彼女との再会
翌日。
赤い名刺を持って、ヒロは魔法使いの古書店があった商店街に来ていた。
日曜日のお昼過ぎということで、商店街は賑わいを見せている。
ヒロの家から商店街までは、自転車で30分ほどの距離。決して近い距離ではなかったけれど、古書店が消えてなくなるまで、三日と開けずに通っていたヒロにとっては慣れた場所だ。
名刺には住所が書かれていなかった。書かれていなかったから、とりあえずヒロは魔法使いのいた古書店跡にやってきていた。
ここに来れば、また彼女に会えるような気がしていたから。
ヒロはいつもの商店街を通り抜け、いつもの角を左へ曲がった。
「せっかく隠したのに、あなたが来てたら意味がないでしょ」
店の扉はそこになかった。
けれど、いつもと違ったのはそこに彼女が立っていたこと。
昨日と同じ黒のパーカーにジーンズのズボンというシンプルな服装。
深く被った黒いキャップ帽は彼女の表情をうまく隠している。
ヒロは彼女がいたことには驚かなかった。
「古書店を隠したのはあなたですか」
「いいえ」
「では、魔法使いの行方はご存知ですか」
「いいえ」
彼女は否定を繰り返し、そっと古書店の扉があったあたりの壁に片手を触れさせた。
「わたしは何も知らない。知りたければ、わたしのあとについてきて、魔女に会って願えばいい」
壁には大きな黒い空間がぽっかりと生まれて、その先には真っ黒な闇が広がっている。
「え、」
「道はすぐに閉ざされる。選ぶのは、あなた自身」
困惑するヒロを置き去りに、彼女は迷いのない足取りでその闇の中へと踏み出し、その背は奥へと進んでいく。
瞬く間に彼女の姿はかき消えて、闇は徐々に小さくなっていく。
―彼女を見失ってしまえば、永遠に魔法使いのことが分からなくなる。
そんな漠然とした予感が駆け抜けた。
黒い空間に広がる闇への怖さはあった。
けれどそれ以上に、唯一の手掛かりを失う恐怖が勝った。
すくむ足を叱咤して、ヒロは闇の中へと踏み込んだ。
ヒロの全身が闇へと吞まれるのと同時に、その空間は閉ざされた。
あとには何の変哲もない壁だけが残った。
そこは不思議な空間だった。
暗いばかりだと思っていたのに、その場所は明るかった。
小さな星のような光の粒が上下左右のそこかしこに散らばっていて、その空間をほの明るく見せている。
遠近感のない空間は平衡感覚を失わせ、自分が今立っているところが地面なのか怪しくさせる。
そんな場所だ。
奇妙なのはそれだけじゃない。
風の音ひとつ聞こえず、匂いもしないのだ。
ヒロは必死に、導となる彼女の背を追いかけた。
「足を止めないで」
彼女の声が聞こえた。
「大丈夫。まっすぐ歩けばいい」
ヒロは立ち止まりかけていた足を必死に動かす。
胸の中で膨れ上がった不安が、今にも暴れ出しそうだった。
彼女の声を頼りに、一歩、一歩と歩いていく。
「私がいるから、迷わない」
ハッと目を瞬くと、すぐ前を彼女が歩いていた。
息を吸い込む。
その空間を歩いたのは、ほんの短い間のことだったように思う。
彼女の背がピタリと止まると同時に、白い光に包まれたような気がして眩しさに思わず目をつぶる。
じめっとした梅雨特有の空気が肌にまとわりつき、コンクリートの蒸れた匂いが、肺に広がった。
どっと汗が噴き出した。
暑さのせいではない。
目を開いたヒロの眼に映ったのは、真っ赤な外開きの扉を開いて待っている彼女の姿だった。




