其の六
あまりのことに紅子は叫び出しそうになったが、ぐっとそれを飲み込んで、掴まされた頭蓋を菖蒲に突き返した。
「こんなものに騙されるか。早く紫を解放しろ。――さもなくばお前を殺す」
だが菖蒲は不快なまでに大声で笑うと、骨をくるくると手の中で回した。
「確かにこんな誰のか解らない骨なんかじゃあんたを説得できやしないか。でもあたしを殺そうがどうしようが結局は紫ちゃんは危険なままだよ。あんたはどのみち、あたしの言うことを聞くしかないのさ」
紅子はきゅっと唇を噛み締めた。確かにこればかりはこの女の言うとおりだ。不覚にも敵の手に落ちてしまった自分には最早、紫の身の安全を確保することはできない。
「――稔さまに会わせて。話はそれからだ」
「そうこなくっちゃ」
菖蒲はぎゅっと紅子の手を握ると、にんまり笑った。
***
紅子は菖蒲に連れられて、石造りの座敷牢へとやってきた。中に入るとむっとするような湿気に混じって濃く金気を帯びた生臭さが鼻を突く。
(――まさか)
紅子は戦慄した。嫌な予感がする。
「あちゃあ、旦那、派手にやったね」
そう言って困ったようにぽりぽりと頬を掻きながら、菖蒲は紅子を奥へと誘った。
広がった光景に腰から力が抜けその場に座り込んだ紅子は思わず嘔吐く。
鮮紅の水溜まりの中に、血で汚れて真っ赤になった男と思しき人物が鎖に繋がれてぐったりとしていた。
その頭部は、誰か判別できないほどに破壊されている。
「これは――稔さま、なの?」
紅子は掠れた声で問いかけた。だが紅子の様子とは裏腹に、菖蒲は実に楽しそうに応える。
「そうなんじゃない? 頭が潰れててよくわかんないけどね」
震える身体を叱咤しながら紅子は這うようにして血まみれの男に近付いた。余りに状態が酷く、身元が判別できない。
紅子が必死に目を凝らすと、着物の端に見覚えのある柄を見つけた。彼女は思わずその身体を抱きしめる。
「稔さま――どうして」
「そんなに焦らなくても大丈夫でしょ。不死身なんだし、そのうちもとに戻るって」
菖蒲の言葉に、紅子は突き刺すような鋭い視線を向けた。剥き出しの殺意を感じ取った菖蒲は頬を上気させうっとりと微笑んだ。
「ああ、その顔最高! 頭領のことがなければあたしがあんたを殺したかったな」
「お前に私は殺せない」
紅子は低い声で唸る。すると菖蒲は腕を組んでうんうんと頷く。
「そう。生き人形は不死だからね。例え相手が雑魚のお姫さまでも普通には殺せない。ほんとう厄介」
腸が煮えくり返る心地に、今すぐ目の前の女を殺してやりたい紅子だったが、それをぐっと堪えると、静かに切り出した。
「何故、稔さまをこんな目に遭わせた。――頭領を蘇らせたいのではないのか」
うーん、としかつめらしい顔で唸ってみせる菖蒲だったが、ぱっと表情を切り替えると満面の笑みで紅子に相対する。
「こっちにもいろいろあるんだよ。でも稔さまのことは流石にやりすぎだ。謝るよ」
まあでも、と女はにたにたして続ける。
「約束通り稔さまには会わせてやったんだ。こっちのお願い、聞いてもらうからね」
そう言うと、彼女は二人を置いて座敷牢を後にした。
がちゃり、と鍵のかかる音が無情にも響いた。
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