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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第九章 再び、贄となり

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穢(ケガレ)

 御子姫は幼い頃、里長からお伽話のような物語を聞くのが好きだった。里長にかかれば一族の昔語りはすべてお伽話になって聞こえた。


真白(ましろ)様は、一族に(えにし)の深い神様でしてな。皇子と姫とが(つい)を成して一つになった神様です。それがある日、葦舟に乗って一族が住む大海(おおうみ)の浜に流れ着いたのです」


「それから、一族は大海へ贄を流すのをやめたのじゃったな」


「さようです。御子姫殿は覚えがよい。今日は、その真白様が皇子と姫とに分かれたお話をしましょう。真白様はいつまでたっても、赤子のままでした。肌は白く、髪も白く、ただいつも閉じられている瞳が開くと、紅い色の眼が白い睫毛の向こうに垣間見えました」


「私と同じじゃと聞いておったが、まことじゃったのか」


「真白様はある日、意を決されたように、皇子と姫とに分かれましたが、魂は繋がっておりました。しばらくはそのまま、皇子御子と姫御子として過ごされました。皇子御子は戦神、姫御子は癒神として崇められましたが、元は一つの神でございますれば、互いの中に二つの力を宿していらっしゃいました」


「私には、そのような癒しの力なぞないぞ」


「御子姫殿の中にはしかと受け継がれておりますよ。お忘れですか。お小さい頃、虐められた白い山鴉の子を拾ってきて手当てなされた」


「長殿の屋敷の屋根にいつもおる子じゃろう。大きゅう立派になっておるゆえわからなんだ。それで真白様は大きゅうはならんかったのか」


「いいえ。不思議なことに、ある日突然、皇子御子の真白様が消えられたのです。面倒をみていた者の話では、呼ばれたから行ってくるとお出かけになられたそうです。ちょうど一族の元へお出でになられた時と同じにございます。それきり、皇子御子の真白様はお戻りにならず、その後のことです。姫御子の真白様がすくすくと、あっという間に大人の姿にお成りになったのは」


「赤子がすぐに大人になったのか」


「はい。姫様のお姿にお成りになったのです」


 御子姫はそれこそ目を丸くして、お伽話のようだと思っていた。真白の姫様の話は、とりわけ好きな昔語りになった。




 またとある日には、里長は古の(けがれ)についても御子姫へ語って聞かせた。それは幼い御子姫には恐ろしい話だった。


「古い古いお話です。遠い昔に一族の者が、大海の(けがれ)という魑魅(すだま)を鎮めるため(ニエ)として差し出されていたことは前にお話しました。その続きです」


「それは真白様がやってきてやめさせたのじゃろう。続きがあるのか」


「はい。これは大切なお話です。真白様をいただいた一族の者たちは、常世へと通じるという川の流れる上流へ隠れて暮らすことにしました。ある日、その川を挟んだ向こう側の集落で、突然頭に皮の頭巾を被る者が現れ始めました。首元までしっかり被せられたそれは、異様でした」


「それが穢なのか」


「そうですな。まだ穢そのものとも言い切れぬ、なりかけのようなものでした。その頭巾の者たちが現れ、川を下った先では(けがれ)が見受けられるようになります。穢は人と魚の(あい)の子のようなもので、腕も足も鰭様で尾鰭を持ち、その尾鰭さえも足のようでした」


「穢は魚のような人なのか。人のような魚なのか、どっちじゃ」


「そのどちらもです。時には、魚のような(なり)のまま地上へ現れることがありました。穢の声にならぬ声を聴くと、穢れを受けてしまいます。穢の声を出させぬよう、人のような者には頭巾を被せ川向こうへ追いやりました」


「どういうことじゃ。それは(いにしえ)(けがれ)の話じゃろう。古の穢は人か魚かわからぬ上、頭巾を被せて住まわせたというのか。なぜじゃ」


「贄となった者のなれの果てです。もとは一族の者です。一族には(けがれ)を祓う力を持つ者がよく生まれました。一族は隠れ住み閉ざされた中で子を成していくうち、異形を生むようになりました。その異形をこそ贄としておりました」


「なんと……異形を贄としていたのか」


「歳月が経つうちに、遠い昔に贄とした者が穢と姿形を変えて戻ってきたのです。それが古の穢の正体です。もとは時の権力者に強いられ、贄に差し出した同族です。祓うに祓えず。川向こうに住まわせておりましたが、穢は穢。いずれ穢れを受けて、同じ穢へと成り果てる者も出ることで、ある日集落ごと真白様が祓われました」


 たとえ一族の者であっても、一度ケガレとなった者は祓わなければならない。それが最初のしきたりとなった。

 その後、輪響紋衆は(けがれ)を祓うことを生業とする代わりに贄となることはなくなった。




 御子姫と奏司は二人きりで(ケガレ)について話し合っていた。

 それは互いに里長から学んだ古の(けがれ)と常世の(ケガレ)の話を織り交ぜなければならなかったためだった。


 三年もの間、事象に不必要な影響を与えないよう、常世への戦と祓いを止めた。

 しかし、結果はもう明白で、穢の変容は止められるものではなかった。まるで生物のように、祓われぬよう、姿形を変え、性質も変えてきた。


 特に、輪紋響紋を併せ持つ二人の御子の出現は、穢にとっては驚異だったろう。二人が生まれた夜に、穢が唸るような音を初めて聴いた。


「里長の昔話に出てきた古の穢と、今の常世の穢は同じじゃない」


 古の穢は、それこそ千年もの昔には存在した魑魅(すだま)の類だった。

 しかし、常世の穢は、およそ四百年ほど前、日本を二つに割った大戦(おおいくさ)がやっと静まった頃、突然、大海(おおうみ)に現れた異質のものだった。


「それはわかっておる。じゃが、似てきておる。そなたもそう言うておったではないか。唸り声を聞いたのじゃろ」


「古の穢そのものじゃない。でも、祓われぬよう姿を変え、人に寄ってくる在り方は似てきてる」


 奏司は、そこで一息ついた。そうして、常世の(ケガレ)について再度確認した。


「でもさ、そんなふうに聞こえただけなんだ。里長が話してくれたように、声で穢れをもらうのかまではわからないよ。それより、触れたらそこからすぐ腐るなら、船が大きく揺れた時の対策しないと」


「常世の穢が笑ったのを初めて見てから、もう随分と経つ。最初は笑ったように見えただけだと思うておった。口が裂けたのを、笑ったように見えたのだと。じゃが、最近は違う。あれは気配で人を蝕み始めておる」


 御子姫は決して名は出さなかったが、誰のことを言いたいのかはわかっていた。奏司の母洋巳と、父奨弥のことだろう。


 母洋巳の穢れの気配は、豪鬼を産んだと同時に消えたという。祓いの力もまた、そこで尽きた。

 一方、父奨弥の中に巣食った穢は、古のものか常世のものか、わからなかった。

 (モドキ)に気を食い荒らされ、気枯(けが)れの果てに魂の(しょく)を起こしていた。見つけられた遺体は、まるで古の穢が祓われた時のようで、やがて知らぬうちに消えていた。


「つまり、見た目や雰囲気が似てきているってこと? それで祖に還ってきてるって言いたいわけ?」


「そうまでは言ってはおらぬ。じゃが、そなたの言う大バケとやらは、山のように大きいというではないか」


「まあ、どっちもまったく同じじゃないけど。結局、常世の穢は、古の穢の始まりと近づいてるのはわかってるよ。でも、昔のようにはできない」


 御子姫と奏司の話し合いは平行線だった。いずれにせよ、古の穢そのものと対峙した者は、もう誰もいない。


 それでも、御子姫の戦頭領としての勘は告げていた。


 今、大河の底で起きている変化は、これまでの穢の延長ではない。大河全体がもっと大きな変容を見せていた。

 それは、何かもっと古く、もっと始まりに近いものへ寄っているようだった。


「それに、一度は戦に出ねば、そなたも表向きにけじめがつかぬじゃろう」


 奏司は言葉を呑むしかなかった。


 御子姫は笑っていた。もうとうに覚悟していたかのように。

 戦頭領だからこそ、穢のことは誰よりもわかっていた。


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