帰郷
「やっと豪鬼のところへ行けるね」
ラゲッジに詰めこめるだけ荷物を載せると、やれやれという様子で奏司は後部座席に乗り込んだ。御子姫に言わせると、よくそんな寝間着のような格好で出かけられるな、らしい。
双子の見送りに手を振られて、車は出発した。途端に奏司は寝始めた。御子姫は窓側へ持たれているのを、わざわざ自分の膝に頭を乗せた。
「ダメだよ。御子姫の匂いが気になって眠れないじゃん」
そう言った端から、もう寝息を立てている。
「奏司、着いたぞ! 起きよ!」
「そうしっ!! そ、う、しっ!!」
豪鬼が勢いよくドアを開け、奏司に肘打ちを食らわせる。奏司は反射的に受け止める。
「こらあっ!」
「怒ってるぞっ! ヤバいっ!!」
「ヤバい、ヤバい、にく、にく、ヤバい!!」
豪鬼は奏司から肉の入ったクーラーボックスを受け取る。
一つには豪鬼が好きそうな特製焼豚が入っている。肉は今日は奮発して米沢牛が塊で入っている。
奏司が首都へ行った際、わざわざ有名店まで行き特注したのだ。養い親や里中に配れるよう黒船のカステラも一本ずつ買ってきた。
どれほど楽しみにしていたのかは、人だかりの真ん中ではしゃぐ奏司を見ればよくわかった。御子姫はそんな奏司を嬉しそうに見つめていた。
「里長、これ俺からのお礼。陣羽織、作った。着てみてね」
「豪鬼にはこれ。俺とお揃い、服とスニーカー買ったんだ。戦人の里に来る時、これ履くんだぞ」
ラゲッジから大きなトランクを取り出すと、奏司は豪鬼たちが暮らす家へと持っていった。
「山のような荷物ですな。いったいどうしたんですか」
里長は、はしゃぐ奏司を静かに見ていた。
ここまで浮き足立つのは、ただ帰ってきたからだけではないだろうと思っていた。
「着物を作ったんだ、袴も。剛拳と豪鬼の分。スーツもある」
奏司は剛拳にまとわりついて離れない。
「今夜、相談したいことがあるんだ」
豪鬼はというとクーラーボックスを抱え、奏司を目で追っていた。
「まずは里のみんなで肉食べようよ。豪鬼が待ちきれなさそう」
里長は御子姫に挨拶をし、奏司の大学や表の仕事のことを聞いていた。
何かあるのだろうとは感じたが、その場では何も言わなかった。
「そうですか、それは大層驚かれましたでしょう」
「あんな男だらけのところにいさせられぬとな」
御子姫は、奏司が粛清した表の事の顛末を笑いながら里長に話していた。
夜には豪鬼と一緒に風呂に入った。お互いお揃いのスウェットを着て、畳の上に豪鬼にと買ったものをいっぱい並べていた。
豪鬼が一番気に入ったのはチェスだった。何度か勝負をすると、豪鬼は気が済んだようで寝てしまった。
豪鬼が寝てから、奏司は剛拳に相談を持ちかけた。
一つ目は奏家本家での奨弥のことだった。
先日の出来事や、御子姫が禁止したことが逆効果になっていること。禁止は賢明な対策ではないことなど。
二つ目は父奨弥が御子姫と契ってからも、本家に大勢の女がいたこと。
そして、自分の中に父奨弥がいるということ。自分の意識が薄れた時に、忘れた頃にいきなり出てくること。
「ごめん、ちょっと整理がつかなくて」
「奏家本家のことは、私が来た時にはもうそんなものでした。まだ今の方がましなように思えます。どうされましたか」
「どうして父さんは街に出て、母さんと知り合ったの。母さんは、御子姫のことになると機嫌が悪くなって聞けなかったし」
「父さん、総代だったのに、モテモテでいっぱい女の人いて、何が不満だったのかな。
将隆って人のことは里長から聞いてる。表の仕事を父さんの代わりにしてて、実質総代はその人だったって。だから父さんは嫌気が差したのかなあ。
理由としては弱いと思うんだよね」
「そうですな。将隆の力は絶対だったので、誰も逆らえませんでした」
「だからって全部投げ出して逃げるなんて、父さんおかしくない? そのくせ、御子姫に未練タラタラで執着激しいし」
「それはどういう……まさか先程の奏司殿の中に奨弥殿がいるということと関係が」
「俺の中の父さんは、本当に御子姫を大切に思ってるのかな。ただ、自分のものを取られるのが我慢できないだけじゃん」
奏司はここで今日話していることは、剛拳との秘密の話であることを念を押した。
御子姫に知られたくないことばかりだった。
「父さんがもっとしっかりしてたら、御子姫は将隆にいいようにされなかったと思うんだ。それでも、無理なくらい権力があったわけ?」
「それはどういう……まさか、御子姫殿が?」
「一人で全部守ろうとしたんだよ。将隆ってヤツだけじゃないよ、表の仕事関係で体張ってたんだよ。俺、調べ上げて全員潰してやった」
剛拳はあまりのことに唖然とした。
奏司の相談は途方もなかった。相談というより、話すことでごちゃごちゃを整理しようとしているようだった。
「俺、父さんには、御子姫は渡せない。俺の体、乗っ取られたりしないよね」
奏司は一際不安そうな面持ちになった。そして、剛拳の手を握って懇願するのだった。
「ねえ、剛拳。豪鬼と一緒に戦人の里へ来てほしい。無理かな。今よりもっと、ここみたいにいい場所にするから」
しばらく黙ってから、奏司は話を続けた。
御子姫には話せないことがまだあった。父奨弥のことだけではない。口にした途端、別の火種が動き出しそうで、ずっと伏せていたことだった。
「俺さ、刑務所の母さんに会ってきたよ」
剛拳は驚いた。一瞬、洋巳の名前が口をついて出そうになった。
「もうすぐ仮出所できそうなんだ。俺、身元引受人になった。母さんも俺の方がいいって言ってくれたから。けど、問題は御子姫なんだよね」
「それで、どうなさるおつもりですか」
「街に戻すと絶対また薬に手を出すから。しばらく俺が預かろうと思ってて。けどゆくゆくは戦人の里に連れてこれたらって思ってる」
「それは難しい相談ですな」
「でしょ? けどさ、刑務所の中で母さん病気しててさ、ボロボロなんだよね。昔みたいに、もうならないと思うんだ。それにさ、俺にとったら母さんは母さんなんだよ。何をしようともさ」
洋巳の様子を聞いて、剛拳は心が揺れた。
剛拳には、あの頃の洋巳の声がふとよみがえった。離れてからも、忘れたことは一度もなかった。
洋巳は洋巳で随分と無理を重ねたのだろう。
あの時、自分が奨弥を止めていれば、こんなに苦しませずに済んだのではないだろうか。
剛拳はどこまで話していいのか、判断に苦しんだ。
「母君のことは、ぜひ御子姫殿と話し合われて下さい」
「そうだね。背中切られてるしね、やっぱ難しいよね」
奏司にしてみれば、御子姫の背中を思うと、母洋巳のことだけはどうしても言い出せなかった。
奏司は話し終わると、胸のつかえが取れたのか、すぐ眠りに落ちた。その寝顔を見ながら、剛拳は己の判断の甘さを悔いていた。
よほど疲れていたのか、翌朝も奏司はなかなか起きなかった。豪鬼と剛拳はいつも通り、早朝に起き鍛錬していた。
豪鬼が何度呼んでも、奏司は起きなかった。
やっと起きてきた奏司を見て、豪鬼は飛び退った。その様子を庭から見ていた剛拳が、豪鬼を呼んだ。
「だれ?」
豪鬼は剛拳の後ろに隠れると、奏司を指差して小さな声で聞いた。
剛拳はまさかと、奏司に近寄った。目つきが、まったくの別人になっていた。
「奨弥殿か」
少し間をおくと、若干奏司より低い声が返ってきた。
『相当疲れているようでよかったよ。用心深くなって隙を見せやしない。俺を先に目覚めさせてくれて、豪鬼に感謝してるよ』
「どうされるおつもりですか」
『どうもしやしない。姫と話したいだけだ。呼んできてくれないか』
剛拳は、豪鬼を連れて里長の家へ行くと、御子姫に訳を話した。
「そうか、二人ともここで待っていておくれ」
それだけ言い残し、御子姫は奨弥が待つもとへ向かった。




