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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第六章 澱みから生じる

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帰郷

「やっと豪鬼のところへ行けるね」


 ラゲッジに詰めこめるだけ荷物を載せると、やれやれという様子で奏司は後部座席に乗り込んだ。御子姫に言わせると、よくそんな寝間着のような格好で出かけられるな、らしい。


 双子の見送りに手を振られて、車は出発した。途端に奏司は寝始めた。御子姫は窓側へ持たれているのを、わざわざ自分の膝に頭を乗せた。


「ダメだよ。御子姫の匂いが気になって眠れないじゃん」


 そう言った端から、もう寝息を立てている。


「奏司、着いたぞ! 起きよ!」


「そうしっ!! そ、う、しっ!!」


 豪鬼が勢いよくドアを開け、奏司に肘打ちを食らわせる。奏司は反射的に受け止める。


「こらあっ!」


「怒ってるぞっ! ヤバいっ!!」


「ヤバい、ヤバい、にく、にく、ヤバい!!」


 豪鬼は奏司から肉の入ったクーラーボックスを受け取る。

 一つには豪鬼が好きそうな特製焼豚が入っている。肉は今日は奮発して米沢牛が塊で入っている。

 奏司が首都へ行った際、わざわざ有名店まで行き特注したのだ。養い親や里中に配れるよう黒船のカステラも一本ずつ買ってきた。


 どれほど楽しみにしていたのかは、人だかりの真ん中ではしゃぐ奏司を見ればよくわかった。御子姫はそんな奏司を嬉しそうに見つめていた。


「里長、これ俺からのお礼。陣羽織、作った。着てみてね」


「豪鬼にはこれ。俺とお揃い、服とスニーカー買ったんだ。戦人の里に来る時、これ履くんだぞ」


 ラゲッジから大きなトランクを取り出すと、奏司は豪鬼たちが暮らす家へと持っていった。


「山のような荷物ですな。いったいどうしたんですか」


 里長は、はしゃぐ奏司を静かに見ていた。

 ここまで浮き足立つのは、ただ帰ってきたからだけではないだろうと思っていた。


「着物を作ったんだ、袴も。剛拳と豪鬼の分。スーツもある」


 奏司は剛拳にまとわりついて離れない。


「今夜、相談したいことがあるんだ」


 豪鬼はというとクーラーボックスを抱え、奏司を目で追っていた。


「まずは里のみんなで肉食べようよ。豪鬼が待ちきれなさそう」


 里長は御子姫に挨拶をし、奏司の大学や表の仕事のことを聞いていた。

 何かあるのだろうとは感じたが、その場では何も言わなかった。


「そうですか、それは大層驚かれましたでしょう」


「あんな男だらけのところにいさせられぬとな」


 御子姫は、奏司が粛清した表の事の顛末を笑いながら里長に話していた。


 夜には豪鬼と一緒に風呂に入った。お互いお揃いのスウェットを着て、畳の上に豪鬼にと買ったものをいっぱい並べていた。

 豪鬼が一番気に入ったのはチェスだった。何度か勝負をすると、豪鬼は気が済んだようで寝てしまった。


 豪鬼が寝てから、奏司は剛拳に相談を持ちかけた。


 一つ目は奏家本家での奨弥のことだった。 

 先日の出来事や、御子姫が禁止したことが逆効果になっていること。禁止は賢明な対策ではないことなど。


 二つ目は父奨弥が御子姫と契ってからも、本家に大勢の女がいたこと。

 そして、自分の中に父奨弥がいるということ。自分の意識が薄れた時に、忘れた頃にいきなり出てくること。


「ごめん、ちょっと整理がつかなくて」


「奏家本家のことは、私が来た時にはもうそんなものでした。まだ今の方がましなように思えます。どうされましたか」


「どうして父さんは街に出て、母さんと知り合ったの。母さんは、御子姫のことになると機嫌が悪くなって聞けなかったし」


「父さん、総代だったのに、モテモテでいっぱい女の人いて、何が不満だったのかな。

将隆って人のことは里長から聞いてる。表の仕事を父さんの代わりにしてて、実質総代はその人だったって。だから父さんは嫌気が差したのかなあ。

理由としては弱いと思うんだよね」


「そうですな。将隆の力は絶対だったので、誰も逆らえませんでした」


「だからって全部投げ出して逃げるなんて、父さんおかしくない? そのくせ、御子姫に未練タラタラで執着激しいし」


「それはどういう……まさか先程の奏司殿の中に奨弥殿がいるということと関係が」


「俺の中の父さんは、本当に御子姫を大切に思ってるのかな。ただ、自分のものを取られるのが我慢できないだけじゃん」


 奏司はここで今日話していることは、剛拳との秘密の話であることを念を押した。

 御子姫に知られたくないことばかりだった。


「父さんがもっとしっかりしてたら、御子姫は将隆にいいようにされなかったと思うんだ。それでも、無理なくらい権力があったわけ?」


「それはどういう……まさか、御子姫殿が?」


「一人で全部守ろうとしたんだよ。将隆ってヤツだけじゃないよ、表の仕事関係で体張ってたんだよ。俺、調べ上げて全員潰してやった」


 剛拳はあまりのことに唖然とした。

 奏司の相談は途方もなかった。相談というより、話すことでごちゃごちゃを整理しようとしているようだった。


「俺、父さんには、御子姫は渡せない。俺の体、乗っ取られたりしないよね」


 奏司は一際不安そうな面持ちになった。そして、剛拳の手を握って懇願するのだった。


「ねえ、剛拳。豪鬼と一緒に戦人の里へ来てほしい。無理かな。今よりもっと、ここみたいにいい場所にするから」


 しばらく黙ってから、奏司は話を続けた。

 御子姫には話せないことがまだあった。父奨弥のことだけではない。口にした途端、別の火種が動き出しそうで、ずっと伏せていたことだった。


「俺さ、刑務所の母さんに会ってきたよ」


 剛拳は驚いた。一瞬、洋巳の名前が口をついて出そうになった。


「もうすぐ仮出所できそうなんだ。俺、身元引受人になった。母さんも俺の方がいいって言ってくれたから。けど、問題は御子姫なんだよね」


「それで、どうなさるおつもりですか」


「街に戻すと絶対また薬に手を出すから。しばらく俺が預かろうと思ってて。けどゆくゆくは戦人の里に連れてこれたらって思ってる」


「それは難しい相談ですな」


「でしょ? けどさ、刑務所の中で母さん病気しててさ、ボロボロなんだよね。昔みたいに、もうならないと思うんだ。それにさ、俺にとったら母さんは母さんなんだよ。何をしようともさ」


 洋巳の様子を聞いて、剛拳は心が揺れた。 

 剛拳には、あの頃の洋巳の声がふとよみがえった。離れてからも、忘れたことは一度もなかった。


 洋巳は洋巳で随分と無理を重ねたのだろう。

 あの時、自分が奨弥を止めていれば、こんなに苦しませずに済んだのではないだろうか。


 剛拳はどこまで話していいのか、判断に苦しんだ。


「母君のことは、ぜひ御子姫殿と話し合われて下さい」


「そうだね。背中切られてるしね、やっぱ難しいよね」


 奏司にしてみれば、御子姫の背中を思うと、母洋巳のことだけはどうしても言い出せなかった。


 奏司は話し終わると、胸のつかえが取れたのか、すぐ眠りに落ちた。その寝顔を見ながら、剛拳は己の判断の甘さを悔いていた。




 よほど疲れていたのか、翌朝も奏司はなかなか起きなかった。豪鬼と剛拳はいつも通り、早朝に起き鍛錬していた。


 豪鬼が何度呼んでも、奏司は起きなかった。

 やっと起きてきた奏司を見て、豪鬼は飛び退(すさ)った。その様子を庭から見ていた剛拳が、豪鬼を呼んだ。


「だれ?」


 豪鬼は剛拳の後ろに隠れると、奏司を指差して小さな声で聞いた。


 剛拳はまさかと、奏司に近寄った。目つきが、まったくの別人になっていた。


「奨弥殿か」


 少し間をおくと、若干奏司より低い声が返ってきた。


『相当疲れているようでよかったよ。用心深くなって隙を見せやしない。俺を先に目覚めさせてくれて、豪鬼に感謝してるよ』


「どうされるおつもりですか」


『どうもしやしない。姫と話したいだけだ。呼んできてくれないか』


 剛拳は、豪鬼を連れて里長の家へ行くと、御子姫に訳を話した。


「そうか、二人ともここで待っていておくれ」


 それだけ言い残し、御子姫は奨弥が待つもとへ向かった。


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