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私たちは繭の中  作者: hayase
藤乃
42/45

その名は、藤乃


依頼が終わった後、カオルは「どうする?」とヒロへ問いかけた。


「どうする、とは」

「レディへ報告に行くけど、そこにはあの魔を連れては行けないの」

「え、もちろんぼくも行きますよ!」


ちらりと女の魔の方を見れば、口角を上げた魔と目が合った。

ヒッとヒロは息を呑んで、視線をさっとそらし首を横に振った。


「無理ですよ無理ですよ。今の見ましたか。圧倒的に優位だとわかっている笑みでしたよ。人の命なんてそこらのちり芥と同じくらい大したことないって思ってる顔でしたよ」


カオルはそっかぁと答え、その魔へ声をかけた。


「わたしたちは魔女の元へ行きたい。あなたを連れてはいけないから、すこしここで待っててもらえる?」


しかし魔は首を縦には振らなかった。


「わたしは人を信じない。依頼が終わったのなら、わたしの望みを叶えてもらう。協力すると魔法使いが言ったのだ」


そう言い張って、引き下がる様子はない。


「わかった」


カオルはあっさりと頷くと、赤い小さな紙を取り出してそれを破った。途端、紙ははらはらと崩れ、形をなくす。


「それは?」


訝し気な魔の問いにカオルは答えた。


「依頼完了の魔女への伝言よ。連絡がないと心配させてしまう」


魔はカオルをじっと数秒見つめ、「まぁ、魔女なら構わぬか」とつぶやいた。


「では、あなたの望みを聴きましょう」


カオルが問えば、魔はヒロを見た。


「わたしは藤乃。少し前まで人と契約を交わし、その者の傍にいた。その者の遺したあるものの破壊をしたいが、わたしではできぬ。故に、それができる道具を魔法使いに借りたい」

「人と契約、ですか」


ヒロの脳裏に、ヒロには見えない魔が憑いているというヤマネの姿がよぎった。


「魔を封じ込めている術の類か」


眉をひそめたカオルの問いに、藤乃は頷いた。


「もうそれは随分前に封じられて、中の魔は弱っている。だが弱っているとはいえ、本体に回収されると面倒だ。わたしは術ごと中の魔も壊したい」


強い魔でも壊せないものを道具でって……。


不安に思ったヒロは小声でカオルに聞いた。


「魔法使いの道具って、そんなことできるんですか?」

「知らない」


ざっとヒロの顔から血の気が引いた。

でも、とカオルは続けた。


「おそらくこの魔の望みを叶えることはできる」





―破壊したいというものを見てみたい。


カオルの言葉に頷いた藤乃は、ヒロとカオルをそれがあるという場所まで案内した。


着いたそこはヒロにとって覚えのありすぎる場所で、「え、これヤバいんじゃないの」と思わず小さな声でつぶやいた。


「どうかした?」


カオルに聞かれるも、なんと言えばいいのかわからず曖昧に笑ってごまかす。


「あ、いや。なんていうか勝手に入って良いのかなぁって」


藤乃が二人を案内したのは先日ナルに手伝いをさせられた、郊外にある表札のない日本家屋。そのまま藤乃は屋敷の中へ入ってしまったのだ。


カオルは胸元の服のあたりをきゅっと握り、その屋敷をざっと見て言った。


「屋敷を保護する術がかけられている。藤乃が躊躇なく入ったということは、恐らく藤乃が契約していた術士の住んでたところかな。たぶん空き家だし、すぐに出れば大丈夫でしょ」


すたすたと屋敷に入ってしまったカオルに続いて、ヒロも怖々と足を踏み入れた。


藤乃はヒロとカオルを待っていたようで、二人が屋敷に入ると「遅い」と眉をしかめた。


「ここはわたしと契約した人間が住んでいた。人も魔も今はいない」


藤乃が立ち止まったのは、日本庭園に生える大きな一本の木の近くだった。

その根元を指さして、「ここに埋めてある」と言った。


「埋めてあるって……」


ヒロはどうすればよいのかわからず、戸惑った。

埋めてから随分時が経っているようで、足先でさぐった土は固く、道具もなしに掘り起こすことは難しそうだ。


「藤乃、土を掘る道具を貸してもらえる?」


カオルが問えば、藤乃は頷く。


「納屋を見てこよう」


藤乃が去ると、カオルは慎重にその土の周辺を探った。


「罠らしき術の痕跡はないね。それに、」


カオルは周囲をぐるりと伺って続けた。


「魔がいないと言っていたけれど、そうとは思えないほどに彼らの気配が色濃く染みついている。……わたしにわかるくららいに」

「おかしなことなのですか?」

「術士が住んでいたと、藤乃は言ってたでしょ。術士は魔を祓う人たちのこと。彼らの多くは魔を嫌うから、その術士の家にこれほどまで魔の気配が残っているのは不思議ね。よほど変わり者の術士だったのか」

「藤乃の契約者ってことは、他の魔とも契約していたのでしょうか」


カオルは首を振った。


「人が魔と契約をするのは簡単なことじゃないの。それに藤乃は力の強い魔だから、他に契約した魔が複数いたことは考えにくい」

「なぜですか」

「力の強い魔はプライドが高いから、契約した人間が他の魔と契約することを嫌う者が多いの。それに、強い魔が求める対価は安くない。複数の魔と契約すれば、払う対価も多くなる。人はそれほど、魔が望むものを多くは持っていないのよ」


ヒロは魔との契約は難しいのだと理解した。


「もし、彼らから契約を持ちかけられても、簡単に頷いてはダメ。ヒロは術も使えないし、退魔の方法も知らない。同意がない限り契約は生まれないのだから、約束をしないことで自分の身を守るの。結果の確約ができないことを安易にできる、なんて言っちゃダメよ」

「……はい」


身に覚えのあるヒロは神妙な声で頷いた。

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