其の九
だが結果は言うまでもなく、最悪であった。
これは父の指示どころか何代も前の頭領の頃から行われていたことであった。
父は悪びれる様子もなく、いずれこれは雪梅やその子らに受け継がれる役目だとまで宣ってみせる。
彼女は絶望した。裏稼業とはいえ、表の世界になんらかの役に立っているのならそれでいいと、そう思って生きてきたのに、役に立つどころか全てを飲み込む闇のように人々に仇なしていたとあっては、いよいよ自分の存在意義がわからなくなってしまう。
父は嗤う。
所詮、子を孕むだけが役割の弱いお前ににはどうにも出来ないと。
もしくは自分を殺せでもしたら、幾分状況は変わるかもしれない、と。
その言葉に、雪梅の胸の内に、ゆらりと暗い影が、風に揺れる炎のようにたなびいた。
――本当に一瞬の出来事であった。
酒杯をあおり、上機嫌な父の頚元を、雪梅は懐に忍ばせていた短刀ですらりと撫でた。
瞬間、柘榴の実が皮を破り弾けて溢れ出でるように、鮮血が吹き出す。
完全に雪梅を侮り油断しきっていた父は、驚きに目を瞠ったまま刹那のうちに息絶えた。
足元が血に濡れる。人肌の温もりのそれを感じながら、雪梅は不思議と冴えた頭で父の亡骸に背を向けた。あまりの静けさに、ここには自分しかいないような錯覚に陥る。
紅梅の花弁のような形の足跡を残して、女はゆっくりと部屋を出た。
雪梅自身、逃げも隠れもせずこのまま命を終えるつもりであったが、こんなどろどろとした陰惨な場所で最後を迎えるのはあんまりだと思い、一人静かに命を絶てる場所を探すため外へ出た。
程なくして、頭領の遺骸を見つけた一族の者たちによって雪梅は追われる身となる。
もちろん彼らの目的は雪梅を殺すことではなく、彼女を捕らえて世継ぎを産ませることだった。――山辺家は代々、本家直系の者以外を跡継ぎと認めなかったため、どうしても雪梅に子を産ませる必要があった――
このまま捕まっては、この忌むべき血筋を絶えさせることが出来ない。
雪梅が縺れそうになる足を必死に動かし一心不乱に森を抜けると、いつの間にか雪荒ぶ山の中腹にたどり着いていた。
そこは一面真っ白に塗りつぶされ、草木も小石一つもない、完璧な雪景色であった。
音も匂いも、全てが吸い込まれてしまったかのように静謐としたその場所に、雪梅はふらふらと歩みだす。足跡を残しながらいくらか進んで、その場にそっと座り込んだ。
そしてほっと息をついてその頚に刃をあてがうと、躊躇うことなく引き下ろす。
仰向けに倒れ込んだ身体を包み込む雪の冷たさと、溢れる血液の温かさの狭間に微睡みながら雪梅は絶命した。
「――あのとき、確かに『雪梅』は死にました。そうして迎えた『死』を、今度は貴方に見出だされたのです。そうして『紅子』としての時が動き始めました」
紅子は稔の榛色の瞳をじっと見つめた。
「これが、『私』のすべてです」
事の顛末を聞き終えた稔は、そうか、と一言呟くと、なにか夢でも見ているかのような恍惚とした表情で、紅子の頬を撫でた。
「――死に際まで美しいなんて」
何てことを言うのだと思い、女は嫌悪を露にした。相変わらずこの男は気味の悪い反応ばかり見せる。
しかしてこの、全てを肯定してみせる態度から、紅子が何者であっても構わないという彼の言葉は本心であろうことはよくわかる。
(――敵わないわ、このひとには)
紅子はそう心中で独りごちると、なんだか言いようもなく可笑しくなってきて、くすくすと笑い声を立てた。すると稔は少し驚いた様子でこちらを見つめる。
「紅子さん、笑ってる」
彼女は目を瞠った。そう言われると、こんなふうに笑ったのはいつぶりだろう。
二人はきょとんとしたまま目を見合わせると、どちらからともなく笑いあった。
閲覧ありがとうございます!




