其の十一
ふと、眉根を寄せて枷の鎖を弄んでいた稔がぽんと手を打つ。
「このままじゃどうにもならないから、とりあえず紅子さん、僕の手首と足首を切り落としてよ」
突如として告げられた残虐極まりない提案に紅子は目を剥いた。
「あんまりです、稔さま」
「そうだよね、やっぱりだめか」
きっぱりと提案を却下された稔は、手足さえ自由になればいいと思ったんだけど、と、へらへら笑った。
紅子は緊急事態とは裏腹に軽薄である態度の男を渋い顔で一瞥し、すぐに扉に視線を移した。
「不本意ではありますが、こればかりは、菖蒲が我々を連れ戻しに来るのを待つしかありませんね」
女の言葉にしかつめらしく頷いた稔はひとつため息を付いて、どか、とその場に寝転ぶ。
成す術ない状況に、二人は黙りこくった。
「――ひとつ、試してみたいことがある」
稔は俄に神妙な表情を浮かべて紅子の方を見やった。その視線は彼女の懐の短刀に注がれている。妙な胸騒ぎがして、女は不安げに男を見返した。
「稔さま、何を考えておいでなのですか」
「いや、なに、ちょっと首でも切り落としてみようかと思ってさ」
それを聞いて絶句した紅子は、咄嗟に短刀を懐から取り出して後ろ手に隠した。
「だから、そういう残酷なことは――」
「紅子さんも見ただろう。僕の身体は損壊しても元に戻るんだ。これがなかなか都合のいい作りでね。基本は欠損した部位を復元するように再生するんだけど、例えば身体が上半身と下半身に真っ二つに割れたようなときは、頭のある方を元にして身体を復元するみたいなんだ。ちなみに縦に真っ二つになったことはまだないから、どうなるかわからない」
事も無げに発せられるおぞましい話に、紅子は目眩がする心地だった。何がどうしたら身体が上下真っ二つになることがあるというのか。そんな経験を嬉々として話すのはやめてほしい、と彼女は痛む頭を押さえた。
しかして紅子の青ざめた顔に構わず、稔はにこにこと笑みを浮かべながら楽しそうに続ける。
「あそこの鉄格子、ちょうど僕の首が通るくらいの幅があるだろう。まあ仮に幅が狭くともさっきみたいに頭を粉々にすればいいんだけど、ともかく、あそこから僕の首を放り投げれば、少なくとも僕一人は外に出られる。そうしたら後はどうにか扉を開けて紅子さんを外に出せばいいというわけさ」
興奮気味に捲し立てる稔を紅子はどんよりと曇った表情で見ていたが、話を聞き終えると、彼女は男を射殺さんばかりの鋭い視線で睨めつけた。
「聞くまでもありませんが、敢えてお聞きします。一体誰が貴方の首を切り落としてあそこから放り投げるというのですか」
途端に稔の目が泳ぐ。そして拝むように両の手を合わせると「このとおり」と声を絞り出した。
紅子は眉根を寄せて険しい顔をする。――そもそも、自分は稔の最高傑作ではなかったか。そんなことをしたら稔も自分もここで終わりになってしまうではないか。
彼女の疑問を察してか、稔はにやりと笑う。
「大丈夫、そもそも僕は不老不死なんだ。首を落としたくらいじゃ死んだことにはならない。君が僕を殺すにはコツがいるんだ。それはそのうち教えるけど」
そんなコツは知りたくないと紅子は渋面するも、もはや迷っている時間はないと、覚悟を決める。
「――着物」
「え、着物がどうしたの?」
話が見えないといったように首を傾げる稔に、紅子はじとっとした視線を投げた。
「返り血で着物が汚れるでしょう。帰ったら新しいものを誂えてくださいませ」
「紅子さん――」
彼女の遠回しな承諾に男は目を輝かせた。その様子に苦笑しながら紅子は息をひとつ吸った。途端に表情は消え失せ、瞳が新月の夜の泉のように光を欠いていく。そして鞘から刀身を静かに引き抜いて構えると、女は低い声で言った。
「それでは稔さま、ご覚悟を」
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