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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第八章 隠主(おに)、覚醒(めざめ)し時

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禁忌の掟

 今日は母洋巳が仮釈で出所してくる。引き取りに行く前に、新しくシンプルな洋服と靴を一式渡していた。

 奏司は眴と一緒に迎えに行くことにした。車は眴が運転してくれる。


 眴が車を出してエントランスで待っていた。助手席に乗り込むと、奏司は俺も早く免許欲しいと羨ましそうに言った。


 刑務所の前で待っていると、すぐに刑務官に付き添われて洋巳が出てきた。立派な車が迎えに来ていたので、洋巳はひどく驚いていた。奏司は洋巳を抱きしめると後部座席に一緒に座った。


「何? この車!」


「ボルボのワゴン。いやあ、安全性の高いデカい車頼んだら、これになったんだよ。荷物もいっぱい積めるし」


「そうじゃなくって……こんな高そうな車、一体どうしたの」


「母さん、俺、総代だよ」


 奏司はにっこり笑ってそう言うと、洋巳はとても驚いていた。


「御子姫の車の方が高いから、その辺はわきまえてる」


「御子姫様はお元気?」


「その話もしないとね。まずは帰ろっか」


 奏司は服を届けた時に、戦人の里ではなく、街に借りたマンションでしばらく一緒に暮らすことを洋巳に説明していた。マンションへ到着するとまた洋巳は驚いていた。


「ここ、受付もいるし、管理人も常駐してるから、変な人入ってこれないから」


 二重のオートロックがあり、エレベーターは利用する階以外には停まらない。

 部屋に入ると、広いリビングと、日当たりの良い窓の向こうに広がる街の景色に、洋巳は唖然としていた。


 ゆっくりくつろごうとした矢先だった。電話着信の電子音が鳴った。

 受話器を取ると将大の元からだった。水垢離を終えた後で倒れたという。至急来て欲しい旨の連絡だった。


「将大さんが倒れたって! すぐ来て欲しいって、どうしよう」


「車で三人で行きましょう。お母様もご一緒に」


「けど、山は女人禁制って」


「宿があります、すぐに手配します」


 洋巳はマンションで待っていると言ったが、出所直後に一人にするのは不安だった。


「母さん、俺を安心させてよ。お願い、一緒に来て」


 出発して、すぐに外は暗くなり始めた。


「今日は疲れたでしょ。シート倒して寝てて」


 洋巳は気がつくと眠っていた。

 洋巳は薄っすら目を覚ますと、シートの間から奏司が眴に手を握ってもらっているのが見えた。眴は奏司を励ましているようだった。


 宿に着くと、夜分にも関わらず、快く受け入れてくれた。


「母さんはここで待ってて、先に休んでていいから」


 何が起きているのか気になった洋巳は宿の人に聞くと、どうやらこの先に住んでいる将大さんが倒れたということだった。


 洋巳は将大と聞いてすぐ、奏家本家本元のだとわかった。総代となった奏司が頼りにしている人が倒れた、その程度には想像はついた。


 洋巳は敷いてもらった布団で横になり、うつらうつらと眠りに入っていた。


 奏司たちが到着すると、将大はちょうど意識を少し取り戻したところだった。


「奏司、おまえの方はあとどれくらいだ」


「八割がた、あともう少しです」


「そうか、短期間によく頑張ったな。こちらもあと数日でなんとかなるだろう」


「確か、母御は出産時に子宮を摘出されておったな」


「はい、母になにか?」


「いや、もうおまえから切り離されたら、戻るのは己の体しかないなと、確認だ」


「父はどうしていますか」


「あれはもうどうにもならん。一生ここから出ることはない。封じてしまう」


 将大の声には、迷いがなかった。


 ──封じる?


 助けるとか、見捨てるとか、そんな情の余地など入るところはとうに過ぎているのだと、その一言だけでわかった。


 奏司は返す言葉を失った。

 父は、戻るのではなかったのか。

 いつか元の体へ還り、自分の中から完全に消えていく。そういう形ばかりを、どこかでまだ考えていた。

 だが将大の口ぶりでは、もうそんな段階ではないらしかった。


「封じるって……生きたまま、ですか」


「生きておるように見えるのは体、魂の入れ物の方だけだ。中身は穢に近いもの、ケガレのようなものとか言っておったな。それと変わらぬ。禁を犯してまで私欲に走った者の成れの果てだ」


 将大はそう言うと、奏司を見据えた。


「本来、禁術は血を繋ぐ最後の手だ。一族が絶える瀬戸際にのみ、幾重にも見届けを立てて施すものだ。己の欲ひとつで使った時点で、術はもう術ではなくなる。穢を招くだけの呪いとなる」


 奏司は息を呑んだ。

 禁忌とは、破れば罰せられる決まりごと、くらいにしか思っていなかった。

 それは、してはならぬことだから禁じられているのではない。人の手に余るからこそ、掟として残されてきたのだ。


「奏司、おまえはまだ戻れる」


 将大の眼差しが、まっすぐ奏司を射抜いた。


「だから祓い切れ。そこで踏みとどまれ。禁を破った愚か者の末を、よく見ておけ」


「えっ……どういうことですか」


(たま)移しが不完全だったせいで、魂の一部はおまえの内にも残った。ただし術式を還元するうちに奨弥の表へ出てきたものは、もはや穢同然の代物だ」


「奏司もここ数日で祓い終わる気構えでおれ」


「わかりました」


 奨弥のいる地下牢には注連縄(しめなわ)が反対向きに張られており、穢の封じ込めをすると聞いた。父はもう地下牢から出されることはないのだろう。

 奏司は将大に丁寧に礼を言うと、洋巳の待つ宿へ引き上げた。


 宿へ戻ると、洋巳が浴衣姿のまま清水の滝に打たれていた。

 祓い詞を途切れ途切れに唱えながら、何かを振り払うように必死になっている。その姿に、奏司は息を呑み駆け寄った。


「奨弥が……奨弥が……」


 激しく取り乱した母の姿に、奏司は眴に助けを求めた。


「大丈夫です。悪いものは退けられましたから。少し感応してしまったようです」


 部屋いっぱいにブレスレットの水晶球が飛び散っていた。拾い集めるとひびが入っているものもある。


「これが護ってくれたようですね。もう大丈夫でしょう」


 洋巳は水垢離を終えると、湯で体を温めて部屋に戻ってきた。

 何があったのか聞くと、洋巳は震えながら答えた。布団を敷いてもらい休んでいたら、突然、腹の中から奨弥らしきものが突き破って飛び出してきたのだという。


「物理的な距離の近さ、というのは影響が大きくなって当然です。今すぐここを発ちましょう」


 奏司は宿の人たちに礼を言い、深夜に関わらず街へ帰ることにした。


「この数日がきっと禁術の還元の山なんでしょう」


「運転大丈夫? 俺、早く免許取るよ。そしたら代わって休めるでしょ」


「最初のうちは怖くて眠ってなんていられませんね」


「俺が物覚えいいの知ってるでしょ」


 奏司がむくれるのを眴はクスクス笑って見ている。いつものことなのだが、その様子を見ていた洋巳は思わず、聞いてしまった。


「あなたたち、どういう関係なの?」


 困った奏司は眴を見つめた。


「見ての通りですよ」


 バックミラー越しに洋巳を見つめ返した眴を見て、洋巳は微笑んだ。


「ごめんなさいね、無粋だったわね」


 洋巳はその後、ようやく落ち着いたのか、ぐっすりと眠ってしまった。車は一旦サービスエリアに入った。


「ブランケット持ってくればよかったですね」


 眴は自分の上着を脱いで、洋巳にかけた。


「俺のをかけるよ」


「私のは内ポケットに護符が入っています。少しは安心でしょう」


「母さんにバレちゃったかな」


「何がです? 私と奏司さんは、ケガレのようなものを取り、祓う関係でしょう」


 奏司はそう言う眴の横顔を見つめた。奏司のその顔は、街灯に照らされとても悲しそうに見えた。


「仕方のない人ですね。私はそのつもりでしたが……」


 奏司は眴の手を握ると、手の甲に口づけた。


「そうだったね……」


 眴は何も言わず、握られた指先をやさしく握り返した。


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