもいいし、顔もいい。

莉子の性格はどうなのか、俺は会ったことがないから知らないが、莉子からしたら、見せつけておかないと不安なんだろうな、とぼんやり思った。

佐藤は写真を載せるのと引き換えに自分の行きたいところに連れまわしているらしい。

時々、女の子が好まなさそうな渋い城や電車の写真もあったことを思い出す。


「けど、俺は思い出の写真の一枚くらいほしいよ……それが無理なら、せめて神社以外でデートしたいし…」

「気晴らしに、どっか行くか?」

「…俺……でも」

行きたいとも思ったが、千早の笑顔をふと思い出してしまう。

少し遅れただけでも悲しそうな顔してたな……。

あの笑顔を曇らせたくはない。


「お前だけじゃねーよ。そのチハヤさん、だっけ?も誘ってさ」

「え……?」


伏せていた顔を思わず上げる。

佐藤はチラリと手元のスマホから視線を外し、俺を見てニヤッと笑った。


「親から遊園地の優待券貰ったんだよ。4人までなら使えるし、たまには遊ぼうぜ」

「……マジかよ」

「ま、なんだ。お互い価値観が違っても、好きならそれはすり合わせるべきだし、たまには違うシチュエーションになるのは悪いことじゃない、と俺は思う」


散々だるそうにしてたのに……めちゃくちゃいいこと言ってくれるぜ。


「佐藤って、マジでかっけーよな。惚れそう…」

「きも。大体、優待券は親の金だし、莉子もお前の彼女に会いたがってたし。」

「佐藤がこんなに応援してくれるなら、もっと早く相談しとけばよかった」

「そりゃどーも。んなことより、期末テスト、ミスんなよ。夏休みに補習になったら、おいてくからな」


素晴らしい提案に俺は心が躍った。

佐藤と遊ぶのは久しぶりだったし、何より千早と遊園地デートができるというだけで、すでに手をつないで遊園地内を歩き回っている妄想までしてしまう。

佐藤の優待券で行くということと、ダブルデートだということ、テスト範囲の広さは、この時ばかりは考えないことにした。


早く千早を誘わないと——!


「っしゃー!!」

俺は思わず、気合いが口から漏れた。


「声に出すなよ……引くわ」


そんな顔しないでくれ、けど、本当にありがとう。




衣替えをしたというのに、日差しを直接肌に受け、余計暑く感じる。

石段を登り、木陰にさしかかると、いくぶん涼しく感じた。

スキップしそうなくらい足取りは軽く、登りきった先のベンチはちょうど日陰で座りっぱなしでも暑くなさそうだ。

千早はベンチに腰かけ、目を閉じ、風を感じているようだった。

俺の息づかいと砂利を踏む音に千早は目を開け、俺を見た。


「千早」

「陽太。今日は暑くなったね」

「けど、雨よりはいいよな」

そんな些細なやり取りをしつつ、俺は荷物をおろし、千早の隣に座った。


「陽太、大丈夫?」

「…え?」


ふいに千早は俺の左頬に手を当てた。頬に当たる手の温かさが優しく、ひどく気持ちがいい。

俺の汗ばんだ顔に不快な顔一つせず、顔をのぞき込んできた。

「顔色悪いよ、目も赤いし」

「あぁ、ちょっと寝不足で…はは」

「学校、大変なの?」


理由を言うわけにはいかない。


「ちょっとだけね。それよりさ、千早に提案があるんだけど」




「……」

俺はダブルデートの話をしたが、千早は黙っていた。


「ほら、いつも神社ばかりだとつまらないだろ。たまにはさ。そんなに遠くないし、1日だけだからそんなに疲れないと思うし」

「……」

「それに、俺の友達もその彼女も千早に会いたいって言ってたし」

「……」

「…聞こえてる?」

「聞こえてる」

ひどく心配していた顔が、今は顔をこわばらせて考え込んでいる。

何をそんなに悩むことがあるのか。


ハッとして、急いで付け加えた。

「もしかしてお金の心配してる?お金だって心配しなくていいんだよ?その日くらい俺おごるし。遊園地のチケットは佐藤のだけど…」

千早は形のいい唇を開いた。


「陽太は……私といて楽しいって、幸せだって、思ってる?」

「そりゃあ、もちろん」

俺は急いで返事をした。


「じゃあ……ここでも、いいんじゃない?」


「……どういうこと?」

「そのダブルデートは、ここですればいいじゃない」

千早はとてもいい提案だというふうに顔を緩ませた。


「私は陽太がいるだけでいいけど、陽太は友達とも遊びたいんでしょ?ここなら日陰もあるし、ね?その方がきっとうまくいくわ」

「うまくって……」


佐藤が気を使って誘ってくれて、俺も千早が喜ぶと思ったのに……千早はなんで分かってくれないんだろう。


「ここは、何もないじゃないか…」


「陽太?」

「こんな所に2人を連れてきたって遊園地ほど楽しめるとは思えないってことだよ」


千早はショックを受けたような顔をした。それでも話すのをやめられなかった。


「陽太、あの」

千早の声を被るように、俺は話を続けた。


「そりゃあ、千早は話すだけで満足なんだろうけど、俺は千早と色んなところに行きたいんだ。プレゼントは嬉しかったけど、けど、木の実やその辺に生えてるものをまとめただけの花束だなんて……俺は…俺はただ、普通のことがしたいだけなんだ。写真だって撮らせてくれないし、これじゃ俺だけが浮かれているみたいじゃないか」

「陽太」


千早のまつ毛が下を向き、そして、俺をみるために揺れた。


「陽太の普通って……何?陽太は、だれかに自慢するために彼女が欲しかったの?」

「それは……」


喉がカラカラだ。

この暑さで、喉の奥が張り付いて声が出ない。


何か、何か気の利いたことを言わないと……


「前に言ったお礼の話、覚えてる?デートしたら、それこそ”彼女”だと思う……お礼だって弾むし」


千早は何も言わない。


「神様ならそのくらいの願い、叶えてくれたっていいじゃないか」


風通りがいいのか、千早の髪がなびく。

木々の擦れる音が嫌に大きく聞こえ、一瞬千早が何か話したような気がしたが、口元は髪に隠れてよく分からなかった。


千早は左手で髪を耳にかけ、一度右をチラリ視線を外し、目を伏せ、そして陽太をまっすぐ見た。

「聞き入れましょう、あなたの願いを」


ひどく心に沁みる声音だった。


付け加えて、千早は言葉を続けた。

「陽太と同じ景色をもっと見てみたいから」

はにかむ顔はひどく寂しそうだった。




「ごめんなさい。今日はもう帰って。……明日も来てくれる?」

珍しく千早からそんなことを言ってきた。

いつもなら俺からきり上げるのに……

そう言われると、帰りたくなくなったが、1人で考えたいことがあると言われると、ここにいるのが迷惑な気がした。

「うん。明日も必ず来るよ」


唇が震えないように、精一杯声を張り上げたおかげで、千早は目を丸くしたが、花がほころぶように笑った。



俺は石段を降りた。

境内は木陰で少し薄暗かったが、日もずいぶん長くなり、階段を降りきる頃、見上げるとまだまだ空は明るかった。鳥居を通り過ぎ、振り返った。


千早の姿はなかった。


俺は千早の考えていることが分からなかった。

もし本当に千早が神様だとしても、俺の提案を受け入れたのは、結局金目当てなのかと考えてしまい、暗い気持ちになった。

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