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私たちは繭の中  作者: hayase
視えない魔
30/45

幽霊-2-

―異常の起きる部屋。


身構えて入ったその部屋は、ごく普通の部屋に見えた。


何か嫌な気配がするとか、荒らされてるとか、空間が歪んでるとか。

そういう感じはない。むしろ普通過ぎるくらいだ。

奥へと進むカオルのあとに恐る恐るヒロも続く。


前の住人が置いていったであろう棚やテーブルの家具が最低限ある程度で、部屋の中は物が少なくがらんとしている。


「でーてーいーけー」


声は唐突に聞こえた。


「ここはボクの家だ!早く出ていけ!」


幼い子どもの声だった。

ガタガタと家具たちが揺れ始め、電気も点滅し始める。


「これは……」


ヒロは周囲を用心深く見渡す。


「魔は、人ではないもののことを指す言葉」


カオルはそっと言葉を吐き出した。


「人が、人でなくなれば。時にそれは魔となるの」

「人が、魔に……?」


ヒロが驚きに目を見張る。


「はやく、出ていけ―‼」


強い声が部屋中に響いて、ヒロは思わず耳を塞いだ。


「ここは、人の領域よ。出ていかなくてはいけないのは、人ではないあなた」


淡々としたカオルの言葉に、姿なき声は絶叫した。


「ちがう、ちがう!ここはボクの家だ。侵入者はおまえたちの方だ!」


ぐるぐると部屋の中心に黒い影のようなものがうず巻き、そこから小さな人影が現れる。


「子ども……?」


それは、幼い子どもの姿をしていた。

ヒロはよく視ようと、その子どもの姿を注視する。

半袖に半ズボンの服装で、頭に角や獣のような耳も生えていない。

子どもの周りを黒い影のようなものが覆っていることを除けば、どこにでもいる子どもに視える。


「あの子は以前、ここに住んでいて。死んでしまってからは、ここに居ついているの」

「幽霊……ってことですか?」


ヒロは白い着物をまとって頭に三角の白い布をつけた、お化け屋敷にいそうな幽霊の姿を想像した。


「そう、呼ばれることもあるね」


カオルの行動は早かった。


子どもとの距離を素早く詰め、取り出した赤い札を子どもの額に張りつける。

すると子どもの周りを覆っていた黒い影は霧散し、意識を失った子どもがぐらりと倒れこむ。カオルはその子どもの身体を抱きしめるようにして支える。


「終わり、ですか?」


カオルはゆっくりと首を振った。


「この子についていた悪いものを祓っただけ。ちゃんとこの子を帰さないと、終わらないよ」


カオルに抱きしめられていた子どもが、ゆるりと目を開ける。


「おねえちゃん、だれ?」


先ほどまでの様子が嘘のように、子どもは不思議そうにカオルを見ている。


「わたしは魔女のお使いで来たの。あなたが迷わないように、ちょっぴり手助けをしにね」

「まじょ?」


子どもは首を傾げた。


「自分が死んだこと、わかる?」

「しんだ……。そうだ。ボク、死んじゃったんだ」

「死んだ命はね、ここにはずっといられない。行かなきゃいけない世界があるんだ」

「てんごく?」


カオルは肯定も否定もしなかった。


「わたしは死んだことがないから、そこがどんなところなのかはわからないけれど。未練があれば、教えてほしい。わたしはあなたのお手伝いをしに来たんだから」


子どもはゆっくりと首を横に振った。


「お父さんも、お母さんも。この家にいなくて寂しかった。ふたりが帰って来るまで待ってようって思ってたんだけど、全然帰ってこない。だから、もういいんだ」

「そう」


カオルはまた赤い札を取り出して、それにふっと息を吹きかけた。

赤い札は人型の形へと変化し、可愛らしい仕草でその場をくるりと回る。


「これが道案内をしてくれる。ついてゆけば、あなたの行くべき世界にちゃんと行けるよ」

「うん。ありがとう、魔女のおねえちゃん」


子どもは人型の赤い札と一緒に、その場を去った。

カオルはヒロを見ないまま尋ねた。


「ヤマネの魔が、視えないの?」

「え?あ、はい……。ここに来る途中もヤマネに聞かれましたが、ヤマネの言う悪魔とやらは視えなくて……」

「でも、さっきの子どもは視えた」

「そうですね」

「子どもの周囲にあった黒い影も視えた?」

「はい」


カオルはヒロを振り返って、そっと口角を上げた。


「なら、大丈夫。ヒロにはちゃんと視える目があるから。ヤマネの魔は少し特別で、わたしたちが依頼で接する魔とは違うの。だから、今は視えなくても大丈夫」


内緒の話だけどね、とカオルは言った。


「わたしは、視えないの。強い魔も、弱い魔も。どんな魔であっても、わたしはその姿をとらえられない」

「え、でも……。視えて、ますよね?」


先ほども子どもの幽霊を抱きしめていた。ヒロは戸惑って、動揺していた。


「それは、道具があるから」


カオルは自身の服の胸元をきゅっと握りこんだ。


「魔が視えるようになる道具を使って、わたしはようやく彼らが視える」

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