救援要請
はじめてレディから、魔女の依頼を任された日をカオルは覚えている。
それは本当に些細な依頼で、持たされた手紙を魔に渡すというものだった。
レディは身を預けているソファから珍しくも立ち上がって、カオルの目を見て言ったのだ。
「困ったときは、わたくしを頼りなさい。
必ず何とかしてあげる。
相手が魔でも、術士でも。ただの人でも。
わたくしがあなたを守ってあげる
だから安心して、わたくしのもとに帰って来なさい」
約束よ、とレディの白い手がカオルの手をそっと包んだ。
「レディはたぶん、連れて帰っても怒ったりはしないよ」
―感謝する。
小さな魔たちはそう言って、姿を消した。
「不死鳥ねぇ」
ヒナを連れてカオルとヒロは、レディの待つアパートに帰ってきていた。
カオルが抱えた巣を見てレディは、「K」と一言。
自身の背後に影のように立つ黒服の男性に声をかけた。
「はい」
短く答えたKは、カオルからヒナを巣ごと預かり奥の部屋へと消えていった。
「ナルが言うならそうでしょうね。面倒だけど、かくまうくらいはしておくわ」
ソファへ身体をゆったりと預けたまま、レディはのんびりとそう言った。
そのまま二人から報告を受けたレディは、「上出来ね」と言葉を送った。
「わたくしのところに連れてきて良かったのよ、カオル。ヒシイは壊すは得意だけれど、小細工は苦手だから」
「でも、レディは居場所を知られたくないのでしょう。それなのに魔を無暗に連れてきてしまうのは、良くない気がして……」
レディはハッと目を見開いて、次いで笑った。
「何を連れてきても、構わなくてよ。強い魔はここにはたどり着けないし、人は決してここを見つけられない」
「レディは、隠れているのですか?」
ヒロが不思議に思って尋ねれば、カオルはバッとヒロの腕を掴んだ。
「違う。レディは場を守ってくれているの。弱いわたしが帰れる場所を、絶対の安全を守ってくれているの」
カオルの腕が震えていた。
それを見て、もう聞いてしまえと、ヒロは思った。
カオルもきっと、知らないのだ。
知らないことが多いけど、怖くてきっと、聞けないのだ。
はぐらかされたり、隠されたり。
自分には話せないことだと、はっきりとわかってしまうのが、怖いのだ。
「東條って、レディの家のことですよね」
ヒロも、聞かないままでいいと思っていた。
そうしてただ、過ごす時間だけを重ねていた。
大好きな本と、綺麗なシショー。
店とは名ばかりの、誰も訪れない秘密の場所。
安心していた。
疑ったことなんて、一度もなかった。
そしたらシショーは消えてしまった。
何も言わず、残さないまま。
ヒロを一人、置いてけぼりに。
何もなかったかのように、姿を消して、消えてしまった。
「教えてください、魔女のこと。それから、レディ。あなたのことを」
レディはあっさりと頷いた。
「わたくしは確かに、東條の家の出身よ。代々魔女を輩出する、歴史の古い家のね。ここは、わたくしの作った安全地帯。この場所に自由に来れるのは、わたくしに仕えるKと弟子のカオル。それからあと一人、わたくしの使い走り」
「九条さん、ですか?ヒロは違うのですか?」
困惑した様子でカオルは言った。
「そうよ。魔法使いはカオルに引っ付いて出入りしているだけで、一人でここには来れないでしょう?」
くじょう、という聞きなれない名前に首を傾げながらも、確かに、とヒロは頷いた。
カオルの開く「道」を通って来ているだけで、ヒロが自力でレディのいるこの場所にたどり着くことはできない。
そこで、はたとヒロは気づいた。
カオルと連絡が途絶えてしまえば、シショーにつながるレディとの繋がりも切れてしまうのでは、と。
「魔女は、東條の家の血縁から現れる。だからカオルも、東條の遠縁ではあると思うのだけど……。東條本家は、数代前から自由恋愛だからね。血縁の者がどこにいるのか、把握しきれていないのよ。魔女に与えられた役目は、人の願いを対価と引き換えに叶えること。そして、人と魔の間を取り持つこと」
「この場所は、何なのですか?」
ヒロは部屋の広さに不釣り合いな、豪華な家具の取り揃えられた室内を見回して言った。
「人からも魔からも見つからない、安全な場所よ。わたくし、東條の家が嫌いなの。話したくも、顔を見たくもない」
ツンとした様子で言ったレディをヒロは意外に思った。
悠々とソファに身を預け、余裕にあふれた印象のレディがそんな子供みたいな仕草をするとは思わなかったのだ。
「レディ」
奥の部屋からKが現れ、そう呼びかけた。
「孝俊さんから、連絡が入りました」
スッとレディの顔が真剣なものになる。
「何かしら」
「魔に関する出来事で、助けがほしいとのことなのですが……」
「連絡可能な式を持たせるわ。その他必要なバックアップは全てする。許可取りは一切不要。この件はKに一任よ」
「かしこまりました」
レディの視線がカオルとヒロに向けられた。
「あなたたちは、」
「レディ」
カオルはレディの言葉を遮った。
「わたしも、連れて行ってください。知りたいんです。ただ受け身なままではなくて、魔女のこと。名持ちのこと。レディの身の回りで起こっていること」
レディは迷うように、右手を自身の顎に当てて視線を彷徨わせた。
「僕も行きます!」
勢いに任せてヒロも言った。
その声は思いのほか大きく部屋に響いて、レディはきょとりと目を丸くさせた。
次いで、紅で赤く染まった唇で弧を描いた。
「そっか」
それからほんとに小さな声で、ぽつりと言った。
「ずっとは、できないものね」




