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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第八章 隠主(おに)、覚醒(めざめ)し時

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澱み、噴き出す

 異形の里へ着くと、見慣れぬ大きな車に気づいて、里の者たちが集まってきた。

 奏司は車から降りると、お土産の菓子を配っていた。

 そこへ剛拳と豪鬼がやってきた。豪鬼はいつもと変わらず奏司に抱きついた。


 洋巳は剛拳の姿を見るなり、車から降りてきた。気がついた奏司が剛拳を呼んだ。


「内緒で連れてきた、母さん」


 剛拳は驚いて、洋巳の前で立ち尽くしていた。その間に豪鬼は車からクーラーボックスを取り出して担いでいた。


「剛拳、俺今から御子姫のとこ行くから、母さんよろしくね」


 洋巳はまだ四十そこそこなのに髪は真っ白になり、線が細くなっているように見えた。

 剛拳はやさしく背中を押して、洋巳を家まで案内していった。土産の菓子を配り終える頃、眴は里長と戻ってきた。


 奏司は大きく深呼吸をすると、里長の後について家へと入っていった。眴は里長に会釈して、奏司の後ろに控えて上がり、手前の間で待っていた。


 御子姫は伏せていた布団も片付けられ、着物を着て正座していた。


「やあ、御子姫、どお……」


「控えよ!」


 奥の間に入ろうとした瞬間、奏司の足元に扇子が投げつけられた。


「俺、謝りに来たよ。だから、さあ帰ろうよ」


「謝ると言ったな、何をじゃ」


「全部だよ」


「どうせ見当もついておらぬのじゃろ」


「ああ、わかんないよ、いつ来ても……」


「いつ来ても、なんじゃ」


「どうもしないよ、具合が悪くて、それくらいしか思い出せないよ。そういうのも含めて全部謝るから」


「そうか……」


 御子姫は縁側の向こうを指差した。


「そこで土下座せい」


 奏司は、仕方がない、それで済むのならと、縁側から庭に降りた。御子姫の方を見ると、いつものあの目つきだ。奏司はあきらめて土下座した。


 庭の土は昨夜の湿り気をまだ残していた。額をつけると、ひやりとした泥の匂いが鼻先へ上がってくる。


 奏司は、これで御子姫の気が少しでも済むのならと思った。

 もともと自分には、何をどう謝ればいいのかはっきりわからない。ならば形だけでも差し出すしかない。そう腹をくくっていた。


 だが、縁側に立つ御子姫の気配は、奏司の思っていたものとは違っていた。

 怒っている、というだけではない。内側に幾重にも(おり)が沈み積もり、その澱みがそのまま人の形を成して立っているようなものだった。


「もっとしっかり地面に頭をつけぬか」


 御子姫は庭に降りて、手に持った柄杓(ひしゃく)で奏司の頭を小突いた。

 さらに頭を押さえつけ、真上から言葉を投げつけた。


「謝罪の言葉は!」


「ごめんなさい」


「はあ?」


 御子姫は水桶から柄杓で水を(すく)うと奏司の頭にかけた。


「誠に申し訳ございません、じゃろうが」


 奏司は耐えて微動だにせず、その通り謝った。


「聞こえぬ」


 御子姫は頭に水をかけ続けた。

 もっと水桶に水を汲んで持ってくるよう言うと、手伝いの者に奏司に水をかけるよう命じた。

 さすがに手伝いの者は首を振って下がっていった。それがまた、御子姫の怒りに油を注いだ。


 御子姫は次々に水をかけては水桶を持ってこさせた。


「まだ許すとは言っておらぬ。謝り続けぬか」


「誠に申し訳ございません」


「聞こえぬ」


 水をかけ続ける姿に、さすがに眴が動いたのが奏司には見えた。顔を少し上げ眴を見つめ首を横にかすかに降った。

 それがまた、御子姫の癇に障った。水をかけながら柄杓で奏司の額を叩いた。


 その様子を庭の向こうから里の者たちが取り囲んで見ていた。


 誰も止めようとはしなかった。

 こうなってしまったらもう、止められなかったのだ。


 里の者たちは御子姫の性格をよく知っていた。その怒りがどこへ向くのか、誰にも読めなかった。

 ただし障りさえしなければ、気が済めばいつかは収まると待つしかなかった。


 奏司は泥水に顔をつけたまま、遠巻きに見守る者たちの、息を呑む気配を感じていた。里の者たちは、こうして何度もやり過ごしてきたのだろう。


 奏司は、ここで自分が耐えていれば済むのだと思っていた。御子姫の中に溜まったものが噴き出しているのなら、まずは対である自分が受け止めるしかない。


 だが、それを見ている側にはそうは映らないのだと、庭の空気が教えていた。


「水桶を持って来ぬか!」


 水桶が空になり、腹いせに御子姫は奏司を柄杓で叩いた。


 その重苦しい均衡を、最初に破ったのは豪鬼だった。

 奏司がいくら待っても来ないので、様子を見に来た豪鬼は御子姫から柄杓を取り上げた。


「これ、豪鬼やめなさい!」


 すると豪鬼は御子姫に向かって、ハッキリと「やめなさい!」と言った。

 その声は、子供の真似事のようでいて、御子姫を怯ませるほど真っすぐだった。


 まさか豪鬼に止めに入られるとは思ってもいなかったのだろう。庭の空気はそこでわずかに動いた。


「御子姫殿、そこまでにしてはどうです。里の者たちをご覧なさい。皆、どのような面持ちかわかりますか」


 里長が頃合いを見計らって止めに入った。奏司は泥水の中、頭を地面につけたまま微動だにせずにいた。

 御子姫は苛立ちを表情に滲ませ、奏司に頭を上げるように言うと、残った水を泥のついた顔にかけた。


「これで、俺は謝った。あとは御子姫が考えて。俺たちがやらないといけないのは(ケガレ)を祓うことだ。俺もやっと戦に出られるようになった。(となえ)言葉(ことは)も、戦人の里のみんなも、御子姫が帰ってくるのを待ってる」


 それだけ言うと奏司は御子姫の元を去った。




 豪鬼は水浸しになった奏司を連れてやってきた。

 剛拳と洋巳は驚いて、まずは濡れて汚れたスーツを脱がせて、風呂で洗ってくるように言った。

 奏司を心配して豪鬼があれこれ世話を焼いている。着替え用に自分の服を出してきたり。その様子を洋巳は微笑ましく見つめていた。


 眴は御子姫への挨拶もそこそこに、奏司の様子を見にきた。何があったのかを説明すると、剛拳が最近の御子姫のおかしさを話し始めた。


 風呂から出てくると、奏司は想定内だと言って平然としていた。


「ひめ、ダメ! ひめ、ちがう。そうし、そうし!」


「大丈夫だから、豪鬼、水かけられただけだから」


 着替えを渡してくれる豪鬼の頭を撫でながら、奏司は泣くのをなだめた。


「確かに、少し驚きました。こんな一面がおありになるとは。ただどこか、(たが)が外れているというか」


「うん、きっとここに長く居過ぎたんだよ。止める人も、手綱を引く人もいないから、御子姫の本当の姿がどんどん表に出てきてるだけだよ」


 奏司は眴の側に肩を落として、深く息をつきながら座ると、どこか力なく笑った。


「多分、戦人の里に帰れば、変わるはずだと思ってる。でも俺だけじゃ無理かも。だから剛拳も豪鬼も一緒に来て欲しいんだ。母さんと一緒に暮らす家もできてるから。里の外れで(ケガレ)からは遠くて、静かなところだから」


「わざわざ新築されたのは、そのためですか」


「もちろん、母さんと住んでくれたら嬉しいけどね」


「ですが……」


「剛拳、母さんとたくさん話せた?」


「はあ、そりゃあまあ」


 奏司はにっこりと、照れる剛拳を見て笑った。


「俺、待ってるから。豪鬼と剛拳が来てくれるのを」


「さあ、母さん、帰ろうか」


 剛拳に向かって、御子姫を迎えに来るのは双子に頼むからと伝えた。


「だから、今、ここへ置きっぱなしの車は豪鬼と一緒に来る時に使ってよ」


 帰る奏司を寂しそうに見つめる豪鬼に、奏司は抱きしめてこう言った。


「引っ越ししたら、毎日囲碁も将棋も、チェスだってできるから、待ってるよ、兄さん」


 車に乗り込むと、豪鬼がいつまでも手を振って見送ってくれた。

 奏司は助手席に座りながら、ふうーっと長く息をはいた。そして一言、参ったな、と笑った。

 奏司は運転する眴へ軽く手を伸ばした。


「ねえ、手を握っててくれる? 運転の邪魔にならない時でいいから」


 眴は投げ出された奏司の手のひらに、手を重ねて時折やさしく指をからませていた。


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