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私たちは繭の中  作者: hayase
退魔師の後継『ナル』
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ナルと叔父さん-2-

叔父さんの屋敷に預けられる度、魔と触れ合うナルを叔父さんは止めなかった。


叔父さんは終始、西条本家で見かける術士たちのように魔を見下したり、嫌ったりする様子は決してなかった。

叔父さんは彼らと言葉を交わし、時には菓子をやり、友のように気安く彼らと接していた。



ある時、庭のよく見える縁側で親しくなった魔からもらった団子を叔父さんと食べながらくつろいでいると、一人の美しい女が現れた。

20代頃に見える、長い黒髪の着物を着た美しい女だ。


「主よ」


紅をさした女の赤い唇から紡がれた音は優しく、それだけで叔父さんと親しい間柄の人なのだと、幼いナルにもすぐにわかった。


「どうした、藤乃。一緒に食べるか」


 女は首を振り、一言告げた。


「来客です」


途端、叔父さんの纏う空気が一変した。


「行こうか」


立ち上がった叔父さんは、ナルを振り返って言った。


「すぐに戻るから、ここにいるんだよ」


それから、近くに集まってきていた魔たちにも言い聞かせた。


「おまえたち。死にたくなければナルと一緒にここで待てをしているんだ。できるね」


魔たちはいっせいに頷き、そのうち一体の魔はナルの膝の上へと飛び乗ってきた。


女と叔父さんが去った後、ナルは親しくなった魔の一人に尋ねた。


「ねぇ。来客って、怖い人なの?」

「この屋敷にわざわざ来る客なんて決まってるだろ」

「決まってる?」


ナルが首を傾げると、また他の魔が言った。


「あの女が出て来たんだ。絶対アイツだよ」


周囲に集まってきた他の魔たちも、違いない、違いないと口をそろえる。


「アイツってなんなのさ」

「……だよ」

そう、魔の一人は声を潜めて言った。

潜められすぎていて、ナルはよく聞き取れなかった。




ナルは膝の上に乗った魔を撫でながら、ぽつりと言葉を(こぼ)した。


「おれ、待つって嫌いだなぁ」


昔、似たようなことを誰かに言われた気がする。

誰かはナルに、待ってるようにと言ったのだ。


ナルは待っていた気がする。


待って、待って。


その誰かをずっと、待っていた気がする。


「オレ、待つの得意だ」


ナルの膝の上に乗っていた魔が言った。

ざわざわと、他の魔たちも頷いた。

そして口々に言った。


「人は、忘れっぽいからな」

「おまけに短命で」

「俺たちのこと、視えたり視えなかったり」

「仕方ないから、こっちが待ってやるんだ」

「俺たちのこと、視えるまで待ってやる」

「小僧っこが待てないなら、俺たちが待ってやるよ。ナルがいいってなるまで、俺たちは待ってる」

「俺たちの方が、うんと長生きだしね」

「短命な人は、待たなくていい」


タンメイ、タンメイと口々に言ってからかう魔たちに、ナルも負けじと言い返す。


「おまえたちが長生き過ぎるんだろ。それにおれ、今八歳だから。これらから何十年はぴんぴんしてるから」


魔たちは顔を見合わせて、うーんと首をひねった。


「どうだろうなぁ。小僧っこは西條だからなぁ」

「それに本家筋だもんなぁ」


ナルは不思議そうに尋ねた。


「西條の本家だったらなんなんだよ」

「術士になっちゃうだろ」

「なっちゃうだろー」


術士、と聞いてナルは屋敷を出入りする大人たちのことを思い出す。

どこか歪な気配のする魔を使役し魔を祓う、冷たい気配の大人たち。


「そんなのわかんないだろ」


ナルの言葉を魔たちは否定した。


「いや、なるね」

「なっちゃうね」


そうして一人の魔が、寂しげな声で言った。


「術士はみーんな早く死ぬ。顔に皺ができる前に、死んでゆく。長生きする術士はごくごくまれさ」


そんなはずはない、とナルは思った。


術士の祖母は今でもピンピンしてるし、数は多くないが屋敷で祖母と変わらぬ年に見える術士も見かけたことがある。

それに、とナルは言った。


「叔父さんは長生きしてるだろ」


途端、魔たちは曇った顔をする。


「あのくらいが一番危ない」

「式もいるが、どうだろうか」

「俺たちでは力不足だしな」

「あやつはこの家を終わらせる気だ。子もおらぬし、傍流から弟子も取っておらぬ」

「そういうやつは、長くは生きぬ。術士の家系で家を絶やそうとする者が、長生きしたのをワタシは見たことがない」

「我らでは守ってやれぬしなぁ」


 まるで叔父がもうじき死ぬとでも言いたげな魔たちに、ナルは腹が立った。


 叔父さんは強いし、豊富な退魔の知識も持っている。


ナルが屋敷に来る度、叔父さんは必要だからと退魔の(すべ)を教えてくれた。祖母から護身のためと教わっているものとは全く別の系統の術だ。恐らく、西條の使う術とは違うもの。


ナルの心に呼応して、パチリ、パチリと力の波が周囲で揺らめく。


それを視た魔たちは震え、怯えた様子でナルを注視した。


「ナル」


叔父さんの声にハッと振り向けば、困った表情の叔父さんがそこに立っていた。


「どうした。こいつらにからかわれたか」


―叔父さんがもうすぐ死ぬだろうって魔たちが言ってくる。


そんなこと、冗談でも言いたくなかった。

もうすぐ死ぬなんて、そんな、恐ろしいこと。


「みんなが、くだらないこと、言ってくるから……」


叔父さんは大きな手でわしゃわしゃとナルの頭をかき回して言った。


「気にするな。こいつらは力の弱い奴らだが、無駄に長生きでね。口ばかりが達者になっている」

「叔父さんには、後継者がいないの?」


先ほどの魔たちの会話から気になったことを問うと、叔父さんは苦い顔をした。


「あー、そんな話をしてたのか?」


魔たちの言うことが本当であれば。弟子がいれば、術士は長生きするのだろうか。


「おれ、なるよ!叔父さんの弟子に」

「いやぁ。そういうのは僕、募集してないからなぁ」

「なんでっ!おれ、役に立つよ。今だって叔父さん、おれに術を教えてくれてるし、もう弟子みたいなもんじゃん」


ナルがムッとして叔父さんを睨めば、叔父さんは面白そうにけらけらと笑いながら言った。


「えー?だって僕には藤乃がいるし、ナルは西條本家の大事な嫡子だから、僕なんかがおいそれと弟子にしたら叱られてしまうよ」

「ばあさまは関係ないっ!」

「めちゃくちゃ関係あるんだなぁ」


弟子は取らないと頑なな叔父さんの態度が、ナルはひどく悔しかった。


「弟子になる!後継になる!」


そう何度も繰り返して、駄々をこねても。


叔父さんは参ったなぁと困り顔をするだけで、決して首を縦には振らなかった。



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