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十四話 海へ

 そんな日々も必ず終わる。

 それを最初に思い知ったのは、志摩子の退院の日だ。

「みんな、元気でね」

 病棟に咲く一輪の花は、可憐なまま去っていった。

「志摩子さん。わたし、寂しいです…」

 美代はずっと泣き通しだった。

「美代ちゃん、わたしも寂しいよ」

 そして志摩子は、そっと美代に微笑みかける。

「でも、行かなくちゃ。ね?」

「はい…」

 みんなに見送られて、志摩子は恐縮していた。でもとても、嬉しそうに、エレベーターに乗り込む。

 そしてみんなの方に手を振って、去って行った。

 美代は堪えきれず、凛に泣いて縋った。凛は、美代の肩を抱き、その長い栗色の毛を毛繕った。

 

「志摩子さん、元気にしてるかなぁ」

「美代、そればっかり。ラインしてみれば?」

 凛は面白そうにくすくす笑う。

 小鳥遊は、左腕が復活しても片耳にイヤホンをして、オーディブルで小説を聴いていた。

「さっき、マック食べてたよ。エックス見た」

 小鳥遊の情報に、二人はびっくりした。

「エックスやってるんだ。教えてよ」

「いいよ、これ。俺の裏垢」

「裏垢なんてあるの?」

「表垢はリアル優先。裏垢は闘病アカウントって感じかな」

「へぇー使い分けてるんだ。凛さんは?」

 美代はその使い分け方に心躍った。自分もやってみようと、小鳥遊に倣って裏垢を作る。

「わたしも、裏垢あるよ」

「表は表、裏は裏で繋がろうよ」

 美代は屈託なく言う。凛は戸惑ったが許可した。小鳥遊は、裏垢だけ繋がった。

「これ、志摩子さん」

「わー、マックだぁ、いいなぁ」

 先程まで傍に居た存在が、途端に遠く見えた。

 凛は落ち込んで来た。次の外泊の日が決まったせいかもしれない。

 いつまでも、守られた病棟の中で、美代との関係に救いを求めてるだけでは居られないのだ。


 外泊の日。

 その日凛は、迎えに来た夫がまた一人なのに落胆した。

「子供たちは?」

「平日じゃん、保育園だよ」

 預けて来たのか、と思った。凛は会いたかったので、呑気な夫の啓介に心底嫌気がさした。

「二人でデートしよう」

「デート?」

 思わず美代との朝の二人の時間を思い出してしまって、赤面する。

「ほら」

 と、差し出された啓介の右手を軽く繋いで、凛は歩き出した。

 胸に一抹の罪悪感を抱えて。

 その罪悪感が美代に対してなのか、啓介に対してなのかは、深く考えないことにした。

 

 病棟まで迎えに来た夫の啓介と、手を繋いで歩き出す凛を、美代は見ていた。

 顔を赤らめて歩く姿は、まるで新婚のそれだった。

 そうだよ、やっぱり凛はわたしのものにはならない。覚悟を決めた筈がまたぶり返す。それで良いのか?と。

 今朝は幸せだった。二泊の外泊を控えてるからか、凛はとても寂しそうにしていた。

 二泊の外泊を許されたとなると、退院も近いのかもしれないな、と美代は思った。

 この病棟を出た後、わたしたちはどうなってゆくんだろう。そんな漠然とした不安を抱えながら、美代も外泊の支度をした。

 十二時に両親が迎えにくる筈だった。

 手を繋ぎ話すだけの関係が、いつまで続くのか…美代は深淵の淵に立たされてる気がした。


 啓介の言うデートとは、ラブホテルへ行くことだった。

 確かに恋人時代はよく使った。その頃の気持ちを思い出そうよ、と啓介は言った。

 心に浮かぶ別の人が居る中での行為は、こんなに冷たいものだったろうか。

 手が触れるたび、唇が触れるたび、美代だったらどんなに良いだろうかと考えてしまう。

「今日、最高に気持ち良いよ、凛」

 啓介は身体が触れ合えれば満足らしい。

 その単純さが、今は恨めしかった。

「愛してるよ、凛…」

「わたしも、愛してる、啓介」

 

 その晩、子供たちとも再会し、夫である啓介に抱かれ、一見幸せそうな夜。

 凛は裸のまま、エックスの画面をジーッと見つめていた。啓介は寝てしまっている。

 美代も今、外泊している。

 確か隣町に住んでいる事がわかったので、比較的近い。

 愛のない行為に疲れた身体が、本当に愛する人と触れ合いたいと思わせてしまうのは、罪だろうか?

 ——えいっ、送っちゃえ。

 初めての美代へのDM。ストレートに、会いたい、それだけ打った。

 返事なんてないかもしれない。だってもう夜十時だ。睡眠薬を飲んでいつもなら寝てる頃…

 凛は啓介を起こさないようにベッドから這い降りると、下着を身につけた。次にパジャマを身につけて、階下へ降りる。

 と、エックスの通知が来た。

"わたしも、会いたい。

丸瀬浜海岸に来れる?"

 二人の住んでるところから見て、丁度中間地点の提案に、凛の心は躍った。

"すぐ行く"

 超特急で服を着替え、自転車で海岸を目指す。

 美代に会える。その想いで胸がはち切れそうだった。


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