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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第七章 反転──力の代償

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亀裂

 結局、直接御子姫と話し合うほか、(らち)が明かないので、奏司は一人、異形の里へ向かっていた。

 里長には前以て連絡は入れておいた。里の入り口で待っていてくれたのは、豪鬼と剛拳だった。

 豪鬼は喜んで飛びついてきた。車のトランクを開けてもらうと、いつも通りにクーラーボックスを担いで持っていった。


 奏司は里長の家へ挨拶に行った。里長とは将大の話になった。


「今回は将大殿も、ご高齢に関わらず思い切った事をなさっていらっしゃいますな」


 奏司は静かに頷いた。確かに、齢百歳越えには過酷な精進潔斎だと思った。


「御子姫は、会えそう?」


「お待ちでございます」


 あれからどれほど経っただろうか、御子姫はまだ布団を敷いたまま養生している様子だった。それほど体調が良くないのかと、奏司は一瞬ためらった。

 奏司が声をかけようとしたところだった。


「ようもまあ、今頃のうのうと、やって来れたものよ」


 それくらい言えるのなら大丈夫だろうと、奏司は近づいて傍に座ろうとした。


「元気そうで……」


「寄るな!」


 御子姫の奏司を見る目つきは、里を後にした日と変わらず、何か汚いものを見るようなものだった。

 仕方がないので、なるべく顔を合わせずに済むよう、奏司は隣の間の離れたところに座った。

 座った途端、御子姫はきつい口調で責め立てた。


「里に家を建てておるそうじゃな。私になんの相談もなしにか、よくそのようなことができたものじゃ」


「相談するつもりだったよ。間が悪かったんだ、あんなことがあって」


 奏司にしてみれば、黙って進めたつもりはなかった。

 里にいる間に、落ち着いて話せるなら話すつもりだった。それが無理だとわかって、すぐに報告書にまとめて送った。

 御子姫はあのことがあってから、何を言ってもまともに受け取れない時がある。とくに奏司の言葉には、最初から拒絶が混じるようになっていた。


 だからといって止めていれば、洋巳を迎える場所も整わない。奏司には、進めるしかなかった。

 けれど、御子姫にとっては、それは勝手に自分の頭越しに決められたことにしか見えなかった。そう思えば、勝手すぎたのかもしれない。だが、取り合ってもらえない時はどうしたらよかったのか。


「私のせいにするのか!」


「そうじゃなくて。話す機会がなかっただけで、悪かったと思ってるよ、勝手に進めて。でも話ができる状態じゃなかったし。もう時間もなかったし」


「うるさい! 結局、私のせいじゃろ!」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ」


 御子姫は黙った。そう言われたところで、返す言葉が見当たらない。


「本当はあの日、ゆっくり話す予定だったんだ。母さんの身元引受人になった。もうすぐ、刑務所から出てくる。一緒に暮らすつもりだ」


「なんじゃとっ!! あの、洋巳とかっ!!」


「俺の母さんだ。わかってるじゃないか。そりゃ、殺されそうになったのは覚えてるよ、けど……」


「それで家を建てておるのか。呆れたわ。里に住まわせるのは許さぬ」


「わかったよ。だけど、剛拳にはとっても会いたがっているんだ。剛拳と会わせるくらいいいだろ。それに豪鬼も」


「今、なんと言った。豪鬼と会わせるじゃとっ!?」


「ああ、鬼の子だからって、生まれてすぐ取り上げて里に預けたんだろ。豪鬼も大きくなったんだから、一回くらい会わせて……」


「ならぬ! だめじゃ、だめじゃ!」


 御子姫は何を言っても、ことごとく許さぬの一点張りだった。


「あのさ、母さんも刑務所入って、しっかり罪も償ってる。それに病気にもなってるし、俺しかいない……」


「病気なら病院へ入院させておけばいいじゃろ」


 ムカッとした奏司は、思わず触れずにいた奨弥のことを口にしていた。


「父さんみたいにか、それで本家に置きっぱなしにして、人任せにして、どうなったよ」


 御子姫はあの事を思い出させられて、声にならない悲鳴をあげた。


「自業自得なんだよ、なんでもすぐに人任せにするから」


「やめてーっ!!」


 御子姫の切り裂くような声に、遠く離れた里の奥の家から豪鬼と剛拳が走ってきた。


 奏司は落ち着いた様子で、二人に説明した。


「ちょっと言い争いになっただけだよ」


 里長が戻ってきて、奏司に少し外すよう促すと、御子姫を一生懸命なだめていた。


 奏司は豪鬼と剛拳に連れられて、家の方へ向かった。


「何を話されていたんですか」


「母さんのことだよ、もうすぐ出てくるんだ。一緒に暮らすことにした。そしたら、ダメだって、病院へ入院させておけって、ヒドくね?」


 奏司は平静を装っていたが、相当頭に来ているようだった。


「それで余計なこと言って。でも、たった一言、父さんみたいにかって。それであんな声出されたら、もうムリかな」


「それだけ、心の傷が深いということです」


「仕事もできないくらい?」


 剛拳は頷くと、困り果てた顔をしていた。


「里へもまだ戻れません。響家本家へも、奨弥殿の記憶が残る場所ですので、無理なようです」


「そうだろうね。俺のことも凄い目で見てたよ。穢れたものでも見るような」


 奏司は、代わってやってもどうせ後から文句を言われ、やり直しになるのは目に見えていると思った。

だから最初から、全部御子姫が決めるべきだと言い切った。


「俺もそんなに暇じゃないんだ。また来るよ」


 豪鬼が強引に腕を引っ張り、「ごはん、ごはん!」と奏司を引き止めた。豪鬼が抱きついて離れないので、あきらめてご飯を食べてから帰る約束をした。

 奏司は何か困ったことがないか、剛拳に聞いたが特に……と返ってきた。

 母洋巳の話をした時に見せた、揺れのようなものはすでに上手く隠されていた。


 ご飯を食べながら、豪鬼がチェスをやりたがった。まだ奏司とはほとんどやっていない。夕方に車が来るまでなら、と食後に相手をすることにした。


 すると、チェスをしながら、ナイトの駒を持って豪鬼が妙なことを言ってきた。


「ごうき、ひめ、いっしょ、ケガレ、たおす。ごうき、ついなる」


「豪鬼、(つい)って言った?」


「ごうき、ひめ、ついなる。ひめ、いった。ついなる、たたかう」


 奏司の背筋には、すうっと一筋戦慄に似た冷たいものが走った。


 豪鬼はただ、嬉しそうに駒を握りしめ、奏司へ差し出してくる。

 ついさっきまで笑いながらご飯を食べ、子供のように目を輝かせてチェス盤を覗きこんでいた、その豪鬼が。

御子姫の口からはもう戦の形として語られていたのかと思うと、奏司の胸には名のつけようのない感情が激しく渦巻いた。


 御子姫が傷ついていることはわかってはいる。

 あの日のことを思い出せば、まともでいられないのもわかる。


 だが、それとこれは別だった。


 豪鬼は、戦のために都合よく並べる駒ではない。奏司にとって豪鬼は、もうとっくに、守る側の者だった。


 御子姫がもし本気でそんなことを考えているのなら、今ここで止めなければならない。


 奏司は立ち上がると、里長の家へ走った。


 戸を開けるなり、奏司は奥の間の御子姫に聞こえるように大声で怒鳴った。


「御子姫ぇーっっ!!」


 里長が止めるのも振り切って、奥の間まで行くと御子姫に食ってかかった。


「おまえ、豪鬼をなんだと思ってるんだっ!!

おまえは戦のことになると、やり方が鬼なんだよっ!!

何が戦頭領だよ、頭領ってのはそんなもんじゃないっ!!

人を戦の道具にしか見ることできないんなら、おまえもアイツと同じだっっ!!」


「アイツじゃと…」


「名前が聞きたいかーっ!!」


 ひっ……と顔を伏せる御子姫に、奏司は釘を刺した。


「おまえ、豪鬼になんかしたら、ブッ殺すぞ、いいなっっ!!」


 いくら御子姫の考えでも、自分のあずかり知らぬところで、豪鬼に何かあったらと思うと、奏司にはそれこそ許し難かった。


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