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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第九章 再び、贄となり

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泡沫の凪

 奏司は考えを巡らせながら、戦の後の水垢離(みずごり)をしていた。

 戦では想像以上の気を使う。そのため体が熱く火照って、真冬でも水をかけると湯気が立つほどだった。

 用意された白晒しの浴衣を羽織り、奏司は先に(みそぎ)のため離れへと入っていった。少し遅れて御子姫がやってきた。


「早う脱げ」


 御子姫にそう言われ、奏司はヤバいなあと思いつつ、思い切って脱いで布団に寝転んだ。御子姫は何食わぬ顔をして、いつも通り禊をしていた。

 そのうち、クククッ……と、どうにも抑えきれないという様相で、笑い始めた。


「奏司、そなたの家にはどんな大きな虫がおるのじゃ、食われた痕だらけじゃ。しかしまあ、ようも器用に戦装束で隠れて見えぬところだけ、あはははっ!」


 御子姫が腹を抱えて笑う様子に、奏司は行為のすべてを覗き見られているようで恥ずかしくて仕方がなかった。

 と同時に、これを笑い飛ばしてくれている御子姫が有り難かった。


「どうせ、そなたが眴に無茶を言ったか、煽ったか、というとこじゃろう。あの賢明な眴が何もなく、しでかすわけがない」


「あはは……まさかこんな長い時間残ると思わなくて」


「まあよい、そなたに限って間違いは起こすまい。義務だけ果たしてくれれば」


「うん、わかってる。後で(ケガレ)について報告にくるよ」


「明日でよいぞ、今日はもう休みたい」


 奏司は禊を受けると早々に離れを出た。豪鬼が体から湯気を立てて、沐浴場から出てくる。グータッチをして離れへの渡り廊下ですれ違う。

 玄関では剛拳が待っていた。


「今日はゆっくりだと思うよ」


「そうですか、豪鬼も大人になったんですな」


「そうだね、戦を通して、どんどん変わっていったよ。俺まで守ろうとしてくれるんだ」


 奏司はスウェットに着替えて、戦装束を持って帰るところだった。


「母さんの様子はどお? 痛み止めは? 相変わらず使おうとしない?」


「そうですね、『薬』というと拒否されます。痛みは相当かと思いますが、それもまた罪の償いのうちだと」


「そう……なるべく時間がある限り行くようにするよ」


「よく、眴さんが来てくれますよ。このあいだも二人で何か話し合っていました」


 奏司はなるべく二人に要らぬ心配をかけないよう気を遣った。

 本当は、街の病院の方が病気に対する環境は良かった。だが、洋巳は家を選んだ。同じ結末なら、心安らぐ場所がいいと言った。

 こんな素晴らしい場所を用意してくれてありがとうと、それが洋巳の口癖になっていた。




 奏司が帰ると眴が出迎えた。いつもより早い帰港に心配していたようだ。


「何かあったのかと……篝火のところまで行きました」


「じゃあ、あれ、見たでしょ。穢は事象だと言ってた。事象は共喰いする?」


「以前にも話したかと思います。穢が人のように意思を持ち始めたのかも知れません。何が影響したのかはまだわかりませんが、このまま力で押し続ければ、変容を早めるおそれがあります」


 奏司はどうしようもないとばかりに息をついた。

 表向きには、戦を止めるとは簡単に言えない。そこをどう処理するか、奏司は考えていた。


 輪響紋衆は穢を祓い続けるしかない。国を滅ぼさせぬために。

 それが与えられた運命(さだめ)だった。


「里長から聞いたことがある。古い昔の穢は、それこそ山のように大きな化け物で、(ニエ)を出すしかなかったって」


「この現代に贄ですか」


「さすがにそれはね……でも、放っておくこともできない。板挟みだ。うまくあしらっていかないと」


「御子姫殿には、正直に穢との戦の仕方の説明をされてはいかがでしょう。祓い切らず、引くときは引く。それが穢との戦には必要です。それはまた、自然な力の駆け引きでもあります」


「今でさえ戦の頻度は抑えてる。これで強いというなら……」


 奏司には、どう提案すべきかもう見えていた。

 御子姫は厄年で力が半減するとされていても、この力でこの結果を招いた。ならば一度戦を止め、穢の動きを見極めるしかなかった。


 奏司は眴を伴って、御子姫の元を訪れた。

 奏司は眴と一緒に連日、堤から見えるだけで共喰いの状況と、遠方で起きている現象の資料を作った。


 その資料を見せながら、二人は御子姫に、戦を止めること、その間に子を成すことを勧めた。


「厄年を理由に、子を作れとな」


 御子姫は唖然とした顔で奏司を見た。


「奏司、そなたも同意したのか」


「良い機会だと思うよ。(となえ)さんと言葉(ことは)さんは特に、力が弱くなっていたし」


 御子姫は眴の意見を求めた。


「ご説明した通りです」


 御子姫は眴を見つめ続けた。


「少し前、二人で話した時のことを覚えておるか。そなたは必ず、奏司との間に子をもうけてもらわねばならないと言い切った」


 奏司が驚いて、眴の方を見た。


「はい、奏司殿との間に姫御子、豪鬼殿との間に男御子を、ということです」


「それはまたどうしてじゃ」


現世(うつしよ)の眼を持つ者からの、先見でございます。ただし、ふさわしい時が来るまで話すなと申しつかっておりました。今がその時かと思いまして、進言させていただきました」


「どういうものだったか聞いても構わぬか」


「はい。奏司殿、豪鬼殿、お二人との間に生まれる御子は、輪紋衆響紋衆の未来を負う宿命の元に生まれると。一族の未来がかかっております」


 眴の家系は稀な物見の血を引いていた。物見が生まれること自体は極々稀なことだった。


「さて、その先見を信じて子をもうけた先は、どうする」


「我が家の由来の者たちが、責任をもってお育てする所存でございます」


「眼を持つ者たちの家か、悪くはない」


 御子姫は二人の説明に納得した。特に、眴からの申し出には、笑みさえ浮かべていた。


「それと、御子姫だけじゃなくて、この里全体、産児制限解いた方がいいね。みんな一度医者に診てもらおう。考えとくよ、百以上の対がいる。専門医を連れてくる」


「そうじゃな。それは私にとっても助かる」


 御子姫は悟ったかのような笑みを残した。


 確かに、物見の先見の通りに子さえ残せば、響家と奏家の本元の血筋は残る。そのために、なんとしても子を成さねばならなかった。


 子を産むということへの、重い記憶が消えぬまま、御子姫は申し出を了承した。


 そして御子姫は、三年間の長い休戦期間を設けることを発表するとともに、その期間に限っての産児制限を解いた。




 半年が経ち、里では妊娠する者が少しずつ現れ始めた。響家では出産に備え、大広間の改築まで進んでいた。街の病院まで行かずに済むようにした。元々響家にはお抱えの産科医がいる。


 しかし、御子姫には一向に兆しはなかった。


「子を成すというのは大変なことなのじゃなあ」


 御子姫の身の回りの世話をする頭領代理の双子も、まだであった。


「姫様。あまり思い詰めると、気鬱になりますから。夕餉にお酒など少しいかがですか」


 言葉(ことは)が気を遣って話し相手になることも多かった。


「姫様。今日は昼から奏司殿と豪鬼殿もおいでになるそうですよ」


 唱は御子姫の妊娠しやすい日取りを知らせに、奏家へ出向いては奏司と話をしていた。


「奏司殿、今日は昼から豪鬼殿もいらっしゃいます。良い酒も母から届きましたのでご用意しております。姫様のご提案で、離れの方にも床をご用意します」


「うん、ありがとう、いつも気を遣ってもらって。唱さんや言葉さんこそ、お母さん楽しみにしてるんじゃない?」


 唱は少し困った顔をして、思い切って奏司に話をした。


「うちら、姫様を差し置いて子が作れると、思ってはりますか?」


「えっ……」


「本家筋に妊娠する者がいてはらへんのは、そういうことなんです。姫様がご懐妊しはらへん限り、いくら出産の準備をしはっても無駄です。今まで姫様からは、あんまり奏司殿に負担を強いひんよう仰せつかっておりましたけど。この際言わせていただきます」


 唱のキツい西の訛りが、唱だけでなく響家本家筋の隠された本音を物語っていた。


 奏司は昼から行くことを伝えると、体育館に立ち寄った。奏家の若い戦人が体を鍛えていた。皆、奏司が見に来たので集まってきた。


「ずっと聞こうと思ってたんです。三年も戦に出ないんですよね。俺たち、どうしたらいいんですか。親が心配してて」


 二十歳になったという奏家の者が、対の組合わせや契りについて聞いてきた。周囲の対を見ていれば、不安になるのは当然のことだった。


 奏司は穢の急速な変容や表向きのことで精一杯で、足元の里にいる者たちのことが見えていなかったことを痛感した。響家の若い響紋衆はどうしているのか、御子姫と最近何を話しただろうか。


「自分のことばっかで。何やってんだか」


 奏司は、義務さえ果たしてくれればいいという、御子姫の言葉に甘えすぎていたことを痛感した。


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