其の十四
あくる朝、二人は森を出て座敷牢の前に戻った。そこには満面の笑みを浮かべた菖蒲が立っていた。
「おかえり。やっぱり戻ってきたね」
「君こそ、やっぱりここで待っていたんだね」
稔は悠然と応える。その余裕綽々な態度に、菖蒲は興味深そうに両手の指を絡める。
「だいぶ無茶したね。姫さまは軟弱そうだからまさかとは思ったけど、稔さまの首だけ切り落として外に放ったでしょ? 壁に血がついてたよ。というか、外に出たとして見張りがいるって思わなかった?」
「――私とて山辺の端くれ、その程度は気配でわかる」
紅子は冷たい声で言い放った。すると菖蒲は嬉しそうに手を叩く。
「さすがは姫さま! そうこなくっちゃね。それにしても、このまま夜まで戻ってこなかったら紫ちゃんを殺してるところだよ。間に合ってよかったね」
「はったりも大概にしなよ。君は紫さんを殺さない。いや、殺せない」
へえ、と呟くと菖蒲はにやにやと不気味な笑みに顔を歪めた。
「どうしてそう思うわけ?」
「君がこの座敷牢に見張りをつけていない時点で、なんとなく察しはついていたよ。僕たちが脱出するのは恐らく想定内だった。君たちの目的はあくまで僕たちを交渉の卓に着かせること。紫さんの件は紅子さんをここにおびき寄せる餌に過ぎなかった」
菖蒲は尚もにやにやと笑みを崩さず稔たちを見ている。しかしその瞳の奥はじっとりと暗く沈んでいることに紅子は気づいた。
「いやいや、ここに見張りをつけても特に意味はないじゃない。二人とも一応は不死身なわけだし。それに紫ちゃんのそばではいまも刺客が息を潜めてるかもしれないよ? 今ここにいない昇とかね」
「それはないんじゃないかな。紫さんが死んだ時点で、紅子さんも僕も君たちに従う理由がなくなる。むしろそうなって困るのは君たちの方だ」
想像だにしなかった稔の言葉に、ひととき菖蒲の表情が消えたかと思うと、次の瞬間、これ以上ないほどに不気味に笑った。
「なあんだ、もう全部わかってるってこと? つまんないなあ」
「紅子さんの話を聞いて、もしかしたらとは思ったけど、どうやら僕の考えは当たっていたみたいだね」
徐ろに顎元に手を当てて、稔はゆったりと微笑む。
「君たちの本当の狙いは、昇と同じく『紅子さんに僕を殺させること』だ」
稔が言うや否や、菖蒲は目にも止まらぬ速さで彼の懐に入ると、短刀の切っ先をその頚にあてがった。
しかして男は動じることなく女を見やる。
「流石の制御力だね。でも全然殺意が感じられないよ」
「――不老不死には牽制も効かないのがやっかいだね」
やれやれ、と短刀を投げ捨てた菖蒲は降参だと言うように諸手を挙げた。
その様子になおも余裕のある態度を崩さず、男は淡々と問う。
「『頭領の蘇生』なんて持ち出さなくてもこの展開には持ち込めたはずだよ。何故敢えてこんな回りくどいことをしたんだい?」
相変わらずにやにやと気味の悪い笑みを浮かべたまま、手をぶらぶらとふって菖蒲は話す。
「あたしたちに掛けられた秘術は刺青が彫られた部位の臓器を術師が破壊できる術。この術は術者が死ねば解けるはずだった。でも何故かそこの姫さまがあの人を殺しても術は解けなかった」
そこで言葉を切ると、ぴっ、と人差し指を立てて紅子をさす。
「そこであたしたちは仮説を立てた。術者の権限は姫さまに移譲されているんじゃないかってね。それは正しかった。姫さまが死んだとき一度秘術は途切れたからね。でも――」
今度は稔を振り返り、じっとりとした笑みを顔に張り付けて彼に詰め寄った。
「あんたがそいつを人形にしちまったせいで、また元に戻っちまった。だからあたしたちはそいつをもう一度死なせてやろうと思ったんだ」
すると、くるっと一回りして、まるで演者のように指を組むと、芝居がかった口調で続ける。
「でもそれだけじゃ駄目なんだ。人形という存在がある以上、頭領が蘇りでもしたら娘を殺したところで、また秘術が発動してしまう。だから敢えて頭領も蘇らせたうえで殺すつもりだった」
そこまで言い切ると、菖蒲は不意に表情を消す。
「だから稔さま、ちょっと違うな。才花衆の本懐は山辺の一族を根絶やしにして二度とこんな秘術を使わせないこと、そして人形師なんて厄介な存在にもご退場いただくことだからね」
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