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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第七章 反転──力の代償

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常世の眼

 奏司は自宅マンションに帰ると、誰もいないと思っていたところ、眴がいてくれたことが嬉しかった。


「泊まってくるかと思っていました、何かあったんですか」


 奏司は怒りが収まらず、御子姫との間に起きたことを、延々と話した。眴はそれを黙って聞いていた。


「奏司さんは、御子姫殿のことになると本当に真剣ですね。それだけ心を捕まえられている、ということでしょうか」


「そんなふうに取らないでくれる? 俺はとにかく、もう何もかもが嫌で話してるんだから」


「本当にどうでもいい相手なら、ここまで怒ったりしません。ずっと心を占めているから、こんなふうに話し続けてしまうんですよ」


 奏司は思いもかけないことを言われ、一瞬動揺した。そう言われてみれば、初めて会ったあの時から、いつも心の中には御子姫への想いがあった。それは奨弥のものだとずっと思っていた。


「俺は……」


 眴の言う通り、これだけ離れていても、良い感情も悪い感情も、好きな想いも嫌いな想いも、どんな時も絶えず心を占めていたのは御子姫のことだった。


「ねえ、眴。俺は眴に会いたくて帰ってきたんだよ。どうしてそんなこと言うの」


「そうですか、それは光栄ですね」


 奏司はむくれた顔をして、ソファに座る眴の膝に頭を乗せて寝転んだ。


「俺はこうしてるだけでいい」


 奏司は手をのばして、眴の顔に触れた。眴はその手を取って、指に口づけると軽く噛んだ。


「奏司さんは、こうして今、私に甘えているように、御子姫殿に甘えていたはずです。急に立場を逆にして、大人になり急がなくてもいいのではないですか」


「だって、俺が守ってやらないと、御子姫は戦以外何もできないから」


「本当にそうでしょうか、響家の女はそんなに(やわ)ではありませんよ。奏司さんは、大人ぶって御子姫殿を甘やかしたのでしょう。そのぶん今になって苦しくなって、こうして私に甘えているんです」


「もういいよ……」


「これは、ちょっと言いすぎました、すみません」


 泣きそうな奏司のおでこに、眴はやさしくキスをした。


「そこじゃやだ」


 眴は微笑んで、奏司の唇をやさしく包み込んだ。


 しばらく、奏司が欲しがるまま、眴は幾度もキスをしてやっていた。


「はい、そろそろ湯に浸かって疲れを取って寝て下さい」


 眴はそう言うと、湯船に湯を張りにいった。


「眴、一緒に入ろうよ」


「いえ、私は……ちょっと……やめなさい」


 風呂場から出て行こうとする眴の腕を、奏司は思わず掴んだ。もつれた拍子に湯がかかり、濡れたブラウスシャツの下から、ところどころ痣のようなものが透けて浮かび上がった。


「眴、それ……」


「だから、やめるよう言ったんです。見苦しいものを……」


「見せて、それって紋でしょ」


「お見せできるようなものではありません」


「いいから、見せてよ。なんで隠すの」


「恥ずかしいからですよ」


「俺にまで、隠さなくちゃいけないの?」


 眴はため息をつきながら、困った人ですね……と濡れたシャツを脱いだ。響紋が茶や赤く、ところどころにまだらに入っていた。


「もう、いいですか」


「だから、一緒に入ろうよって言ってるじゃん」


「あの、いい加減に……」


 眴は、いつもと変わらない真剣な眼差しに、根負けして服を全部脱いで入ってきた。


 白い体には、ケロイドのように響紋が浮かび上がっていた。通常、紋は黒くくっきりと体に刻み込まれるように出る。眴のそれは不完全で、まるで何かの傷痕のように見えた。


「醜いでしょう」


「そんなこと、ない……」


「これが、私が常世(とこよ)の眼と引き換えに得たものです」


「それなら、余計に恥ずかしがることなんかないよ。眴の力がなかったら、俺は巣食われたままだ」


 奏司は、眴の胸に浮かんだ紋にそっと触れた。


「ここで取り出せば、眴もすぐに手に水をかけ続けられるよね。眴にもその方がいいんじゃない?」


「紋から引き剥がせるのは、浅いところにいるものだけです。今日はもうお疲れでしょう」


「いや、なんか不安なんだよ。今日の俺、まるで自分じゃないみたいだった。ただ怒ったんじゃない。あんなふうに頭の中が真っ黒になって、何を言いだすかわからなくなるのが怖いんだよ」


 奏司は眴の手を取り顔を埋めた。頭を眴の方へ押しやると、肩が小刻みに震えていた。


「俺はいつも怯えてるんだ。あのケガレのようなものの中にまた閉じ込められやしないかって」


 眴は少しでも奏司の不安を軽くしてやれるよう、気の済むまで(ケガレ)(もどき)を取り続けた。奏司はそのたびに祓い続けた。


 浅いところへ引っ張り出したものをあらかた取り除くと、眴は奏司にシャワーで水を浴びせた。奏司はそのまま水を浴び続けた。


「湯を張り直したので、水垢離(みずごり)が終わったら浸かって下さい」


「眴、手を見せて」


 眴の手は赤くはなっていたが、以前のようにただれてはいなかった。


「浅いところのはこうやって取り除こう。深いところのは今まで通り、喉からで」


「一日に一度か、二度が限度ですよ」


「うん、なるべく気を通して紋に寄せるようにするよ。そしたら今のように祓える。少し軽くなった気がするよ」


「それはよかったです」


 二人は体を拭くと奏司の部屋へ行き、そのまま抱き合って横になった。

 そうでなければ、奏司は眠れなくなっていた。眴は奏司が寝ついたのを見計らって、あとでそっと自室へ下がっていった。


 奏司の不眠は深刻だった。それでも、奏司は薬を飲もうとしなかった。薬によって制御不能な状態で眠ることの方が、奏司には耐えがたく、なおさら奏司自身を苛んだ。




 奏司は仮釈間近の母洋巳を、眴と一緒に訪ねた。一緒に面会できると聞いていたので、先に母には知らせていた。


 洋巳は初めて会う眴を非常に警戒した。


「母さん、この人はね、母さんが気にしていたことを、見ることができる人だから」


 洋巳は実刑よりも少し長く刑務所に入っていた。それは薬の持つ不安定さが、想像以上に重かったからであった。


「母さん、眴はね、ケガレが見えるんだ。母さん気にしてたでしょ。俺と暮らそうって言っても」


 眴は穏やかに笑いながら、そっと左目の眼帯を取った。


「私が見る限り、全身特にどこも、問題ありません」


「本当っ!?」


「はい、一つお伺いしても? 精進潔斎を続けていらっしゃいますか。そろそろおやめになって、もう少し体力を戻された方が良いかと思います」


 眴は不安そうな洋巳の顔色を伺いながら、静かに続けた。


「もしご不安でしたら、祓いの数珠を作らせましたので、手首に巻いていただくのはいかがかと思いまして」


 眴は紫水晶の数珠を奏司に手渡した。


「奏司さん。よければこれを、まずお母様にいかがですか。私の見立てで申し訳ないのですが」


 洋巳は淡い藤色に近い紫の水晶の数珠を受け取り、嬉しそうに腕に巻いた。


「ありがとうございます。落ち着きます」


 何度も礼を言いながら、洋巳は一緒に暮らす日を励みに頑張ると刑房へ戻っていった。


 奏司は眴と買い物をすると眴のマンションの部屋へ寄った。そこで穢擬を祓ってから二人は奏司のマンションへと戻った。

 奏司にとって今、一番落ち着く場所は神守眴の隣だった。何一つ、てらうことなくいられる、ただ一つの場所だった。


「眴のその闇のような眼に見つめられると、安心する」


 二人でいる時、奏司は眴に眼帯を外すよう言っていた。それがどれほど眴に負荷をかけているか、奏司は知らないままだった。


「常世の眼を持ってる人は眴のほかにどれくらいいるの?」


「さあ……? 一族内では、私以外には多分……」


「眴だけってこと?」


「眼を持って生まれてくること自体が珍しいので」


 常世の眼も、現世(うつしよ)の眼も、眼を持つ者はその眼が弱点でもあった。

 いくら気をつけてはいても、穢擬を巣食わせる奏司の側にいることは危険極まりなかった。


 それでも、眴は望んで自らを奏司の側に置いた。最初は眼の血筋の総意だったとしても、それはもう今となっては眴にはどうでもよいことだった。


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