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私たちは繭の中  作者: hayase
結界破り
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くろいの

くろいのは、小さな頃から傍にいる。

わたしにとっての「友だち」だった。


人ではない彼らの存在もまた、わたしにとっては近しいものではあったけど、彼らがわたしに近寄らぬよう、くろいのはいつも威嚇していた。

どうしてだろうって思っていたけど、ある日その理由を理解した。




「おまえ、うまそうな匂いがする」


それは、自分の身体とそう変わらぬ大きさで、愛らしい見た目をしていた。

そしてわたしを見つけると、そう言って大きく口を開けたのだ。

食べられると、あれほど明確に感じたのは初めてだった。

とっさにギュッと目をつむることしか出来なかった。

けれど、不思議なことにどれほど待っても痛みは襲ってこなかった。

怖々と目を開けると、いつもより少し大きなくろいのがいて、わたしのことを心配そうにのぞき込んでいた。


「たべちゃったの?」


くろいのはこくりと頷いて、わたしからすっと距離を取った。


「どうしてはなれるの?」


尋ねると、大きくなった身体のあたりを気にするそぶりを見せた。


「よわいのがたべられちゃうのは、しぜん?なんでしょ。わたしもたべなきゃいきていけない。よわいわたしを、くろいのはまもってくれた」


こういうことは、これきりではなかった。

人ではない彼らにとって、わたしはとても美味しそうに見えるらしい。

彼らはわたしをほしがって、その度くろいのは彼らを食べた。

わたしは見ないふりをした。

人には視えない彼らのことと。

彼らを食べる、くろいのを。






母は臆病な人だった。

怖がりで、弱い人。

それなのに、人ではないものが時折視えてしまう人。

そんな母が楽になればと、わたしはくろいのに三つのお願い事をしていた。


ひとつ、普段はなるべく姿と気配を隠すこと。

ふたつ、近くの人ではないものを追い払うこと。

みっつ、おかあさんを守ること。


母がいなくなってからも、くろいのはその三つのお願い事を守っていた。

だからくろいのは、わたしが呼ぶまで姿を現さない。

近くにいても、くろいのに慣れていたり力の強い人でないと見つけられない。

どうして視えないの、なんて魔法使いには強く当たったけど、そんなのはただの言いがかりに過ぎないってわかってる。

ヒシイだって、視えなかった。

わたしのくろいのをちゃんと視たのは、あのへらへらと怪しいことこの上ないナルだけ。

随分強いのを連れてるねって、カオルおねえちゃんに引っ付いていたわたしのくろいのをはっきりと視て、そう言ったのを覚えている。


「もういいよ」って。

わたしはきっと言うべきだった。

そしたらくろいのの強い気配、ヒシイは追えた。

こんなふうに攫われて、ヒシイにあんな顔をさせることもなかった。


けれどわたしは言えなかった。

くろいののことが憎かった。

くろいのと同じ、魔のことだって憎かった。

小さくなったお母さんを「守らなくていい」なんて言えなかった。


 忘れるのか。

 忘れられるのか。

何度も何度も問いを重ねた。


鮮明に焼きついている、あの日の記憶。

家中のガラスが割れる音。

聞こえた悲鳴。

慌てて飛び込んだ部屋で目にしたのは、母に覆いかぶさったくろいのだった。

母は『魔』を恐れる人だった。

人ではないものの姿を視る度、手当たり次第に物を投げつけ「来ないで!」と叫ぶのだ。

くろいのに三つのお願い事をしてからは、そういうことは起きなかった。

だから、安心していたのに。


「お母さんっ!」


くろいのが惑うように、わたしを意識したのがわかった。

恐怖に染まった、母の瞳と目が合った。


「お母さん‼」


わたしは迷わず駆けだした。

他のことなんて目に入らなくて、くろいのに襲われている母を助けなくてはと、それだけで頭はいっぱいだった。


一瞬のことだった。

わたしにくろいのがぶつかってきて、真っ黒で何も見えなくなった。

くろいのに覆われるように抱きしめられているとすぐに気づいた。

そのせいか音も聞こえなくて、わたしは滅茶苦茶に暴れて声の限りに叫んでいた。


「離して、離してよぉ」


暴れつかれて、声も出なくなって。

「お母さん、お母さん」と、かすれた声で何度も呼んだ。

それでもくろいのはわたしのことを離さなくて。

わたしはいつの間にか意識を失っていた。





目が覚めると病院にいて。

母が死んだと聞かされた。

見知らぬ大人たちが色んなことを聞いてきた。

わたしは全部に首を振って、「わからない」を繰り返した。

母に会いたいと言えば、大人は困った顔をして「お葬式でお顔は見れるからね」と流されてしまった。

きっと、酷い姿なのだ。

子どものわたしに見せられない。

そんな姿で母は死んだのだ。


―くろいのは、わたしのお母さんをぱくりと食べてしまったのだ。





母の葬儀で、ひとりぼっちの私を連れて帰ってくれた人。

ヒシイは、よく言葉をくれる人だった。


「私が君くらいの頃は、自分から親に何かを言うなんてできなかったからね」


穏やかに話す人で、わたしと同じくろいのを連れている人。

くろいのを連れている人が『悪魔憑き』だとヒシイは教えてくれたけど、よくわからない。

それからポツポツと、魔女、魔法使い、退魔師という『名持ち』のことを教えてくれた。

ヒシイと彼の傍にいるくろいののことも教えてくれた。


けれどヒシイは、わたしにわたしのくろいののことは聞かなかった。

わたしもヒシイに、話さなかった。

ヒシイのくろいのは、言葉を話す。

形も自由自在で、小さな鳥やネズミの姿になって、ヒシイの肩に乗っていることが多い。

わたしのくろいのとはえらい違いだ。

わたしのくろいのは姿を変えず、わたしと一定の距離を保って傍を離れない。

そして、言葉も話さない。

外の人が『悪魔』と呼ぶそのくろいのをヒシイは『影』と呼んでいる。


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