第4話 思い出を残したい
「あ、そうだ。俺から、もう一つ」
一番大切なことを忘れていた。
俺は慌てて、クサイチゴをティッシュに包み、ポケットに押し込んでから、カバンから自撮り写真を手渡した。
毎日撮り続け、ようやくまともに見える写真が撮れたのだ。
最初の方は、ナルシストになった気分でひどく恥ずかしかったが、最後の方はどれだけ加工しなくてもいい感じに写れるかに没頭していた。
千早の隣に立つなら、この顔なら釣り合うといいな、千早ならどんな撮り方をしても綺麗な顔なんだろうな。
そんなことを考えていた。
「恥ずいけど、ここに来る前にコンビニで作ってきた。千早がさみしくないようにと思って」
そう付け加えると、千早は頬を少し赤くした。
「ありがとう、大切にするね」
ひどく胸が高鳴る。目の奥が焼けるようだ。かわいくてたまらない。
これなら……
俺は軽く咳払いをした。
「……でさ。1ヶ月記念にさ、俺と写真、撮らない?」
スマホを取り出した。
しかし、千早は露骨に顔をしかめた。
「いやよ。人間はなんでいちいち写真なんて撮るのよ。目の前にいるのに、必要ないじゃない」
「千早がいない時に、俺が淋しくないようにだよ」
「それくらい目に焼き付けなさいよ、それにあんまり写真撮るのは良くないわ」
この1か月でお互いに軽口がたたけるようになったのは嬉しいが、千早はむすっとした顔をした。
「なんで?」
「なんで…って?そりゃあ……神様は写真を撮られると魂抜かれちゃうのよ」
呆気にとられた。
どんな言い訳だ。
そんなに嫌なのか。
千早は明らかに目が泳いでいた。
「神様に魂なんてものがあるの?」
「……抜かれたことないから、わからないわ。……その、わかっているのは、もし魂を抜かれてしまったら、陽太にもう会えなくなるってこと。……だから私は遠慮しておく」
「……なんだか屁理屈みたいだ」
正式に付き合うということになってから、俺は友人の佐藤に彼女ができたことを伝えた。
おめでとうと言ってくれたが、あまりにも学校外での付き合いが悪くなったし、彼女の写真すら見せてこないことに、次第に佐藤は疑わしい目を向けてきた。
どんな子か知りたがっているのだ。
正直、俺は友人みたいに千早を自慢したかったし、連れてデートにも行きたかった。
俺は話を1度変えることにした。SNSを開き、千早に見せた。
「俺の友達、佐藤っていうんだけど、隣にいるのが佐藤の彼女」
去年の夏に海に行ったという、波打ち際でかき氷を頬張っているツーショット写真を見せた。
「わぁ、素敵」
千早は食い入るように見つめた。
その次に2人で花火大会に行った時の、並んで写っている写真を、俺は見せつけた。
千早の目は輝いている。
「こういう写真を撮っておくと、過去の出来事も鮮明に思い出しやすくなるだろ?」
「…そうね。でも、私は……ダメなのよ」
「…どうしても?」
「……どうしても」
暗く沈んだ、はっきりとした拒絶に、それ以上、話をすることはできなかった。
「……今日はもう帰らないと」
何となくその場から離れたくなった。俺は立ち上がり、財布から5円玉を取り出した。
帰る前に賽銭箱に投げ入れるのが日課になっていた。
5円でも毎日、1か月も続ければ、ジュース代くらいの額になる。
学生の俺にはイタイ出費だ。
それを続けているのは、約束をしたからだ。
それにそうしないと千早が遠くに行ってしまいそうな気がした。
でも、こんなこと、いつまで続ければいいのだろう。
俺は無造作に5円玉を放り投げ、賽銭箱に入れた。
二礼二拍手、一礼。
「陽太」
いつもの行動を終えると、千早は俺の手を握り、顔を近づけてくる。
千早の唇が左耳にかすかに触れた。
「ありがとう」
「……うん」
千早の吐息が耳にかかり、無意識に生唾を飲み込む音が千早の耳にも聞こえたのだろう。
「ふふっ、緊張しすぎ」
緊張をごまかすように、体がこわばりながらも腕をまわし、千早を抱きしめた。
すると、千早も顔を俺の胸に預け、そろそろと抱きしめ返してくれた。
千早の髪が鼻をかすめ、ほのかにさわやかな香りがする。
俺は千早を見つめ、顔を近づけようとするが、
「陽太」
千早の手が俺の口をふさいだ。
「婚前交渉はだめよ」
「ただのキスだよ」
「それも含まれるの」
「そう……神様だから。厳しいのよ」
「……」
無理矢理は良くないのは分かっている。
何しろ前科があるからだ。自制しようにも千早が近くにいるとできそうになかった。
胸の奥を、無性にかきむしりたくなる衝動は、家で静めるしかない。
「ふぅー……帰るよ」
だんだんイライラして、居たたまれなくなってくる。
そんな自分を見られなくて、早く帰りたくて仕方ない。
「ねぇ、明日も来てくれる?」
「それは……もちろん」
「待ってるね」
千早は名残惜しそうに階段まで見送りにきて、笑顔で手を振った。
俺もぎこちなく手を振り、階段を駆け下りた。
走らないと、そのまま石段を転げ落ちそうなくらい、体が前のめりになっていた。
「彼女……彼女は彼女なんだ」
金目当てで付き合っている関係は不純ではないだろうか。
そんな不純な状況だから、千早は俺を受け入れようとしないのだろうか。
人の付き合い方はそれぞれだ、そう言い聞かせるも、俺は佐藤が幸せそうに写っている写真を思い出さずにはいられなかった。




