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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第九章 再び、贄となり

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決戦

 (ケガレ)を祓うということは、それこそ命を()して行うことだった。そのための戦に、今から出向かねばならなかった。

 今や穢の様相は、輪紋衆響紋衆の戦人(いくさびと)にとって、ひと昔前に聞かされていた命がけの戦の相手そのものとなっていた。


 船団は、大将船が二隻。(となえ)の対、言葉(ことは)の対がそれぞれ率い、六対の大砲(おおづつ)と八対の小砲が乗船した。

 付き従う副船は各大将船に四隻ずつ、計八隻。こちらには総勢八十対が乗船する。

 そして、御子姫と奏司、豪鬼の対が乗る異形の大船には、八対の大砲(おおづつ)が乗った。

 出陣する輪紋衆響紋衆は、総勢二百名近い。


 穢によって常世の大河にうねりが出る対策は、三年間何もしていなかったわけではなかった。すべての船に祓詞護札を張り塗装し、穢から船と船上と戦人を守るようにした。

 これで果たしてどこまで戦人を、うねりに上下する大河の水面から、守ることができるのか。それは出陣してみなければわからなかった。


 出陣までの三日間は精進潔斎をするのが今までのしきたりであった。


 ただし、此度の戦に限っては御子姫から、各地より届いた御神酒(おみき)の振る舞いがあった。神からの助力を賜るようにという一族からの取り計らいでもあった。

 穢の変容は皆に伝わっており、何より精神への鼓舞を高めるためのものだった。


 出陣前、戦装束に身を固めた奏司、豪鬼、御子姫の三人は眴と剛拳とも一緒に出陣前の御神酒を飲んでいた。

 御子姫は留守を預かる眴や剛拳にも、何度も子等を頼むと言って船着場へ向かった。

 

 いつにも増して赤々と篝火は焚かれ、手に手に松明を持ち見送る人垣ができていた。


 御子姫は総大将の異形の大船に乗り込んだ。朗々と大祓詞が奉納された。


 高天原(たかまのはら)神留(かむづ)まり()皇親神漏岐神漏美(すめらがむつかむろぎかむろみ)(みこと)(もち)て八百萬の神等(かみたち)神集(かむつど)へに集へ賜ひ神議(かむはか)りに議り賜ひて……


 ……高山の(すえ)、低山の末より、

 さくなだりに落ち多岐(たき)速川(はやかわ)

 瀬に()瀬織津比売(せおりつひめ)といふ神、

 大海原に持ち出でなむ……

 かく持ち出でいなば、

 大海原に坐す速開都比売(はやあきつひめ)といふ神、

 持ち加加吞(かかの)みてむ……

 かく加加呑みてば、

 気吹戸(いぶきど)に坐す気吹戸主(いぶきどぬし)といふ神、

 根国(ねのくに) 底国(そこつくに)

 気吹放ちてむ……

 かく気吹放ちてば、

 根国 底国に坐す速佐須良比売(はやさすらひめ)といふ神、

 持ち佐須良比てむ……

 此く佐良比 失ひてば、

 罪と云ふ罪は在らじと祓へ賜ひ清め賜ふ事を天津神國津神八百萬(あまつかみくにつかみやおよろづ)神等共(かみたちとも)に聞こし()せと(まを)


 割れんばかりの大声で(とき)の声が上がる。


 船は閘門(こうもん)から出て行く。すべての船が閘門を抜けるまで、不思議とそこまでの大きな波やうねりはない。


 御子姫の総大将の大船が見守る中、船団は陣を整え滑り出した。


 その時だった。ごうっと堤の上の篝火が一斉に揺れた。


 まるで風が吹いたようだった。

 

 それと同時に、空耳かと思えるようなかすかな咆哮が、常世の底から一瞬聞こえてきた。そう、御子姫は感じた。


 見渡せば、異様なまでにしんとした、何とも言えない不気味な静けさがあった。

 御子姫もただならぬ静けさに身構えた。


 総大将の船を先頭にその後ろに双子の大将船、偃月(えんげつ)の陣形で様子を見ながら進んだ。

 共喰いは一旦収まったのだろうか、大河は静かだった。


 常世に風は吹かない。

 だが、水面には内側から押し上げてくるような膨らみが、いくつも浮かんでは消えていた。音もなく、まるで船団を誘ってでもいるようだった。


 そこへ遠方で大カマが跳ねた、見るからに大きかったそれが、常世の闇夜の中、黒く大きな影に一飲みにされた。


 それを見た奏司は唖然とした。これほどまでに大きいのかと。


「大バケだっ!!」


 偃月の陣で囲われた中へ、すうっと底から影が近づいてくる。総大将の船の上から、御子姫が叫んだ。


「陣の真ん中に大アカメじゃ! 浮いて来よる! 用心せいっ!」


 御子姫と目を合わせた、大アカメは陣形の数倍はある大きさだった。そのアカメがエラを大きく動かし、水底から笑いかけたように見えた。


「術式構えよ! 仕掛けて来るぞ!」


 そのアカメと大して変わらぬ大きさの大バケが、陣形を揺るがすほどの波を立てて現れ、尻尾で大河を叩いた。それだけで船は大波に持ち上げられた。


 波間から大バケが顔を出す。


「今じゃ!」


 御子姫のかけ声とともに、一斉に輪響紋の術が放たれ祓いにかかる。大バケはそうはさせじと反転し一気に潜ると、船団へ大波を叩きつけた。


 大きな悲鳴とともに、船がひっくり返らんばかりに波に揺れている。

 そこへどこから飛んで来たのか、大カマが船を目がけてカマを振るった。


 振るわれたカマが船に当たり、大きく傷がついていく。今すぐどうこうという傷ではないが、振るわれたカマの大きさは十分に乗っている者に恐怖を与えた。


 御子姫は総大将の船を真ん中に、方円形に各船を配置する。どこから穢が来ても御子姫が大砲(おおづつ)で祓うつもりであった。


 しかし、どのような陣形をとっても、形はすぐに崩れていった。

 波のうねりが想像以上に大きく、船と船とがある程度距離を取らねば、たちまちぶつかってしまう。


 それさえ見越してでもいるかのように、穢は動いていた。


 御子姫の乗る大船の下を大アカメが悠々と過ぎ去った。同時に両方向から大バケが頭をもたげた。


 御子姫は双方向へ異形の大砲を四つで祓わせた。

 その瞬間、目の前に大バケが頭を出してきた。御子姫は奏司と豪鬼との四連弾を放ち祓う。


 一匹の異様に大きなアカメが、まるで陣頭指揮を執っているようだった。


「穢じゃろう? 本当に穢なのか?」


 御子姫は奏司に向かって聞いた。


「間違いない。船団を全滅させるつもりだ」


 確かにじわりじわりと、こちらの手の内を見ながら追い詰められているようだ。穢は祓っても祓っても、波とともに襲って来た。

 護札で守られているとはいえ、船は徐々に傷ついていく。同時に、戦人たちの気も枯れつつあった。


 いつまでも戦い続けられるほど、十分な気を保っていられるような相手ではなかった。 

 御子姫は引き際を考えていた。


 しかし、それを見透かしてでもいるのか、大バケは方円形に守る船団を包囲し、波間から次々と顔を出していた。

 まるで、御子姫たちを笑いながら(ほふ)る時を待っているようだった。


 そんな中、船団を恐怖に陥れんとするかの如く、周囲で共喰いが始まった。

 ザコの果てしない共喰いに、トグロ同士が食い合うところへ、イタチが飛びかかっていく。跳ねるカマには同じように大バケが跳ねて大きな口で丸呑みにする。


 いつその共喰いが船を目がけて襲って来るのかわからない様相に、戦人たちの叫び声があちらこちらから聞こえてくる。


「だめじゃ……もう戦えぬ」


「御子姫があきらめてどうするんだっ!!」


「引きたくても、穢に囲われて引けぬ」


「それを突破できればいいんだろう! この船を先頭にして魚鱗にする。一斉に突破方向に大砲ぶち込んだら、船団に結界を張るんだ。一気に突っ切る」


 奏司が手真似で豪鬼に伝える。


「御子姫が飛んで囲いの弱いところを見て合図する。みんな術式構えだ」


 御子姫が高く飛んだ時、まさにその時を狙っていたかのように、一際大きな大バケが御子姫を喰らおうと飛びかかってきた。


 輪紋をいくつも出すと、御子姫をかばうように奏司が飛び出していった。同時に豪鬼が、奏司に突き飛ばされた御子姫を抱き取った。


 奏司が叫んだ。


「豪鬼、引けっ!!」


 一瞬、豪鬼は迷った。奏司は大バケに呑まれようとしていた。


 御子姫はゆるんだ豪鬼の腕からすり抜け、大バケの口へ落ちていく奏司へ腕を伸ばして飛んだ。豪鬼もまた御子姫を追って飛び込んでいく。


「姫様ぁぁぁーっっ!!」


 異形衆も、双子の対も、目の前で一瞬のうちに起きた出来事に茫然とした。

 船団から悲鳴とも叫びともつかない声が上がり、常世の波間に消えていった。


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