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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第八章 隠主(おに)、覚醒(めざめ)し時

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覚醒(めざめ)

 奏司が街から戻ってくると、御子姫が戦についてすべての決裁を終えていた。響家へ来るよう伝えられ、奏司はそのまま本家へ向かった。


「待たせたな。もう大丈夫じゃ」


 御子姫は以前と変わらぬ落ち着きを取り戻しているように見えた。


「今後の戦についてじゃ。まずはそこに名のある者を集めて会議をする」


 差し出されたその名簿を見て、奏司は目を止めた。


 ──神守眴


 眴とは、無理して里へ来なくてもいいと話し合ったばかりだった。


「御子姫、眴は……」


「アカメのことがあるからの。あれは恐ろしい(ケガレ)じゃ。眴の見立てがなければ戦えぬ」


「御子姫は眴の眼のことを知ってるの」


「眼を持つ者が穢に弱いことくらい承知じゃ。眴はそれでも構わぬと言うたぞ。それに以前に何度も常世へ一緒に行っておる」


 奏司は言葉を失った。奏司のうろたえる姿に、御子姫は思わず表情が曇った。


「そなたらの主従関係については不問じゃ。私に必要なのは常世の眼じゃ」


 奏司はいくらでも言い返す言葉が溢れそうになるのを、ぐっとこらえて飲み下した。戦について御子姫の決裁は絶対だった。


「奏司は喜ぶと思ったのじゃが……」


 そう言う御子姫の顔に、悪意は感じられなかった。

 自分の方が変わってしまったのだ、御子姫だけではなく。奏司は気がついてしまった。もう元へなど戻ることはできないことを。


 奏司は奏家本家へ戻り、新しくできあがった研究室を見た。大学と眴の自宅から届いた段ボールが積まれていた。




 豪鬼も戦人の里に移り、少しずつ環境に慣れつつあった。毎日の鍛錬も動きに慣れるため戦装束で行うようになっていた。

 豪鬼が戦の訓練に参加するには、大勢の人と一緒に行動することにも慣れなければならない。


 豪鬼はまず小規模での訓練に参加し、徐々に慣れていった。豪鬼は大勢、自分と同じ人がいるということを理解するようになった。


 奏司も毎朝、以前と同じように豪鬼と剛拳と一緒に鍛錬を始めた。

 大砲(おおづつ)を続けて連弾するだけの輪紋を繰り出すには、力だけでなくそれだけの気も必要だった。


 常世(とこよ)では、気は枯れていく一方、気を体に満たして戦に赴かなければならない。気を体の隅々にまで満たし溜めておくための鍛錬は厳しかった。


「そりゃあもうみんな、剛拳みたいなムキムキマッチョになるはずだよ」


 特に目を見張るのは、豪鬼の気力の凄まじさであった。そこにはやはり、異形としての違いが明確に現れていた。

 二人は揃って、響家本家の、御子姫の部屋へ面した庭へ行くと、毎朝御子姫を起こしに来た。


「御子姫ーっ!」


「ひめーっ!」


 宵っ張りの生活に慣れている御子姫にとって、毎朝、顔を出すまで庭で呼び続ける二人には参った。とにかく寝間着のままでも顔を出すしかなかった。

 御子姫を起こしに来る手間がなくなった双子は喜んでいた。


 御子姫を起こすと、また走って屋敷まで戻る。風呂に入って一息つく頃に、眴も洋巳を手伝って朝食の準備が終わっていた。

 五人揃って朝食を取る時も、話題は奏司と豪鬼の二人を従えての訓練についての話ばかりだった。


「やはり閘室(こうしつ)で船を使って訓練するなら、できればすぐ近くの堤に上がって、威力を見たいですね」


 戦装束のまま、奏司は御子姫の元を訪ねた。


「おはよう、御子姫は?」


「ちょうど、朝餉(あさげ)を終わられたところです」


「なんじゃ、早いの。今日の訓練のことか」


「うん、今日は俺も豪鬼も初めてだから。いきなり御子姫と三人でやるのか聞きにきた」


「そのつもりじゃ。そなたら二人なら大丈夫じゃ」


「練習中の様子が見たいって、眴が言うんだけど、堤から見ていて構わないかな」


「わかった。篝火守りと一緒に行くがいい。一人だと何かあったら困るからの」


 奏司は礼を言って、また後でと帰ろうとした。


「奏司、眠れたか」


 その一言に込められた御子姫なりの気遣いに、奏司は笑顔で応えた。




 訓練はまず初めに、御子姫と奏司と豪鬼の三人で、異形衆の大船で行われることになっていた。その訓練を見たいと、異形の大砲(おおづつ)を撃つ者もついてきた。


 訓練には大船のほか、大将船が一隻ずつ、唱と言葉が(つい)と一緒に訓練する。その様子を近くで見るよう、数名ずつ乗り込むことになった。


 奏司と豪鬼がやってきた。剛拳も一緒だ。最後に御子姫が乗り、船は閘室で停船した。

 閘門の向こうでは(せき)まで溢れんばかりの(ケガレ)が見える。


「跳ぶぞ。跳んだら、輪紋を二つ。よいな、豪鬼わかったか」


「とぶ、ワモン、ふたつ」


 御子姫が跳ぶ。間髪入れず、奏司と豪鬼も跳んだ。奏司が先に輪紋を繰り出すと、真似て同じように豪鬼が繰り出す。


「いくぞ、よいな!」


 御子姫は経紋を繰り出すと、二人が二つずつ繰り出した輪紋めがけて経紋を打ち込んだ。ふむ、と御子姫は首を傾げた。


「反響させる。少し斜めに傾けてくれ」


 奏司が先にやって豪鬼が真似る。

 御子姫は先に奏司の輪紋二つに経紋を渡らせるうち、術が変わった。それを奏司は見逃さなかった。


 経文が響きを持つ。その気の塊が振動を生み、それが豪鬼の輪紋にも同じように渡っていく。

 初めての術なのに、豪鬼は勘で輪紋の角度と厚みを整え、さらなる力の増幅を生んだ。 

 見事と言うほかなかった。


 御子姫は物ともせず、大きな光の塊を作り出す。

 二つの大砲の準備をすると、遠く常世を見据えて、連弾を放った。一箇所、波が割れる。その同じ箇所へもう一つが撃ち込まれる。

 辺り一面の穢が祓われた。


「もう一度、こことここに、向きはこう」


 奏司が輪紋を繰り出す。


「豪鬼、あれの反対こじゃ、できるか」


 豪鬼は指示通りやってみせた。それどころか、先ほど一回の試技で見切ったのか、角度まで整っている。


「よし、打ち込むぞ、少し強めに、よいか!」


 続けて、ただの経文ではなく、響紋となり威力が増幅されたものがくる。

 奏司は受け止めることで精一杯なのに、豪鬼はさらに威力を増幅させている。


 奏司と豪鬼と、同時に大砲の準備をした御子姫は、焦点を合わせるともう一段上へ空を蹴った。

 そして遠くまで、鋭角に連弾を撃ち込んだ。術は水底の(よど)にまで届き、底に潜むアカメを祓っていた。


 もう何回か、確認するように、最後は一度、異形衆も交えて、大砲の練習をした。繰り返すうち、豪鬼は器用に奏司の逆向きを瞬時にやるようになっていた。


 双子も真似をして輪紋二つで増幅させ、交互に同じ場所へ撃ち込んでいた。双子は二対で御子姫と同じ手法ができていた。


 だいたいどれくらい連弾できるのか、体への負担を確認してその日の訓練は終わった。

 豪鬼の興奮振りは凄まじかった。


 訓練でこの調子だと、戦に出るとどうなることか少し心配な点を除いては、初めてにしては概ねよくできていた。


 それよりも、御子姫の経文の術が響紋と呼ぶにふさわしい術へと変わっていた。


 穢の変容ぶりに合わせて変えてきたのだろう。

 それが果たしてよいのかどうか、まだ今はなんとも言いようがなかった。




 眴は堤の上から穢の様子を見ていた。

 御子姫が見事に連弾を同じ箇所に撃ち込んだ時、水面が割れ澱が現れた。


 それが何度か続いた時、アカメが澱から姿を現したのを眴は見た。

 一匹ではない、数匹が、大きくないが群れている。同じ澱の塊に潜んでいるのだ。


 そして、何度目かに、水面が大きく揺らぎ、そのゆらぎの下を赤い目がこちらを捉えながら移動していくのを、眴は見逃さなかった。

 澱を連弾で連撃すると、底の方にいる大きなアカメが澱から抜け出て移動していく。

 

 だが、移動しながら、大きな波のうねりを巻き起こし、澱を撒き散らかしている。

 大きなアカメが通った後は、穢が力を蓄え大きくなっていくように見えた。


 ある程度大きなアカメは一撃で祓ってしまわないと、周囲の穢へ力を与え、自らを守らせるよう仕向けている節がある。

 これは何度も確認しなければ、一度見ただけでは推測の域を出ない。


 ただ、なんだろう、悠然と睨み返すようにして去っていったアカメに対して、嫌な違和感を眴は感じていた。


 眴はその後も引き続き、大砲の練習を堤の上から観察していた。

 大砲の威力よりも、水面への侵入角度とでもいうのか。


 できるだけ真上から澱を消し去りつつ、大きく育つ前のアカメを狙う。

 難点は遠くからでは澱の中まで見通すことが困難なことだった。


 今までは水面もしくは水面上に出現する穢を祓っていればよかったので、大砲を繰り出した後のことまでは、ほとんど考えたことがないようだった。


 術の放射角度を変えることで、遠方を真上から狙えるかどうか。

 術の撃ち込み角度の調整は、術を繰り出した後から制御可能かどうか。


 これは御子姫と話し合う必要があった。

 とりあえず、全員の大砲訓練を見届け、資料にまとめ会議を開く段取りだけはしなければ。


 今はまだ、穢の変容はごく一部でしか見受けられない。

 全体としては大きな変化はないように見える。


 しかし、水面下はわからない。

 ただ一つ、大きなアカメの動きだけが、どうしても気にかかった。


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