其の十
夜が更けると、菖蒲は座敷牢に足を運んだ。建物が見えたあたりで妙な予感がして、彼女はもしやと思い扉へ急いだ。
「――へえ、やってくれるじゃん」
鍵が壊され開け放たれた戸口から中に入る。月明かりに照らされた鉄格子側の壁には何か血の滴るものを放ったように赤い飛沫が上に伸びていた。昼間にはなかったものだ。
状況からすべての顛末を悟った菖蒲は、はじめはくつくつと音を漏らしていたがやがて大声をたてて笑った。
そして目尻に滲んだ涙を軽く拭うと、小さく呟く。
「やっぱおもしろいなあ、あの二人――」
***
話は数刻前に遡る。
ひとまずこれからの行動を考えるにあたり状況を整理する必要があったので、稔と紅子は互いにその身に起こった出来事を話し合うことにした。
紅子が遭遇した事態の仔細を聞いた稔は表情を険しくし、忌々しげに呟く。
「奴らめ、あろうことか無関係の紫さんを巻き込むとは――」
「――紫は才花衆ではないとはいえ、山辺一派の者です。この件に全く関係がないかといえばそうでもありません」
紅子の言葉に稔は、いや、と首を横に降った。
「菖蒲という女の目的は、僕に頭領の人形を作らせることなんだろうけど、僕を襲った男、昇の目的は違う。彼の目的は恐らく――」
男はそこで言葉を切り、じっと自分の傍に座す女を見つめた。その視線に、ある推測が浮かんだ紅子は、はっと身を強張らせる。
「その者は、私たちの事情を知っているのですね」
稔はゆっくりと頷いた。そうして自分の指先に目をやりながら口を開く。
「そう、彼の目的は君に僕を殺させて、亡き者にすることだ」
紅子は怪訝な顔をする。――一体その男はなぜ、自分たちをそのような目に遭わせようとしているのか。
「昇は僕の兄弟子だったんだ。――彼は結局、生き人形を作る人形師にはなれなかったけれど」
彼女の疑念を察したのか、稔はどこか悲しげな表情を浮かべて言った。
「人形師になれなかった?」
ますます訝しげに問う紅子に、男は曖昧な笑みを返す。
「話すと長くなるからね、仔細は後だ。それより、二人の目的がはっきりした以上、ここを抜け出したとていきなり紫さんに手を出すことはないだろうから、今はどうにかここから出る方法を考えないと」
稔は胡座をかいて座り込み、枷が嵌ったままの手で頬杖をつきながら思案しはじめた。
彼らが閉じ込められている座敷牢は堅牢な石造りだ。出口らしい出口は正面の扉以外は、天井近くに採光のために備えられたであろう鉄格子の嵌まった開口部くらいしかなく、そう簡単に抜け出すことは叶わない。
紅子も特に良い案が浮かばず、目を瞑ったまま思案していた。
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