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十六話 朝焼けのその先

 それからひと月。

 凛はなかなか、退院できなかった。

 美代という病棟での支えを失った事で、情緒不安定になった。

 外泊も家族以外の面会も許されず、凛は焦るばかりだった。

 美代に会いたいのに、こんなに遠いなんて…

「そろそろ、退院しますか?」

 主治医のその提案は突然降って湧いた。病棟レクリエーションで、映画を観ている最中の診察だった。

 凛は映画を中抜けしてしまった苛立ちを忘れ、主治医に感謝した。

「いいんですか?」

「ええ、もう十分休まったと思います。戻れますか?」

「はい!」

 その後すぐに、美代にラインした。退院日が決まったよ、と。

 ティロリティロリ。

 着信だ。

「美代!久しぶり!」

「凛、やっと声が聴けた…退院日が決まるまで、我慢してたの」

 なんだ。それで電話をくれなかったのか、と凛は納得する。

「その日、浜辺で待ってる」

 美代は嬉しそうな声を上げた。

「うん、必ず行くわ」

 凛は力強くそう言い返した。

「三坂さん、面会です」

 と、看護師に呼ばれたので、凛は電話を切った。

「啓介ですか?」

「それが…仲畑さんってゆう人」

 仲畑?美代なら、今電話した。ここに来ているなんて事があるだろうか?

「主治医も交えて面会したいって。変よね」

 この看護師は口が軽い事で有名だった。

 なにやら不穏な予想がされる。

 面会室を覗くと、硬い表情の主治医と、仲畑美代の両親がいた。

 入ってはいけない、そう思った。

「ああ、三坂さん、どうぞ座って」

 凛は美代の両親に頭を下げながら、椅子に座る。

「実は、仲畑さんからお話が…」

「なんでしょう」

「…美代に、もう会わないでいただきたい」

 孝之の声は、凛には異世界のもののように響いた。

「あの…それは……」

 凛は言い返す。けれど言葉にならない。

「もうあの子を誑かさないで」

 美奈子がヒステリックに叫ぶのを、凛は唖然と見ていた。

「落ち着いてください。順序立てて話さないと」

 主治医の男性医師、唐澤は、美奈子を制する。

「順序立ててなんて!この女は、全部わかってるんですよ!人妻の分際で美代に手を出して…」

「お、お母さん…わたし」

「貴女にお母さんと呼ばれるいわれはありませんっ」

 孝之が、バサリと凛の方に投げてよこしたのは、美代の筆跡で埋まったノートだ。見覚えがあった。

「…読んだんですね?」

「読んだ」

 それは美代が入院中につけていた日記だった。

「勝手に、読んだんですね?」

 凛は怒りが湧くのを感じた。その日記には、二人の愛の軌跡が詰まっている。

 凛の掌に汗が滲む。

「勝手に、だと?我々の娘だ!読んで何が悪い」

「いいから、美代にはもう会わないで」

 唐澤が、二人の態度に諦めたように凛と向き合う。

「日記に書かれていることは事実ですか?」

「……はい」

 美奈子と孝之の、凛を罵る言葉は右から左に流れてゆく。

「先生、わたしたち恋に落ちただけです。何が悪いんでしょう」

「三坂さんは、結婚してますね。それが、ネックでしょう」

 唐澤は言葉を選んでハッキリと言う。凛は痛いところを突かれた、と思った。

 どうしても払拭されない美代への罪悪感の源は、自分が配偶者を持っている事。

「…選ばなければ、なりませんね」

 唐澤は、凛を思ってか、苦しそうにそう呟いて沈黙した。

 凛は、素晴らしい朝焼けの朝に立ち戻り、美代の体温を思い出し、それでも逃れられない思考の波に沈んでいった。


 唐澤は、その面談の内容を外に漏らすようなことはしなかったし、美奈子と孝之も言いふらすようなことはしなかった。

 なので、翌日、啓介は普通の顔をして、いや、少し嬉しそうに退院する凛の迎えにやって来た。

 重い荷物を持ってくれた啓介と、手を繋ぎ病棟を去る。

 啓介と繋いだ手から伝わる温もりが、美代のそれに感じられて凛は揺らぐ。

 電車とバスを乗り継ぎ、自宅へ帰る。

 自宅へ帰ると啓介に抱かれる。その間も凛は揺れていた。

 今の生活、美代との逢瀬、啓介との行為、美代とのキス、色んなものが入り乱れて入ってくる。

「夕飯の買い出し、行ってくる」

「夕飯なんかなんでもいいのに。もう一回しよ?」

 啓介はなかなか凛を自由にしてくれない。でも、もう限界だった。

「また帰って来たら、ね?」

 ここに帰ってくる事があれば、だけれど。

 自転車に跨ると気持ちばかり焦った。

 こんな時でも、身体は正直に美代に会いたいと叫ぶ。

 海岸に着いた。美代は、二人が初めてキスをした場所で、凛を静かに待っていた。


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