其の十五
そう言うと、女は突如、紅子に近づいたかと思うと、鮮やかな手捌きで彼女に拾った短刀を握らせ、その切っ先に心臓をあてがった。
「ね、わかったでしょ。だからさ、この際あんただけでもいいから死んでよ、姫さま」
菖蒲に握らされた短刀の先をなんとか逸らそうと、紅子は必死に手に力を込めるも、あまりに強く掴まれており、びくともしない。
彼女は苦しげな表情で、自滅を掛けてでも自分を殺そうとする女を見た。
「父が才花衆にしたことは許されないことだ。本来なら私の命で贖うべきなのかもしれない。でも、この身体になってしまった以上それはできない。誰かの命を奪わないと死ねないこの身体では――」
「じゃあやっぱり紫には死んでもらわないと。ああ、どうせならあの子の旦那に殺させようか」
あまりに非道な言葉に紅子の手にさらに力がこもる。目一杯腕を引くと、菖蒲の手を振りほどき、短刀を投げ捨てた。
次の一手を考えるも、相手は歴戦の猛者。下手に動いてはどうやり返されるかわからない。
紅子はせめて視線を逸らすまいと、構えをとって菖蒲をじっと睨み付けた。その様子を、彼女はせせら笑う。
「紫たちを殺したらあんたはあたしを殺すだろう。あたしは死ぬけど、まあこの世に特段未練はないし、それであんたが死ぬならやってもいいや」
「ふざけたことを――」
両者にらみ合い、一触即発という状況の中、おもむろに稔が沈黙を破った。
「その秘術、いまこの場で解けるとしたらどうする?」
稔の提案に虚を衝かれた菖蒲は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐさま元の気味の悪い笑みに戻る。
「この手の術は術者が死ぬこと以外に解呪の方法は原則ない。その原則を覆す裏技でもあるってこと?」
「まあ、そういうことになるね」
そう言って稔は紅子のそばに寄ると、彼女の肩をそっと抱いて構えを解かせた。そして菖蒲を見やると、彼は不敵に笑ってみせる。
「術者が目の前にいるんだ。だったら術そのものを引き剥がしてしまえばいい」
稔の言葉に菖蒲は一瞬沈黙したが、すぐにつまらなさそうな表情に戻る。
「術者と言っても術の根幹を握っているというだけで、姫さまに秘術を扱えるだけの技量はないでしょ。どうやって解呪するっていうのさ?」
剣呑な空気を含んだ菖蒲の言葉に、稔は自信たっぷりに応える。
「もちろん、僕がやる」
予想通りの返答に菖蒲は苛立たしげに鼻を鳴らした。
「あんたね、術の根幹を握ってる本人がやらないと意味ないのわかってる? これは姫さまと才花の間で結ばれた秘術なの。姫さまにしかできないの」
「そう、本来は紅子さんにしかできない。――彼女が生きた人間であったならね」
聞くや否や、菖蒲は、さっ、と顔色を変えた。紅子も思うところがあり、稔を見やる。
彼はこの上なく不気味な笑みを浮かべ、ゆったりとした口調で言った。
「紅子さんは『人形』、そして僕は『人形師』だ」
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