藤乃の願い
「持って来たぞ」
戻ってきた藤乃は、持ってきたシャベルとスコップを地面に置いた。
「ありがとう」
カオルはシャベルを「はい」とヒロに渡して、藤乃へ尋ねた。
「深くまで掘らないとない?」
藤乃は首を傾げながら答えた。
「それほど深くは埋めていなかったはずだ。あの者は力仕事が苦手だったから」
「だって、ヒロ」
「え、僕がするんですか?」
「そうだよ。協力するって、ヒロが藤乃と約束したことだからね」
カオルは近くの大きな石の上に腰を下ろした。
「藤乃の契約者って、どんな人だったの」
藤乃へ話を振ったカオルの様子から、自分で掘って見つけ出すしかないと覚悟を決めたヒロはシャベルで土を掘り始める。
「術士に向かぬ人だった。魔に情をかけ、人の一方的な理由から魔を祓うことを嫌っていた。けれど力が強いから、術士の役目から逃れることは許されなかった。人も魔も守りたいと、あの者の頼みでいくつ魔の死体をでっち上げたことか」
カオルは驚いた。
「魔の死体を偽造できるの?」
「難しいことじゃない。適当な肉塊に力の残滓をそれらしく纏わせればいいだけだ。魔の死体を喜ぶ愚かな人もいるからな。そうとわかるものがそこにあれば、時間稼ぎにもなる」
藤乃はヒロの掘っている地面をちらりと見た。
「それは、魔の眼球だ。本体の生死はわからぬが、よほど質の悪いものだったのだろう。ほんの一部にすぎないのに、それはずっと禍々しい力の残滓を纏っていた。術士の結界では到底隠しきれないほど強いものだった。人には良くないそれを、あの者は屋敷に持って帰ってきた」
何かを思い出すように、遠くへと藤乃は視線をやった。
「捨てた方がいいと、何度も言った。身体の一部とはいえ、人の身でどうこうできるものではないのがわかっていたから。無力化できないのなら、さっさと捨てろと言ったのに。あの者は強固な術をかけ、それをこの庭に埋めた。時間をかけてそれを朽ちさせる方法を選んだのだ。己自身の生涯をかけて、それが朽ちるまで守り続けると。だが、人の寿命は短すぎた。力の半分ほどは削られたが、それを朽ちさせるにはあの者の寿命が足りなかった」
カツン、とヒロの持つシャベルの先に何かが当たった。
ヒロは慎重にその周囲の土を掘り進める。
「わたしは、あの者の意志を守りたかった。わたしはここで、それが朽ちるまで見守り続ける心づもりであった。だが、それは叶わぬこととなってしまった」
「この屋敷が、別の術士の手に渡るそうだ。わたしはそれを魔にも人にも渡すつもりはない。しかしわたしは、それに触れることができない」
土の中から現れた木箱をシャベルの先でつつきながら、ヒロは藤乃に声をかける。
「ねぇ、これであってるの」
藤乃は目を見開き、木箱に墨で書かれた文字を何度も視線で追った。
「あぁ、あぁ。そうだ。それはあの者の書いた字だ。間違いない。わたしがその字を見間違えるものか」
震える声で頷いた藤乃は、伸ばしかけた手を自身の反対の手で押さえて言った。
「わたしはそれに触れられぬ。力を求める魔が見つけ、悪用してはならぬからと、魔が触れられぬ術がそれにはかかっている」
美しい女人の姿をした藤乃の寂しげな表情は印象深く、ヒロはしばしそれに目を奪われた。
「そこで、おまえだ。魔法使い。あの子がおまえを連れて来た時、わが目を疑った。魔法使いは絶えたと風の噂で耳にしていたから。人でありながら魔を癒し、その望みを叶えるという魔法使い。おまえであれば、わたしの願いは叶うと思った」
「それは……」
「わたしの願いはただ一つ。あの者の遺したこれを、一片の力の残滓すら残さぬよう、破壊したい」
ヒロは、答えられなかった。
壊し方など知らないし、魔の肉片の処分の仕方などわからない。
石の上に座っているカオルを見れば、キャップ帽のツバを右手で軽く持ち上げたカオルの黒い瞳と目が合った。
―今回だけだよ。
そう、カオルの唇が小さく動いたようにヒロには見えた。
「藤乃。術により弱体化された今なら、藤乃はそれを無力化できる?」
「わたしはそれに触れられない。だが、あれから時が経った、今ならば可能だろう」
カオルは頷いた。
「それならば、藤乃の願いを叶えることはできるよ。私たちが術を解く。その後、藤乃がその魔を無力化すればいいだけだ」
ヒロは驚いてカオルを見た。
「これは、魔を弾く術。人である私たちなら、触れられる」
カオルは屈みこんで、木箱に書かれた文字を見ながら言った。
それから藤乃を振り返る。
「魔を寄せ付けない結界のようなものはつくれる?」
「可能だ。だが術士に気づかれるぞ」
「すぐ逃げればいいよ」
「そうか」
藤乃は薄く笑うと、自身の力を開放した。
途端、突然増した藤乃の存在感に、ヒロはずりずりと数歩後ずさった。
「魔は、力による実力社会。自分よりも強い魔がいるところに、それより弱い魔は近寄ってこないから、藤乃ほどの力があれば良い魔除けになるね」
カオルはそう言いながら黒い手袋を両手にはめ、その木箱に指先を伸ばした。
しかしその手はパチリと弾かれてしまう。
さっと手を戻したカオルはぽそりとつぶやく。
「術もダメなのか……」
はぁ、とカオルは息を吐き、手袋を脱ぐとヒロへ声をかけた。
「あなたへの依頼だから、一緒に開けよう。こちらにおいで」
呼ばれてヒロがカオルの傍に行くと、カオルはそっと囁いた。
「すぐに手を引くのよ。少しでも違和感を覚えたら、走って逃げなさい」
ヒロは「はい」、とこくりと頷いた。
木箱は簡単に触れることができ、かたりと、あまりにもあっさり蓋は開いた。
いきなり何かが飛び出す、と言うようなこともなく。
そこには黒っぽい布に包まれた、人の拳ほどの大きさの塊があるだけだった。
藤乃はその布をためらいなくつかんで広げる。
そこに現れた目玉を確認すると、ぐしゃりと握りつぶした。
「終わりだ。術士の気配が近づいているが、どうする」
カオルは素早く答えた。
「逃げるよ」




