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私たちは繭の中  作者: hayase
結界破り
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ヒシイ

ヤマネの父母は駆け落ちだった。


二人は従兄妹で、血が近すぎると結婚を親族から反対されていたそうだ。

悪魔憑きの家系は年々視える者が減っていたが、血を濃くすることを嫌っていた。


臆病なのだ。

視えない代が続いてゆき、「魔」への理解と知識を失い。

血族の誰かに憑く、ただ怖いものとして恐れたのだ。


血を濃くすれば「魔」が集まると。

ならば薄くして、自分らの血に寄って来る魔を減らそうと。

ある時を境に、悪魔憑きの血族たちは好んで外の者と婚姻を結ぶようになった。


ヤマネの父は、数少ない視える人だったらしい。

幼いころからちょっとした怪我をよくする人で、鈍い奴だと周囲の人からは認識されていた。

おそらく、視えることがわかった魔にちょっかいをかけられていたのだろう。


ヤマネの母は彼の7つ年下で、波長が合うと時々視えてしまう人だったそうだ。

「視える」ことを理解してくれる年上の従兄妹は、頼れる存在だったに違いない。


悪魔は彼らを選ばなかった。

悪魔は私に憑いていた。


ヤマネの父母は、ただ視える素質を持つだけの、悪魔憑きの血を引く者。

視える者同士であり血も近い彼らの婚姻は、「魔」を呼び寄せる危険な行為に見えたのだろう。




悪魔憑きの家系の者で、死因に魔が関連している疑いがあると、悪魔憑きである私は葬儀に呼ばれた。

故人様は30頃の年若い女性で、棺に納められた体からは魔の痕跡がわずかに感じられる。

それがヤマネの母だった。


だがそれよりも、私には気になることがあった。

他の者が「悪魔」と呼ぶ、私の影と同じ気配が近くでするのだ。

その気配は薄く、姿も視えない。

けれど私は、その人物はきっと彼女だろうと察していた。


棺を少し離れたところから、じっと見ている6、7歳くらいの少女。

葬儀に訪れた大人たちは、その少女のことで口論をしているようだった。


「嫌ですよ私は。魔に殺された女の娘なんて」

「まだそうと決まったわけではなかろう」

「それでも疑いがある以上、お引き受けできません。息子も二人おりますのに……。そういうあなたのところで面倒を見てあげたらよろしいじゃありませんか」

「いや、わしのところは家が狭くて……」

「俺のとこだって無理だ。魔が視える奴に預かってもらえばいいだろう」

「西條家ならともかく、この家に視える者はもういないのは知ってることだろうに」


魔は、視る力を持たない者にとっては恐れの対象だ。

悪魔憑きに連なる家の者は、今は『魔』という人ではない存在を認識しているだけ。

それが自分たちの命を脅かすもので、人では対処できぬただ恐ろしいものと。

それだけを理解している。

だからこうして、魔に関連する者を自分から遠ざけようとする。

少女の耳にも彼らの会話は聞こえているだろうに、少女はそれらに反応する様子はなく、ただ棺を見つめ続けている。


「では、私がお預かりしましょう」


そう、彼らに声をかけた。


「なんだお前は。見ない顔だな」

「しっ!悪魔憑きだよ」

「悪魔憑き⁉こんなに若いのが?」


ざわめく彼らを私は表情を変えぬまま見渡した。


「彼女はこの悪魔憑き、菱井(ひしい)遙哉(はるちか)が預かります。魔が恐ろしいならそれで結構。今後一切、彼女や私に関わりなきよう」




葬儀が終わり、骨を抱えた少女の前に私は膝をついた。


「私は菱井遙哉。君の遠い親戚だ。海鈴(みすず)ちゃんって呼んでもいいかな」


少女は、ゆっくりと瞬きをした。


「私も君と同じで視えるんだ。それに強い。君を必ず守るから、私と一緒に来てくれないか」


少女は黙ったまま、私の袖をそっと握った。


海鈴は言葉数が少なく、問いかけに対して答えるくらいのものだ。

母親を亡くしたばかりだからそんなものだろうかと思っていた。

しかし、何より気になったのは、薄く気配はあるのにその姿を決して見せない少女の影のこと。


彼女の母親は魔に襲われたようだし、怯えさせてはいけないと自分の影に姿を現すことを禁じていたが、少女の影も姿を見せないのはおかしなことだ。


影は、守りやすいよう。

その主が幼いうちは特に、片時もその傍を離れず姿を消すこともないはずなのに。

魔に怯える主人に配慮して、姿を消しているのか……?


深夜、遣いに出していた影からの報告を受けていた。

突如その影が消え、カタリと背後で音がする。


「海鈴ちゃん?」


影を視られたかと内心焦りながら、怖がらせないようゆっくりとふり向いて彼女の名前を呼んだ。


「くろいの、おなじ?」


伺うように、怖々と発せられた声にゆったりと頷いた。


「私は悪魔憑きだからね。この黒い影が、私が悪魔憑きたる証だよ」

「わたしも、くろいのいる。あくま、つき?おなじ?」


彼女の言葉に呼応するように、ゆるりとその影は姿を現した。


「くろいの、あくま?わるくてこわい?」


私は海鈴の手を取った。


「黒いのは、海鈴ちゃんを守るものだよ。悪くもないし、怖くもない。海鈴ちゃんを守るために、海鈴ちゃんの傍にいる」

「くろいの、わたしのともだち。だれにもみえない、わたしだけの。でも、でも……」


海鈴の黒い瞳から、雫がはたはたと零れてゆく。


「おかあさん、しんじゃった。わたしのせいで、しんじゃった」


嗚咽をこぼしながら震える小さな身体を抱きしめた。


「違うよ。海鈴ちゃんのせいじゃない。子どものせいで、親は死んだりしない。君は何も悪くない」


海鈴の声は、年相応のあどけなさがあった。

そしてようやく姿を見せた彼女の影は、どうしてか存在感が薄いまま。






自分のせいで親が死んだのだと、幼いあの子は自らの口で言ったのだ。

引き取ったばかりの頃は、外へ出るのも恐れていた。

否応なしに視界に入る魔のことや、それらから守るために姿を現す自身の影に怯えの素振りを見せるのだ。

 

悪魔憑きは、人の社会から弾かれる。


故に、自身の最も近くにいる影に心を添わせ、孤独を埋める。

けれど、恐らくあの子にとって、あの子自身の影は心の拠り所ではないのだろう。

それほどまでに、自身の影を遠ざけて。

私がつかめないほどに、あの子の影の気配は薄い。


必要なのは時間だと、そう、思ってはいたけれど。

こんなふうに攫われ、私の手の届かぬところへ連れ去られてしまうなら。

もっとあの子に、影のことを教えておくべきだったのではないかと、後悔が胸に押し寄せるのだ。





あの子のスマホの位置情報が地図上で反応した。


「あった……」

「ヒシイさん!」


ヒロが歓喜の声を上げる。


「その位置だと、周辺の様子は……」


孝俊が反応のあったあたりの建造物などの詳細を調べ始める。


「住宅地だ。攫った者が人であるなら、家の中というのも不自然ではないね。けど、この中から特定していくのは……」


ヒシイは立ち上がる。


「近くに行けば、影の気配がわかるかもしれない。ナルには集合場所変更の連絡を」


ヒロは孝俊に詳細な位置を教えてもらい、それをナルに送信する。


「この場に今から向かいますか?」


Kの問いかけに、ヒシイは頷く。


「これ以上詳しい情報を得られぬ以上、攫った者に時間を与えないことが最善に思える」

「では二手に分かれましょう。この位置でしたら、レディの道で近くまで行けます。ワタクシとカオルさんとヒロさんはそれで。お二人は車で向かってください」


道を開いたのはKだった。

ヒシイの家の扉を彼が開くと、ヒロにとって見慣れて来た黒い闇が広がっていた。

迷いなくその中に足を踏み入れたKにカオルが続く。

カオルは振り返って、深く被ったキャップ帽のつばを少し上げてヒロを覗き込んだ。


「おいで、ヒロ」


伸びて来た左手に右袖がそっと引かれて、ヒロもその後に続いた。

ヒシイ宅にいた人物


・菱井遙哉(悪魔憑き)

・九条孝俊

・ヒロ

・カオル

・K

ーーーーーー


ep25《閑話》とある少女の独白


同じ話が連続してしまっていたところをお話入れ替えさせて頂きました。

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