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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第六章 澱みから生じる

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総代と頭領

 双子の披露宴は、昨日の祝宴とまるで違っていた。

 奏家は本来、こうした屈強な男たちを中心に成り立ってきたのだろうと、容易く想像できた。

 一方の響家側は、本家本筋の由緒正しき家柄である。

 本来なら交じり合うことのない血筋同士が、一堂に会していた。


 その雰囲気を変えたのは、奏司の紋の披露であった。


「なんと見事な! 心の臓から全身くまなく!」


 紋の話はすぐに打ち切られた。比べることが不敬だと、皆よくわかっていたからだ。

 だが奏司は、むしろその先が見たかった。力ある者たちの本当の姿を。


「俺もみんなの紋が見たい。よければ見せてほしい!」


 奏司は立ち上がり、段上からそう言った。

 隣で御子姫が愉快そうにころころと笑っていた。


「今宵は無礼講じゃ。構わぬ、好きにせい」


 その一言で、場はふっと息を吹き返した。

 めでたい言祝ぎの夜の続きは、それにふさわしい夜となっていった。


「御子姫、ありがとう」


「何がじゃ。私も力自慢の家筋の紋が見とうなっただけじゃ」


 微笑み返す御子姫に、奏司は今まで以上に近くなったものを感じた。

 一瞬、視界が歪む。

 御子姫の方へ振り返ると、そこには御子姫によく似た幼い少女が座っていた。

 まるで人形のようだった。


「奏司……」


 名を呼ばれ、やっと奏司は広間の熱気を耳にした。

 横を向けば、そこにはいつものように笑う御子姫がいる。


「俺、ちょっと……」


 御子姫は、行っておいでと頷いた。

 奏司は宴席を離れ、そのまま昨夜抜け出して行った船着場へと足を向けた。


 常世(とこよ)の方から、生ぬるい、何とも言い難い空気が流れてくる。

 見れば(せき)までいっぱいに、人の顔をした魚のようなものがひしめき合っていた。


 ──あれが、(ケガレ)


 異形の里の里長は物識(ものし)りで、やがて総代となって御子姫を助けていく奏司に、己が知る限りの知識を授けてくれた。


「異形の里と戦人の里は違う。何が違うか、わかりますかな」


 里長はいつも問うた。

 何かを語れば、必ず「なぜか」を聞いてきた。

 奏司はそのたび、(ことわり)、理由、理屈を考えた。


 異形の里へ来る前、奏司はまともに小学校さえ通えていなかった。

 だが知識を得ることは苦ではなかった。むしろ、水を得た魚のようにするすると吸い込んでいった。


「理に頼ってはなりません」


「どういうこと?」


「理は理にあらず、と申しますからな」


 堰まで溢れている穢を見つめながら、奏司は内に溜まった嫌なものを吐き出すように息をついた。


 里長の勧めで街の大学へ進んだのも、御子姫を守るには表向きの仕事を担わねばならぬと教えられたからだった。

 そうして学びの場を得た奏司は、大学で神守(かもり)(げん)とも出会っていた。




 翌日、表向きの仕事の件で挨拶回りの予定がびっしりと詰まっていた。


「コレ終わったら、異形の里行けるんだ?」


「そうじゃな」


「もう一踏ん張りだね」


 スーツを着ながら、奏司が御子姫の方へ振り返る。


「そうそう、それじゃなくて、その三枚目辺りの着物の方が好きかな。落ち着いた薄柿の西陣の。この前買った帯と合うんじゃない? 今日は威厳があった方がいいし、俺のグレーのスーツといい感じじゃん」


「今日は双子がおらんので、つい着慣れたものを選んでしまったが、そうじゃの。奏司は記憶力が良いのじゃな」


 着付けを手伝いながら、奏司は持ってきた鞄の中身を並べた。


「こっちは(ケガレ)の話、こっちはお金の話、こっちは神守の話」


「いつの間に……」


「唱さんと言葉さんに頼んで、剛拳に里へ持ってきてもらってた。大戦終わったら必要になると思って」


「アカメの話はどこから……」


「剛拳だよ」


「なんじゃ、この計画書は。どこからこんな途方も無いことを」


「豪鬼だよ、豪鬼が考えたんだ。俺はそれをまとめただけ。でも、結構いい出来じゃない?」


 御子姫は計画書に目を通したまま、黙り込んでしまった。


「でさ、根回しってやつが必要だと思うんだ。だから俺を神守に会わせてよ。一郎さんだけじゃないんでしょ」


 御子姫はまたもや押し黙った。


 ──いつのまに、どこまで知っておる


 御子姫の動揺を察して、奏司は手を握った。


「俺が知ってることは、里長から学んだことだけだよ」


「長殿の……」


「うん。いつも心配してるよ。御子姫は里で育ったことも全部聞いてる。何も心配しなくていいよ」


「そうじゃのうて……」


「ねえ、御子姫。御子姫のお母さんは、御子姫が生まれてくるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだって。そんな人が、わけもなくあんなことすると思う?」


 奏司はそっと御子姫を抱きしめた。


「どうなるかわかってても、やらなくちゃいけないことってあるじゃん。だから俺も、わかってても、やらなくちゃいけないことがあるんだ。総代として」


 御子姫は顔を上げた。せっかく施した化粧が崩れていく。


「母は……」


 御子姫が頭領として生きていくことを誰より願っていたのは、母、妙佳(みか)であった。


「さあ、お化粧直して。神守に会いに行こう」


 御子姫の表情には、今までとは違う芯が見えた。奏司の表情にも、迷いはなかった。


 神守一郎を皮切りに、そこから繋がる者たちは皆、新たな総代に仕えることを決めた。

 ただ、三郎だけはどこか様子見の気配を残していた。


「一郎さんから、みんな大体どう思ってるか聞いてるよ」


 三郎の顔色が変わった。


「安心して。別に責めたいわけじゃない。ただ、俺は知らないままにされるのがいちばん嫌なんだ」


 三郎は口を開きかけて、何も言えずに閉じた。


「一回目だから言うだけにするね」


 奏司が、歳に似合わぬ聡いだけの子供ではないということは、すぐに知れ渡った。


 御子姫は恐ろしい懐刀を育てていた。

 あの時、助けを求めてきた少年が、思いもよらぬ成長を遂げて目前に現れたのだった。



 奏司が神守へ頼んでいた案件は、一両日でかたがついた。

 奏司は別の意味で容赦がなかった。


「今までどういうやり方してきたかなんて、資料を見たら一発でわかったよ。ダメだよ、安売りしたら。命なんだから」


「それは、わかっておる」


「わかってないよ、祖先の歴史がたとえ『(にえ)』から始まっていたとしても、どんだけ時代が変わってると思うの」


 車が料亭の前に止まった。


「すぐ戻って来ると思うんで、このまま待機でお願いします」


 部屋に通されると、穢対策の政策室長と副総裁が待っていた。


「この度、総代に就任しました、(かなで)奏司(そうし)です」


「ほう、君か。帝都の文一に特待で入学したというのは」


「へえ、ご存知なんですか」


 にっこり笑うと、奏司は書類の入った封筒を二通取り出した。


「先立って、お話ししたものです。それと、お金の話って、こっちでいいですか」


「うむ、預かろう」


 奏司は分厚い方の封筒を秘書らしき者に渡した。


「それでは、何かあれば直接ご連絡下さい。俺の方へ」


「ああ、わかった。そういえば、例の件な、全員始末しておいたから」


「そうですか、それはありがとうございます。今後、表のことは総代の自分が取り仕切るんで。御子姫を煩わせるようなことはないように願います」


 奏司は副総裁に一礼すると、御子姫を伴って退室した。


「いいんですか、副総裁。あんな子供に……」


「ああ、構わん。ああいうのを、その気にさせるのが一番厄介なんだ」


 副総裁が続けた一言は、場を凍りつかせた。


「穢を盾に、国の一つや二つ潰したって何とも思わない。そう、面と向かって言ってきた者はおらんよ。知る限りな」


 時の権力者に翻弄されながらも穢を祓い続けてきた、輪響紋衆。

 どれだけ時が流れようと、変わりようがなかったものを、変えようとする者が現れた。


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