十五話 退院前夜
"会いたい"
その短いDMが美代に届いたとき、世界は崩壊したのかもしれない。
春先の夜は寒い。目一杯着込んで海へ出たけど、夜風が沁みる。それでも心は、愛する人に会えると喜んでいた。
凛は自転車に乗って美代の元へやって来た。
すぐに駆け寄り、夢中で抱き合う。自転車が脇で倒れる音がしたけれど、二人には響かない。
「好き、大好き。愛してる」
凛の囁き声に、美代は頷く。
「わたしも、愛してる。凛…」
そして二人は、浜辺に腰掛けて星の数ほどのキスをした。
繰り返し、繰り返し、何度も。
互いに夢中になっている間に、夜は更けて、朝が来た。
あの日二人で初めて見たときのように、立派な朝焼けに包まれながら、二人は互いから目を離せずにいた。
朝焼けを背に二人は手を繋いで途中まで帰った。
互いにすべてを曝け出して、もう何も言わなかった。
互いの家への別れ道で別れた後、美代はエックスを開き、海辺で撮った朝焼けの写真を投稿した。
"退院しても、浜辺で会えるね"
"うん、会いたい"
恋人みたいな甘いやり取り。
家に着くと、母親の美奈子が半狂乱で美代を探しているところだった。
「お母さん、ごめんごめん」
「美代、どこ行ってたの!」
「海までお散歩に」
「ああ、無事でよかった。すごい冷えてるわね、あったかくして」
暖かい美奈子の手に包まれた手は、確かに昨日までの自分の手だ。
でも、もう違う。
この手はただの手ではない。
欲しいものに手を伸ばし、掴んだ手だった。一番欲しいもの、凛の愛を得たと確信したこの日から、美代の世界は輝き出した。
一方その頃、自転車に乗り家を目指す凛。
家族は寝静まっていて、誰にも気付かれず寝室に戻る。
啓介の寝顔を見て、先程までと違い、愛おしいとさえ思う心の余裕が出来た。
凛はもう一眠りしようとベッドに戻る。その衝撃で、啓介が目覚める。
「おはよ」
「おはよ」
「今何時?」
「まだ六時よ」
啓介はむにゃむにゃ言いながら凛を抱きしめた。
「冷たい」
「ちょっと朝日を拝んでたから」
「俺があっためてあげる」
啓介は凛にキスしようとした。
「…やめて」
凛は美代とのキスを忘れたくなかった。けれど、啓介は強引にキスをしてくる。
また逆らえなくて、流される。けれど心の中では一心に美代を想っていた。
それから一週間後。
いつものように、美代と凛は二人きりの甘い時間を過ごしていた。
硬く結ばれた手に、時折混じる甘い深いキス。
その日はいつも以上に、甘いキスの回数が多かった。
美代はついに、凛をベッドに押し倒した。そして、自分の上着を脱ぎ、下着姿になる。
「美代…わたし……」
「凛、愛してる」
凛も覚悟を決めて自身の上着を脱ぐ。続けざまに下着も外し、上半身裸になった。
明日、美代の退院が決まった。それを受けて、二人は燃え上がっている。
当面会えなくなる。
その間の重石が欲しかった。
裸になって触れ合えば、その寂しさが埋まると思った。
愛する人と肌を合わせる事が、こんなにも快感だとは知らなかった、と凛は思った。
普段の夫、啓介との行為中には感じない域の高まりを感じて、凛は戸惑った。
「美代も、下着、外して…」
「凛…」
二人は軋むベッドの上で裸になって睦み合った。誰かにバレると困るので、時間にして十五分ほどだったろうか。
夢見心地のまま、衣服を身につける。
そしてまた、甘いキスの応酬。
「…また、会えるよね?」
「退院したら、一番に会いに行くよ」
「待ってる」




