幽霊-2-
―異常の起きる部屋。
身構えて入ったその部屋は、ごく普通の部屋に見えた。
何か嫌な気配がするとか、荒らされてるとか、空間が歪んでるとか。
そういう感じはない。むしろ普通過ぎるくらいだ。
奥へと進むカオルのあとに恐る恐るヒロも続く。
前の住人が置いていったであろう棚やテーブルの家具が最低限ある程度で、部屋の中は物が少なくがらんとしている。
「でーてーいーけー」
声は唐突に聞こえた。
「ここはボクの家だ!早く出ていけ!」
幼い子どもの声だった。
ガタガタと家具たちが揺れ始め、電気も点滅し始める。
「これは……」
ヒロは周囲を用心深く見渡す。
「魔は、人ではないもののことを指す言葉」
カオルはそっと言葉を吐き出した。
「人が、人でなくなれば。時にそれは魔となるの」
「人が、魔に……?」
ヒロが驚きに目を見張る。
「はやく、出ていけ―‼」
強い声が部屋中に響いて、ヒロは思わず耳を塞いだ。
「ここは、人の領域よ。出ていかなくてはいけないのは、人ではないあなた」
淡々としたカオルの言葉に、姿なき声は絶叫した。
「ちがう、ちがう!ここはボクの家だ。侵入者はおまえたちの方だ!」
ぐるぐると部屋の中心に黒い影のようなものがうず巻き、そこから小さな人影が現れる。
「子ども……?」
それは、幼い子どもの姿をしていた。
ヒロはよく視ようと、その子どもの姿を注視する。
半袖に半ズボンの服装で、頭に角や獣のような耳も生えていない。
子どもの周りを黒い影のようなものが覆っていることを除けば、どこにでもいる子どもに視える。
「あの子は以前、ここに住んでいて。死んでしまってからは、ここに居ついているの」
「幽霊……ってことですか?」
ヒロは白い着物をまとって頭に三角の白い布をつけた、お化け屋敷にいそうな幽霊の姿を想像した。
「そう、呼ばれることもあるね」
カオルの行動は早かった。
子どもとの距離を素早く詰め、取り出した赤い札を子どもの額に張りつける。
すると子どもの周りを覆っていた黒い影は霧散し、意識を失った子どもがぐらりと倒れこむ。カオルはその子どもの身体を抱きしめるようにして支える。
「終わり、ですか?」
カオルはゆっくりと首を振った。
「この子についていた悪いものを祓っただけ。ちゃんとこの子を帰さないと、終わらないよ」
カオルに抱きしめられていた子どもが、ゆるりと目を開ける。
「おねえちゃん、だれ?」
先ほどまでの様子が嘘のように、子どもは不思議そうにカオルを見ている。
「わたしは魔女のお使いで来たの。あなたが迷わないように、ちょっぴり手助けをしにね」
「まじょ?」
子どもは首を傾げた。
「自分が死んだこと、わかる?」
「しんだ……。そうだ。ボク、死んじゃったんだ」
「死んだ命はね、ここにはずっといられない。行かなきゃいけない世界があるんだ」
「てんごく?」
カオルは肯定も否定もしなかった。
「わたしは死んだことがないから、そこがどんなところなのかはわからないけれど。未練があれば、教えてほしい。わたしはあなたのお手伝いをしに来たんだから」
子どもはゆっくりと首を横に振った。
「お父さんも、お母さんも。この家にいなくて寂しかった。ふたりが帰って来るまで待ってようって思ってたんだけど、全然帰ってこない。だから、もういいんだ」
「そう」
カオルはまた赤い札を取り出して、それにふっと息を吹きかけた。
赤い札は人型の形へと変化し、可愛らしい仕草でその場をくるりと回る。
「これが道案内をしてくれる。ついてゆけば、あなたの行くべき世界にちゃんと行けるよ」
「うん。ありがとう、魔女のおねえちゃん」
子どもは人型の赤い札と一緒に、その場を去った。
カオルはヒロを見ないまま尋ねた。
「ヤマネの魔が、視えないの?」
「え?あ、はい……。ここに来る途中もヤマネに聞かれましたが、ヤマネの言う悪魔とやらは視えなくて……」
「でも、さっきの子どもは視えた」
「そうですね」
「子どもの周囲にあった黒い影も視えた?」
「はい」
カオルはヒロを振り返って、そっと口角を上げた。
「なら、大丈夫。ヒロにはちゃんと視える目があるから。ヤマネの魔は少し特別で、わたしたちが依頼で接する魔とは違うの。だから、今は視えなくても大丈夫」
内緒の話だけどね、とカオルは言った。
「わたしは、視えないの。強い魔も、弱い魔も。どんな魔であっても、わたしはその姿をとらえられない」
「え、でも……。視えて、ますよね?」
先ほども子どもの幽霊を抱きしめていた。ヒロは戸惑って、動揺していた。
「それは、道具があるから」
カオルは自身の服の胸元をきゅっと握りこんだ。
「魔が視えるようになる道具を使って、わたしはようやく彼らが視える」




