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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第九章 再び、贄となり

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祖の魂

真白(ましろ)様、どうかされましたか」


「声がした、行って参る」


 大切にされていた真っ白な赤子、その片割れは、ある日突然消えた。

 真白神と呼ばれるものを呼んだのは、他ならぬ御子姫だった。


「どうか、助けて下され」


 御子姫をかばい先に大バケの口に落ちた奏司は、左から穢れを受けた。

 御子姫は全身全霊、持てる力を出し切った。それでもなお、奏司を助けられなかった。このままでは奏司は死ぬだろう。


 御子姫は助けを求めた。ただただ、求めた。


 常世の闇も、大河のうねりも、耳をつんざくような戦人(いくさびと)たちの叫びも、すべて遠のいていくようだった。

 御子姫に残っていたのは、ただ一つの思い。奏司をここで失うわけにはいかぬという強い思いだけだった。

 祓いの唱言さえも忘れ、ただ悲痛な叫びに似た懇願だけが、奏司を追って声にならぬまま常世の底へと沈んでいった。


 真白神は奏司の穢れを祓ったが、すでに奏司の左身の一部は穢れに深く触れていた。

 真白神が来た時にはもう手遅れだった。


 だが、真白神の気配が大河へ触れた瞬間、常世の奥底が軋むように震えた。それは長い時を遡り、常世そのものを揺さぶっていた。


 黒々と沈んでいた水底のさらに奥で、遠き時の狭間に眠っていた何かが一つ、また一つと目を覚ましていく。常世の底そのものが、忘れ去っていた昔を思い出したようだった。


 真白神が常世の大河に降り立ったことで、遠い遠い時の向こうで(ニエ)だった者たちが起きてきた。


 常世の大河と化した水底の、澱のその先のまだ底に眠っていた、古き魂だった。


 それだけではない。

 (ケガレ)との祓いや戦で命を落としてきた者たちの魂も起きてきた。

 その中には先の大戦(おおいくさ)で唯一大河に取り残されたとされていた、美鈴の魂もあった。


 多くの魂は大河の中からまるで無数の光の玉が飛び出てくるように、船団を取り囲んだ。

 船上に取り残された戦人たちは、新手の何かが来たかと身構えた。


 真っ先に声を上げたのは異形衆だった。


「うおおおおおおおーっっっ!!!」


「ご先祖だあぁぁっっ!!」


 彼らには光の玉に、先祖の姿が重なって見えていた。その多くは彼らと変わらぬ異形(いぎょう)だった。


 光の玉はそれぞれの船に乗ると、戦人を鼓舞し、共に取り囲む穢を祓い始めた。それはまさに、一騎当千と呼ぶほかない勢いだった。


 猛り狂ってくる穢どもを、祖の魂は鬼神のような強さで祓っていった。

 祖の魂は、御子姫を失い、まさに風前の灯となっていた戦人を奮い立たせた。


 それを受けて、一時(いっとき)茫然としていた双子が陣頭指揮を執り始めた。


「姫様は必ず戻られる!」


「奏司殿、豪鬼殿、一緒に戻られる!」


「それまで、持ちこたえるのだ!」


「気力のある者は術を放て!」


 唱と駿英(しゅんえい)は見つめ合った。


「子供の元に戻らないと!」


 言葉と駆成(かいせい)も同じだった。


「こんなところでくたばってたまるか!」


 二つの対は同時に目前にそびえ立つ、御子姫たちを飲み込んだ大バケに向かって大砲(おおづつ)を撃ち込んだ。


 同時にあちらこちらから大砲が撃ち込まれた。


「大バケを祓えぇぇーっっ!!」


 どれだけ術を放っても、放っても、大バケは山のように、そこに在った。

 大バケだけではない、次から次へと船を狙って穢が攻撃してくる。


「姫様が戻られるまで、なんとしても踏ん張れえぇーっっ!!」


 祖の魂とともに、総勢二百名近い者たちと穢との大決戦であった。




 御子姫と奏司と豪鬼はともに同じ走馬灯を見ていた。


 それは伝え聞いていた、贄として大海(おおうみ)に流したはずの赤子が葦の舟に乗って戻ってくるところから始まっていた。

 その赤子は、輪響紋が刻み込まれた者たちによって拾われ、大切にされていた。


 多くの穢が祓われていた。穢は大海から二本足で上がってきて、人に穢れを撒き散らしているようだった。赤子は結界を張り集落を守っていた。

 その光景は白い光とともに消えた。


 祖が見ていたもの、守ろうとしたもの、犠牲としてきたもの。

 その無言の祈りにも似た名残までもが、白い光となって流れ込んでくるようだった。


 あの光はもう昔語りではない。


 今ここで断ち切らねばならぬものとして、御子姫の両の手に集まり始めていた。


 御子姫が放った、全身全霊を込めた一撃は、一瞬にして常世の大河を閃光で包んだ。


「ほう……」


 それは真白神が発した、感嘆の一声だった。

 御子姫は一瞬のうちに、常世の大河を埋め尽くしていた穢を祓い切っていた。

 真白神が呟いた。


「ほんに子は宝じゃのう。身籠っておるうちに力を分け合うたか……」


 常世は一瞬にして静寂が訪れた。

 そうして、御子姫は豪鬼とともに奏司を穢の元から連れ帰った。

 どうやって戻ったか、記憶はなかった。ただ、気がつけば船の甲板にいた。


 奏司の左腕は肩近くから、穢れを喰らいブスブスと音を立てて崩れていた。


「早う、清めの水を!」


 奏司の呻く声が鈍く響き渡る。そして悲鳴ともつかない声で、叫ぶ声がした。


 奏司は思い出していた。眴と誓いあった時のことを。何も証はないが、互いに左手の薬指に口づけをして誓いあった。

 その左腕が、穢れを受けて腐れ落ちていた。


「ひ、左……腕……!」


 肩から清めの水がかけられ、御子姫はずっと祓詞を唱え続けた。

 奏司は意識を混濁しながら、まだこんなところで死ぬわけにいかないと神に祈った。以前、父奨弥から受けた穢の影響など、直接受けた穢れの腐れに比べたら天と地ほども違う。


「生きて帰るんだっ!!」


 左の半身には心の臓もあった。見事な輪紋は崩れ胸や腹にも穢れが飛び散っていた。奏司は死の目前に立たされていた。


 御子姫は、若い日のあの時を思い出していた。そしてあの時とは比べようもないほど心臓があぶつくのがわかった。どくんどくんと、恐ろしい勢いで心臓が波打っていた。


「奏司、奏司っ!」


 豪鬼が残った穢れを祓おうとする。


「触れてはならん!」


 御子姫は豪鬼が出した輪紋へ響紋を撃ち込んだ。そして、もう一度輪紋へ向けると輪紋を絡め取り光の玉を作った。


「その手があるか、できるかわからぬが!」


 御子姫は輪紋と響紋との融合を始めた。二つの力を一つにすると、祓詞とともに奏司の全身を光で包み込んだ。黒々とした穢れが粉々に散っていくように消えていった。

 奏司が受けた穢れは、腐り崩れた部分で止まった。気の道に入り込んだものもすべて祓われた。


 船団は異形の大船を先頭に双子の大将船をしんがりに、多くの祖の魂に見守られ帰港した。常世の大河の穢は、御子姫によって一時的に祓われていた。

 船団の船は傷だらけだった。今にも沈みそうな船でなんとか閘門(こうもん)まで辿り着いた。

 なかなか帰ってこない船を、残された者たちは待ちに待っていた。船の有様を見れば、ただごとではないことはすぐにわかった。




 戻ることのなかった皇子御子の真白神は、奏司の命を救うことにした。それは人一倍強い呼びかけだった。

 今ここでは絶対死ねぬという、誰よりも強い、強い呼びかけだった。

 真白神はこの者との残りわずかな時を、ともに過ごすことを選んだ。


 命からがら戻った戦人たちは、幸いなことに一人も欠けることなく死地を脱した。


 御子姫たちが戻った船上には、古いものも新しいものも含め、無数の骨が散らばっていた。


 この時、すでに御子姫は心を決めていた。祖の魂のため、成すべきことをする。集められた光は、なお御子姫を満たしていた。


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