穢れた子
──もっと厄介なことになる
眴は茫然とする奏司を見つめていた。
「だから、私は来たんです。こちらへいらっしゃることも知っていました」
奏司は驚き振り返った。眴はクスッと笑った。
「あなたはご自分が有名人だとご存じないようですね」
眴は気を取り直すように、穢擬について話し始めた。
「深く巣食ったものは先ほどのような取り除き方になりますが、ほかは紋の継ぎ目まで追い込めば、表へ滲み出させることもできます」
「滲み出す?」
「輪紋の通り道は、太い気の道。そこまで追い込めれば、外へと引き剥がせます」
眴は立ち上がると、奏司の上半身を見つめた。その眼差しは、服の下の輪紋を見透かしているようだった。
「今度は輪紋から引っ張り出すんだよね」
そう言うと、奏司は上半身裸になった。それを見た眴は、奏司の物怖じのなさに思わず苦笑いをした。
「先ほどに比べれば楽ですから」
「楽って顔じゃないじゃん」
「まあ、私は取り出すだけですから」
眴が笑うので、釣られて奏司も少しだけ笑った。
「喉を通さないだけ楽なはずです」
眴は数回に分けて紋から滲み出た黒い塊を取り出した。その都度手にした白い布ごと塊を床に落とす。奏司は眴に指示されるまま一気にそれを祓った。
「もう一塊だけ取り出します。終わったらすぐ水垢離しに行って下さい」
眴は最後の一塊を取り出すと、すぐに自分の手を布で覆った。しばらくすると眴は洗面所で手に水を当て続けていた。奏司が様子を見にいくと、眴の手のひらは火傷でもしたかのように腫れあがっていた。
奏司は水垢離しながら、たしかに皮膚に若干のひりつきを感じていた。しかし、その程度で済んでいた。眴の手は明らかにただれて見えた。
「ねえ、さっきの。手は大丈夫?」
「ええ。もう手当済みです。奏司さんは大丈夫ですか。相手はケガレのようなもの、ですから。取り出すのにもそれなりに……だから普段はしないんです」
奏司は無理やり、眴の手を引っ張って見ようとした。眴は仕方なく、符を刻んだ白晒しを巻いた手を見せた。
何か言いたそうな奏司に向かって、眴は言った。
「奏司さん、あなただから。私はここまでするんです。そうでなければ、声などかけません」
「それって、俺が総代だから?」
「そうですね、それもあります。でも、それだけではありません。正直に言えば、私はあなたが好きなんですよ」
「えっ……?」
そこへフロントから電話がかかってきた、伝言を預かっているという。奏将大からだった。訪問はいつでも構わない、と。
「やっと、将大さんに会える」
眴はまるでそのことを知っていたかのように言葉を継いだ。
「将大殿に会いに行くのに、同行させていただいてもいいですか」
「ああ、そうだね。ケガレのようなものについて何かわかるかもしれない」
住所を調べると、今から行くと今日中に戻ってこられなさそうだった。
「車で行くなんてもったいない、途中まで電車で行きましょう」
乗り継いで行く途中で連絡をすると、降りる駅名を告げられた。そこからは迎えの車をよこすとのことだった。
車の運転手に聞くと、ここからさらに一時間ほど山間に行ったところだそうだ。戻れないのはわかっていたので、宿の手配をお願いするともう済んでいると返ってきた。
車はどんどん山道へ入っていった。運転手の案内で玄関まで行くと将大が出てきた。
二人はついてくるよう言われ、座敷へと通された。すると何の前置きもなく、将大は奏司へ向かって話しかけた。
「さて、それで何の用だ、おまえが新しい総代か。奨弥が街の神守に産ませたそうだな」
「母は響家の出身です。父が俺を作るために選んだようです」
「里長の話では、おまえの中に奨弥がいるというのは真実かな。魂移しの禁術を施した形跡があるそうだが」
「里長から、決して人前では紋を見せぬよう念押しされています」
「そうか。では、間違いなかろう。見せてみなさい。紋を見ればわかる者にはわかる」
奏司は服を脱ぎながら、一度だけ双子の披露宴で紋を見せてしまったことを思い出していた。
将大は紋を見るなり、うむ、と一言漏らしたきり黙り込んだ。輪紋はよもや一人でやり遂げたとは思えぬほどの見事さだった。
その目は紋そのものを見ているというより、そこに重ねられた術の流れを辿っているようだった。
あまりに長く黙るので、奏司はいつ服を着ていいのかさえわからなかった。
黙ったままの将大へ、まず奏司は自分のことを話すことにした。それで、今までの経緯と体を乗っ取られた時のことを包み隠さず話した。
「ほう、それで。そっちは何者だ、何しにきた」
眴は響家出身の神守で、常世の眼を持つことを話した。そして奏司の中に巣食うケガレのようなものについて、何か知るところがないか尋ねた。
それだけ聞いて、将大は奏司に向かうとただ一言発した。
「穢れた子め……」
それは奏司を責める声というより、もっと古いものへ憤るような声音だった。
将大の目には、奏司一人ではなく、奏家が踏み外してきたものすべてが映っているようだった。
しばらく沈黙が続いた。
「俺は穢れているということですか。それはどうしたらいいんですか」
「よい、おまえがあずかり知らぬところで、不肖の孫がしでかした罪だ。責任は、そんな息子らを見切れなかった我が不徳の致すところ」
将大はそこで一度言葉を切った。まるで長く閉ざしていた蔵の戸でも開くような、重い沈黙だった。
「ここからは私に任せなさい」
「ケガレのようなものはどうしたら……」
将大は眴の方をしばらく見つめていると、何ができるのか聞いた。
「ケガレのようなものは取り出せます。祓うことはできませんが」
「祓うことは俺ができます」
「輪紋を見せてみよ、術の方だ。これくらいでよい」
将大が手を掲げた程度の大きさで、奏司は輪紋を繰り出した。そんな小さな輪紋を出したことはなかった。その輪紋はただの光の塊のように見えた。
「見事だ。これは……魂込めまで一人でやって魂移しまでやりおったということか」
将大は低く吐き捨てた。
「そうか。愚かな奴だ。それで今はどうしておる」
奏司は奨弥の現状を話した。もちろん、奏司の体の中に残る魂と、奨弥の体にもつながりがあるらしいこともすべて話した。
「そうか、やはりな。術のかけ方が中途半端に終わったのだ。なんとかしてみるが、同時におまえの中のケガレのようなものをなんとかせねばならんな」
「神守眴とか言ったな。できる限り取り続けてくれ。奏司も祓い続けるのだ」
将大は奏司に、常世へ戦に出てはならぬと告げた。
「すべてが終わるまで、常世の穢の中に出て行ってはならぬ。戦人の里にも立ち入らぬ方が良い。あそこは最も常世に近い」
「ではどうしたら……母が刑務所から出てきます」
「まずはそこの物見の者を母御に会わせて見てもらえ。それからできれば、しばらく街で暮らせ。私が連絡するまで」
なんだかんだと言いつつ、将大はやさしかった。
「早速、近々、準備でき次第、奏家本家へ行き、奨弥を連れてこよう。おまえたちは里に関わるな。総代の仕事は里でなくてもできるだろう」
運転手は、二人を宿まで送ると、宿の人に将大の客であることを告げ帰っていった。




