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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第六章 澱みから生じる

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祝言、そして契り(二)

 今日は祝言の日。ハレの日の朝はしきたりに則って始まる。


 奏司は昨夜のこともあったので(みそぎ)がしたいと、朝から清水をこれでもかというくらい浴びていた。その冷たさで眠気も吹き飛ぶ。


 奏司には奏家の紋が入った正装が、御子姫は淡い色合いの訪問着を着用した。

 祝言は響家本家の大広間で行われた。一の段に御子姫と奏司が並んで座し、向かって左側に(となえ)駿英(しゅんえい)の対、右側に言葉(ことは)駆成(かいせい)の対が座した。


 御子姫が大祓詞を奏上し、次いで誓詞を対ごとに続けて奏上する。三献の儀を行い終了。あとは祝宴となる。

 まずは双子が対と一緒に御子姫と奏司に挨拶に来た。

 広間に集まった者たちは皆同じような年頃だった。


「みんな、戦人(いくさびと)なの?」


「そうじゃな。二百人近くおるじゃろうな」


「そっか。大将の船も入れて十隻で、交代制だったね。それなら、それくらいいないと回らないか」


 挨拶を済ませた双子たちは、明日に披露宴が控えているため広間の皆へ会釈しながら去っていった。

 その後も祝宴に招かれた者たちは、同じように挨拶に来てはまた宴の円へと戻っていく。


「なんか、めっちゃ疲れてきた。座りっぱなしだし」


「抜け出すか。少し散歩でもしよう」


 屋敷の外に出ても、さして景色に代わり映えはない。

 隣には奏家本家、近くには双子の家、その向こうには対の家々が延々と続く。里は高い石垣と門番に守られ、出入りも厳しく制限されていた。

 唯一異なる様相を見せていたのは、船着場と造船所だった。さらにその向こう、少し遠方には、光が吸い込まれるような闇があった。


「あの真っ暗な闇が常世(とこよ)じゃ」


「この里は、本当に戦のことしかないところなんだね」


「そうじゃな。訓練し、休息を取り、そして戦へ行くのじゃ」


「ごめん。俺は異形の里へ帰りたいよ。ここは息がつまるよ」


 異形の里の話をしながら、二人は響家本家まで戻ってきた。広間の酒宴はまだ続いていた。御子姫の目があるので、悪習はなくなり、和やかな飲み会になっていた。


「疲れたじゃろう」


「うん、俺の服出して。帰るよ、あっちへ」


「そうか……」


「そんな、寂しそうな顔しないでよ。今日も疲れてるから、昨日の夜みたいなことになるかもしれない」


「契りの儀をせねばならぬ。いつにしようか」


「もう何回もしてるのに、儀式は特別なんだね」


「そうじゃの」


 御子姫は笑った。その笑顔があまりに悲しそうに見えたので、奏司は御子姫を抱きしめた。


「御子姫も、異形の里へ戻りたいんじゃない? あそこにいる時の御子姫はもっと自由だったよ」


「そうじゃな。ここでの役目が忘れられて……だからじゃろう」


「そっか、御子姫はここで一人で頑張ってるんだ。忘れてた、ごめん。俺にできることあったら手伝うから言ってよ。契りの儀式だっけ、早くやった方がいいならこれからでも、俺、全然いいよ」


 先程まで疲れただの何だの、いろいろ言っていたのが、嘘のような変わりように御子姫は声を立てて笑った。御子姫はあまり声を出して笑わない。よほど嬉しくておかしかったのだろう。




 契りの儀を行うと奥へ伝えると、双子が用意を指示していたようだった。すぐに支度が整い、真っ新な白晒しの夜着に着替えた奏司は、御子姫に手を引かれ渡り廊下の向こうの禊の離れへ入った。


「うわっ! こえーよ、なにこのローソク!」


「静かにせんか」


 西側の壁上部に神棚が配されており、ちょうどその目前に同じように真っ新な晒しが敷かれた敷布団があるのみだった。


 奏司はしきたりだというので、御子姫の部屋で儀式の前に食べるという御膳を食べ、気持ちが悪くなって仕方がなかった。


「御子姫、ごめん。さっき食べたのが……吐きそう」


「は、吐くだと!」


「食べない方が良かったんじゃ……」


 御子姫に促され、神棚の前で二拝し覚えた祓詞、祝詞の奏上、二杯二拍手一拝した。その後布団に仰向けに寝かされると、奏司は聞いていた通りまっすぐ上を向いていた。 


「緊張しておるのか」


「なんか神様の前でとか、儀式っぽいよね……あの御膳、そのため?」


「もう、静かにせい」


 御子姫は奏司の足を突くと、そのまま布団に寝そべる奏司と神棚を挟んで真向かいに正座した。


「奏司、よく見てておくれ」


 そう言うと御子姫は変化していった。髪は白く、眼は紅く、響紋が全身に淡く浮かび光輝く。宙に舞う髪が奏司を覆っていく。


「綺麗だね、御子姫って感じだよ」


 その途端、くすぐったそうにしたかと思うと、奏司は大きなくしゃみをした。


「これって動いたらダメだよね」


「はあ……おまえってヤツは、もう……」


 むくっと奏司は起き上がると、御子姫と向き合った。手を取ると御子姫を立たせ、神棚の前でお辞儀をした。


「あとは、どれだけ御子姫のこと大切に思ってるか、証明すればいいんだよね」


 奏司は、御子姫をぎゅっと抱きしめ、神棚に向かって真剣に睨みつけるような眼差しを向けた。


「この背中の傷は俺をかばってついたんだ。俺はもう二度と誰にも傷つけさせない。……誰にもだ!」


 契りの儀を終えると、寝間着の浴衣に着替え御子姫は居室に奏司を連れていった。


 契る瞬間は真剣だった割に、部屋に戻ると途端におちゃらけ始めた。

 御子姫はまた笑い転げた。


「先程の契りの儀の時といい……もうわざとか」


 笑う御子姫に、奏司は真剣な面持ちで言った。


「昨夜、ここで何が起きたか、わかって連れてきてるの」


「ああ、わかっておる。じゃが、今夜はひとりでおりとうない」


 耳をすませば、大広間からの声が聞こえてくる。まだ宴会は続いているようだった。

 奏司は広間の声に負けないよう、里長から聞いたおもしろい話をしていた。

 そうこうするうち、御子姫はいつしか寝息を立て始めていた。


 ──どこにいようとも、隙を見せたらダメだ


 奏司は御子姫に布団をかけると、持ってきていた腰紐で両手を縛った。ちょっとやそっとでは抜けない、そういう縛り方を奏司は知っていた。こういう時に異形の里で培った日々の生活が役に立つ。


 そこまでしても、奏司はまともに眠ることはできないでいた。明日は双子の披露宴が控えていた。




 奨弥をよく知らぬ若い戦人も多く、奏司の出現を複雑な思いで見る者は少なくなかった。それでも御子姫は、かつて将隆と交わした約束通り、本家本元の血筋である奏司を総代に据えると決めていた。

 双子の家のように御子姫に近い者たちは、奏司の紋や力量もすでに承知していた。


 御子姫と奏司は、宴の初めから出席した。 一の段に双子の対を据え、その両横に奏家側には奏司が、響家側には御子姫が座った。


 奏家側は皆分家筋の者達であった。駿英、駆成兄弟は奏家の中でも随一の力量の持ち主であったが、分家筋でも末席に近かった。

 本来なら家柄的には釣り合わないと言って良かった。


 御子姫は本来実力主義であったし、肝心の双子の家がこの縁組を望んだ。

 そこには、家柄や釣り合いだけではない、古い家柄ならではの先見の見立てがあった。


 祝宴が始まると、奏司は御子姫に教えられた通りに、御子姫が席を立って双子を祝いに行ったら、対の兄弟を祝いに行った。


「駿英さん、駆成さん、おめでとうございます」


「奏司殿……」


「殿なしで、よろしく。若って言うのもなしで」


「あ、じゃあ、奏司さん、ありがとうございます」


 徐々にお酒が入ってくると、分家筋の者ではあるが、さすが力自慢の揃った家筋である。皆が奏司の紋を見たがった。

 奏司もまた、神守の出とはいえ、血筋は本家本元である。どれほどの力があって、総代として立つのか気にならないわけがない。


「御子姫が許すなら」


「奏司、上半身見せておやりなされ」


 奏司は羽織を脱いで床に置くと、袖から腕を引き着物の合わせから手を出して、襟をグイッと押しやった。右肩、そして左半身がすっかり現れると、「おおっ!」という感嘆の声が上がった。拍手がわっと湧き上がる。

 心の臓を中心にして、右肩にも届く輪紋が上半身を埋め尽くしていた。


 奏司は一度は見せ、もう十分か尋ねると早々に紋を仕舞った。

 奏司には、里長から重々言付かっていたことがあった。


「奏司殿は、豪鬼とは違う。紋は決して見せぬよう。よいですな」


 御子姫の顔を潰すことはできない。奏司は仕方なく見せた。

 奏司の紋の入り方には、隠さなければならない理由があった。里長はそれを知る数少ない者であった。


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