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梅に髑髏  作者: まめ童子
紅子と稔
38/46

其の八


 紅子(べにこ)は語った。


 彼女の生家は人里離れた山奥にあった。


 一家の稼業は、いわゆる隠密(おんみつ)である。一族は名を山辺(やまべ)といった。紅子はその山辺一族の頭領の一人娘であった。


 請け負うのは言わば国の裏側にまつわる、あらゆる厄介ごとの解決。そこには当然のごとく、とても人前では言えないような非道で残虐な所業も含まれていた。


 主君について詳しくは明かせないが、ひとつ言えるのは、この国の中枢に食い込む一族であるということ。


 故に、実の父親である頭領を殺し逃亡を図(はか)った反逆者である紅子は、国を挙げて追われる身となったのである。


 ところで、彼女をここに連れてきた菖蒲(あやめ)は、この山辺一族の中でも選りすぐりの強者を集めた「才花衆(さいかしゅう)」の内の一人であった。その実力は一夜で城をひとつ落とす程である。


 才花衆の一員である「才花」に選ばれた者は身体の何処かに髑髏と花の意匠の刺青(いれずみ)を入れる決まりになっている。


 また、才花衆はその存在を秘匿(ひとく)されており、同じ一族の者でも遭遇することはなかった。それは頭領の娘たる紅子とて例外ではない。


 「じゃあ紅子さんは才花じゃないんだね」


 稔(みのり)の問いに、紅子は首を縦に振る。


 「私には、才花のような類稀(たぐいまれ)な資質はありません。私の背中にある梅に髑髏の意匠は代々山辺家の直系の娘に彫られるもの。実力主義の隠密稼業といえど結局は血縁で継いでいくのが習わしです。――私は、この家の世継ぎを産むための娘でした」 


 「でも、そうはならなかった」


 はい、と掠(かす)れた声で応えると、紅子は続けた。


 ある晩のことだった。


 書類の確認のため書庫に入った紅子――当時の名は雪梅(ゆきめ)であった――は、偶然にもそこに隠し扉があるのを見つけた。家業が家業であるだけに嫌な考えが過った彼女は、戦慄(せんりつ)しつつもその扉を開けてしまったのだ。


 中からで出てきたのは、山辺家で秘密裏に行われていた誘拐、人身売買、捕虜を用いた人体実験について微細に記録した帳簿であった。


 雪梅は帳簿を繰(く)る手を休める間もなく、延々とその中身を読み続けた。


 中には拐(かどわ)かした子どもたちの内に知った名があったり、またいつの間にか姿を消した堅気(かたぎ)の知己(ちき)が身売りされていた痕跡(こんせき)があったりと、自分に関わりのある人間たちの悲惨な記録も連なっていた。


 女は全身が腹の底から冷えていくのを感じた。――隠密には確かに陰惨な所業を余儀なくされる瞬間は存在する。しかし、己が欲得のためにあろうことか表の人間を巻き込むなどあってはならないことだ。


 一刻も早く、この行いを止めないとならないが、如何(いか)せん自分たちは世の中からは隠匿(いんとく)された闇の存在だ。さらには表の世界の一部の重鎮たちと蜜月(みつげつ)である以上、悪事を暴こうにも一笑に付され、揉み消されてしまうに違いない。


 しかして、山辺一族に生き死にを翻弄(ほんろう)された者たちの無念を思うと、雪梅の身体はやる方ない怒りと言い知れぬ絶望感に震えるのであった。


 次に雪梅の脳裏に閃いたのは父の姿だ。――そうだ、まずはこの事実について父に問いたださねばならない。これは父の指示なのか、父すらも預かり知らぬことなのかを、確認する必要がある。


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