攫われたヤマネ
Kと共に、カオルとヒロは魔女の道を通り、見覚えのある高層マンションに来ていた。
「ここって、ヤマネの……」
「Kさん!」
言いかけたヒロの言葉に被せるように、若い男性の声が響いた。
エントランス近くに立っていた彼は、Kに向かって勢いよく走ってくる。
「お早い到着、助かります!」
こぎれいな身なりの、20代前半に見える男性だ。
体格はすらりと細身で、Kよりも少し背が低い。
「カオルさんと……隣の方は?」
ヒロを捉えた彼が、不思議そうに小首を傾げた。
「魔法使いの、弟子のヒロです」
緊張気味に名乗ったヒロに、彼はパッと明るく笑った。
「そうなんですね!僕は九条孝俊です。レディさんの何でも係です!」
その名を聞いて、「くじょう」は彼のことかとヒロは気づいた。
「ひとまず、ヒシイさんのところにいらしてください。詳しい話はそこで」
彼の案内で通されたリビングも、ヒロにとってやはり見覚えのある場所だった。
違ったのは、そこにヤマネがいないことと、リビングのソファにひどく重たい空気を背負った長髪の男性が座り込んでいることだろうか。
「レディさんからの助っ人、連れてきましたよ!」
孝俊はその重たい空気を気にする様子はなく、その男性の肩を軽く手を置いた。
「ヒシイさん?」
孝俊の呼びかけに、ゆるり、と男性が顔を上げた。
「レディの代理で参りました」
Kはヒシイの前に片膝をつく。
「Kか……。離れてよかったのか」
ヒシイの言葉に、Kは頷いて尋ねた。
「ヤマネさんは、どうしました?」
「目の前で、奪われてしまった」
Kの瞳が鋭く細められた。
「姿は視ましたか?」
「人だ。若い青年の姿をしていた。見慣れぬ術を使い、私の前で姿を消した。影も追えぬと首を振るのだ。一体、どうすれば……。私は、保護者失格だ」
「術ですね。承知いたしました。ナルさんをお呼びしましょう。ヒロさん、お願いできますか?連絡が取れましたら、至急こちらに来ていただくようにと」
「はい」
ヒロはすぐにスマホを取り出した。
いくらも待たないうちに、ナルは応答した。
「はいはーい。今日はやけに積極的だね。不死鳥ダメって言われちゃった?」
いつも通り軽い調子のナルに、ヒロは端的に情報を伝える。
「急ぎで、ヒシイさんの自宅に来て頂きたいのです。術が使われ、ヤマネが攫われました」
―ヤマネが攫われた。
改めて言葉にすると、手が震えてくる。
低く落ち着いた冷静なナルの声が、そんなヒロの心の動揺を鎮めてくれる。
「その場にKはいる?」
「います」
「なら、痕跡はKに調べさせて。ここから向かうのは時間がかかりすぎる。早くて二時間後だ。それから、その周辺の写真を送ってくれ」
「わかりました」
通話を切ったヒロは、そのままKに伝えた。
「早くて二時間後に到着だそうです。痕跡はKさんが調べるようにって。あと、現場の写真がほしいと」
「承知しました。では写真を……」
Kはヒシイへと視線を向けた。
ヒシイはゆらりと立ち上がると、玄関へと歩いていく。
カオルとのすれ違いざま、言葉を落とす。
「ちゃんとヤマネは帰ってきた。君は悪くない。私が迂闊だった」
ヒシイは玄関を開けると、出てすぐのそこを指さした。
「ここだ。ここでヤマネが連れ去られてしまった」
ヒロは手に持ったままのスマホで写真をいくつも撮っていく。
「これ、ナルに送っときますね」
Kはしゃがみこんで、ヒロが写真を撮った後のそこをじっと観察する。
「破片、ですか……」
キラリと光る何かに気づいて、Kは黒い手袋越しにそれに触れた。
「ガラス?いや、鏡でしょうか、これは」
そのキラキラしたものを拾い集めて、Kは取り出した薄い布にそれらを包むとしまい込んだ。
「特徴的な術の痕跡なんかは、見つけられないですね」
写真をナルに送信したヒロは、Kに声をかけた。
「あの、カオルがナルを迎えに行くというのはどうでしょうか。時間の短縮にもなりますし……」
「レディの道のことですね。あれは、ナルさんは使えないんです」
「どうしてですか?」
「ナルは通れない。力が強すぎて、道が壊れてしまう」
カオルが玄関から顔を出して、会話に混ざった。
「ヒシイが呼んでる。ヤマネが攫われた時の事を話すって」
ヒロとカオルはソファを勧められ、向かいにはヒシイが座っている。
孝俊はヒシイの隣に座り、Kはカオルの傍に立ったまま、頑なに座ろうとはしなかった。
ヒシイはヒロと目を合わせると、「魔法使いか」と呟いた。
「悪魔憑きの菱井遙哉だ」
「魔法使いの弟子のヒロです」
差し出された四角い名刺をヒロは首を傾げながら受けとった。
「あの、お名前……」
「あぁ、必要ないから私は隠していない。では、ヤマネが攫われた時のことを」
ヒシイはすっと視線を落とした。
「魔女の弟子に送られて、ヤマネは無事に帰ってきた。魔女の気配がしたから、出迎えようと玄関の扉を開けた。君は私を確認して、そのまま道を引き返して姿を消した」
カオルは相違ないと頷く。
「直後、若い男が現れた。ヤマネを抱え、『ちょっと借りるよ』と言葉を残して姿を消した。術の使用が確認できたため、西條の周囲の術者を疑ったが彼が使っていた術に見覚えはない」
「二山のヌシの片目を奪った者が、術士との噂があります。しかし、ナルにはそれほど力のある西條傘下の術士に心当たりがないようでした。ヤマネを攫った犯人も、その術士かもしれません」
カオルの言葉にヒシイは顔をしかめた。
「二山のヌシを狩るほどの実力者か……」
孝俊が口を開いた。
「あの、ヤマネさんはスマホを持っていますか?GPSである程度の位置がわかるかと……」
ヒシイはハッとして、自身のスマホを取り出した。
「術の影響で位置が狂っていなければ……」




