其の十二
座敷牢をなんとか脱出した二人は近くの森に身を潜めた。
要求を飲ませたい以上、菖蒲たちがいきなり紫を手に掛けることはないだろう。とはいえそれも時間の問題だ。二人は額を付き合わせて次の一手について思案する。
何か糸口がないかと探っていた紅子は、ふと思い立ったことを口にする。
「そういえば、先程おっしゃっていた、昇という人が人形師になれなかった理由とはなんなのですか?」
「興味あるの?」
稔はなんともいえない表情で紅子を見た。しかして彼女はそれを意にも介さず、凛々しい顔つきで頷いた。
可愛い紅子さんのお願いを無碍にすることはできず、稔はひとつ唸るも、訥々と語り始めた。
「人形師は命の理を神に捧げることでその技能を得る。だから人形師には職人としての才覚はもちろん、その他にどうしても必要になってくる条件がある。――それは、神と通じあう能力を持っていることだ」
女は眉を顰めた。前から人形師の存在は荒唐無稽だと思ってはいたが、よもや神と通じるといった話になってくると、いよいよ紅子の理解の範疇を越えてくる。
「紅子さん、僕のこと怪しい祈祷師か何かに見えてるでしょ」
「怪しい人形師に見えますね」
間髪を入れずに放たれた紅子の返しに、それはいつものことじゃないか、と苦笑いすると、稔は続けた。
「通じあうと言っても、神の声が聞こえるとか、千里を見通せるとか、そういった話じゃない。ただ、感覚的に、この身体に神が降りてきたのかがわかるかどうかということなんだ」
そう言うと、男は悩ましげに唸る。
「――この感覚を説明するのは難しいな。まあとにかく、神がそこにいることがわかるということが、人形師になるための大前提だ。僕たち二人は、師匠にその能力を見出だされて弟子入りした。はじめは彼も僕もその能力――仮に神通力としようか――を使うことができていたんだけれど、段々、昇は神通力が使えなくなってしまったんだ」
言いながら何か思案するように、彼はその手を開いては閉じるのを繰り返している。
「それからしばらくして僕が一番最初の人形を完成させたとき、彼は僕たちの元を去った。『お前さえいなければ』って捨て台詞を残してね」
「神通力が失われたことと稔さまに何の関係が?」
疑念を眉間に表しながら、紅子は首を傾げた。――稔自身は神ではないのだから他人の神通力をどうこうすることなど不可能だろう。それとも何か邪魔をするようなことでもしたのだろうか。
彼女の険しい顔に、ふふ、と笑いかけてみせると、稔も困ったように首を傾げる。
「――本当に、僕のせいだ、って思ってるうちは、一生神通力は戻らないだろうにね。あの人は、ずっとそれを理解できていないんだ」
相変わらず彼の言わんとしていることがよくわからず、紅子の眉根は一層寄っていく。
それを愛おしそうにつつきながら、男は話を続けた。
「彼の目的は君に僕を殺させることだった。そのこころは、自分を超越するものがいなくなれば、神はまた自分を選ぶと、そういうところだろう」
ようやっと事の次第を理解した紅子は大きく頷く。
「稔さまが神さまとの意思疎通を邪魔していると思ったのですね」
「まあ、本当はもっと事態は複雑なんだけど、ごくごく簡単に言えば、そういうことかな」
そう言うと稔は少し目を伏せて切なげな笑みを浮かべる。
「そう――あの人は僕への嫉妬に取り憑かれるあまり、人形師としての本懐を忘れている。僕たちはただ人形と向き合うことに集中しなくてはならない。僕たちの技術は他人と競い合うものではなく、ただ自己研鑽に努めるのがあるべき姿なんだ。そのことを彼は、これだけの時が経っても未だに分かっていないんだね」
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