元服式
あともう一度、十日間戦へ出れば大戦は終わる。そうしたら、まずは元服式だ。異形の里へ到着すると、里長の家から二人が長と一緒に出てきた。
「おかえり。俺、十六になったよ」
「そうか!」
御子姫が嬉しそうに笑うので、豪鬼までが俺もと言っている。豪鬼は、奏司の真似をして、なんでも俺もと言う。
「そうか、豪鬼もか、お祝いをしないといかんのう」
いつも通り、食事を済ませ落ち着いた頃、御子姫は養い親に手伝ってもらいながら、戦装束を仕立てるために採寸を始めた。
「戦装束ってことは、もう穢倒しに行けるの?」
「倒すんじゃのうて、祓う、じゃ」
先に奏司を採寸していると、豪鬼がその様子をじっと見つめている。
「これは元服式で着るよう作るだけじゃ、戦に行けるのとは別じゃ」
「なあんだ、つまんないの」
剛拳が厳しい顔をして、二人に話しかける。
「戦に行くということは、いつ穢にやられるかわからんということだぞ」
「わかってる、だから行くんだ! 御子姫を守るために」
「これ、じっとしとらんか」
奏司が動き回るので採寸が進まない。御子姫はイラッとして、竹の物差しで足をパシッと叩いた。
「おとなしゅうしとらんと、元服式で丸坊主にするぞ」
「うわっ、やべーっ!」
「やべーっ!」
豪鬼も指差して笑っている。
「剛拳と一緒になっちゃうよ」
「なぁに、笑っちょる!」
久しぶりに、笑い声が絶えないひとときだった。
それなのに、御子姫には二人の肩や腕つきが、少し前とはもう違って見えていた。
子供のように騒いでいても、戦装束の寸を取られるその体は、確かに戦人のそれへと近づいている。
元服とは、ただ祝われるためのものではない。
穢を祓う側へ、もう後戻りなく踏み出すための節目なのだ。
少し前なら、剛拳も子供の戯言にここまで真剣にはならなかっただろう。それだけ、常世が荒れ始めたということだった。
その死地へ、息子を送り出す儀式が元服式なのだ。
「ああ、そうじゃ、明日里中の者を集めてアカメのことを話さないかんかった」
「船の修繕はもう済んでおります」
異形衆の大船は船体の補強をしていた。順次、祓詞が書かれた和紙を貼り塗装をし強化していく。戦船は代々受け継がれてきた山から、戦船になるための御神木をいただいてくる。修繕ひとつ取っても、しきたりに則って儀式を経て行われていた。
アカメの話をすると、皆ざわついた。大砲と聞いて、どの対が繰り出せるか確認が始まった。さすがである八対にもなった。
「すごいな、さすが異形衆、見事じゃ。これで私のを合わせて十対じゃ。休みながら一時間で、何回繰り出せるか。最初は一時間で引き揚げる」
「ということは、姫様は我等の船に乗りなさるのか」
「そのつもりじゃ」
「うおおおおっ!!」
里中に響き渡らんばかりの、力のこもった声がこだました。
大戦は終わっても、戦そのものが終わりを迎えることはない。
異形の里の者たちは皆、そのことをよく知っていた。
だからこそ、元服を迎える二人を祝う声にも、浮ついたものはなかった。次の戦へ向かうための鬨の声であり、覚悟の声でもあった。
五年大戦が終わった。大概の穢は祓い終わっての終結であった。
次は、アカメの番だが、この穢については存在は知られているが、まだ極一部の者しか詳細を知らない。
まずは、大戦を無事終えることができた御礼を奉納した。
次は、響家頭領である御子姫と奏家総代となる奏司との祝言であった。
御子姫は剛拳とともに異形の里へ向かっていた。
里に着くと、もうすっかり元服式の準備が整えられていた。どうやら豪鬼の精進潔斎が難儀だったようだ。
精進潔斎とは、水垢離をし、全身を洗い清め、精進料理のみで過ごす。本来は何十日も続けなければならないのだが、輪響紋衆では三日間と定めている。
奏司は意味を一つずつ確かめるように、それらを受け入れていった。
一方で豪鬼は、意味のわからぬことは、たとえ奏司がやっていてもできなかった。まず、好きなものが食べられない。今までと違う毎日を、たとえたったの三日でも続けることは、豪鬼には耐えがたかったのだ。
「豪鬼! これをやらないと一緒に戦には行けないぞ。おまえだけ置いてきぼりだぞ」
「置いてく?」
「ああ。おまえだけ、ずっとひとりで待ってるんだ。俺と御子姫が来るまで」
「大戦……」
豪鬼の脳裏に蘇る、子供の頃の記憶。今までなら、ここで癇癪を起こし爆発していた。それを内に溜め、ぐっと握り拳を作る。
「いやだ」
「それなら、ちゃんとやるんだ」
豪鬼には理屈の説明より、この方がわかりやすかった。
理解の仕方は違っていても、二人にとって元服式は何か特別なのだと感じていることだけは、御子姫にもよくわかった。
まず養い親の家で、戦装束を身につける。真っ新な白晒しの褌の巻き方を剛拳に習う。六尺褌で締込み型にする。
奏司も豪鬼も結局は剛拳に直してもらいながら、四苦八苦していた。小袖に袴を着けて出来上がりである。
養い親は、まさかあの豪鬼がこんなに立派な若者になるとは、本当に感無量の様子だった。二人はお世話になった養い親にお礼述べて里長宅へ向かった。
里長宅では、大きな神棚を作ってくれていた。その前に座り、二人は神妙な面持ちをしていた。
御子姫が祝詞を奉納する。
そして、一人ずつ髪の毛の束を奉納する。伸びた髪を結わえ鋏を入れる。
それを里長にやってもらう。
これで、輪紋衆として戦人となり、穢を祓います、と神様に報告したことになる。
髪を落とす。それだけのことだ。
それなのに、二人の顔つきは先ほどまでとどこか違って見えた。
奏司は静かに前を見ていた。
豪鬼もまた、漂う気がいつもと違うことを肌で感じているようだった。
御子姫は、胸の奥で小さく息をついだ。
──これで本当に戦人になってしまったか
御子姫の内は、複雑に絡み合っていた。待ちに待っていた日とはいえ、身を切られるような思いを抱くとは、その瞬間まで思いもしなかった。
「さあ、これで今日から二人は戦人じゃ」
周囲から口々におめでとうと祝辞が述べられる。
「これで御子姫と一緒に戦で穢を祓いに行けるんだね」
「ひめ、いくさ、ケガレ、はらう、おれも」
二人の輪紋の見事さが、戦装束の端々から見える。
「さあ、これからお祝いの宴を開いてくれるから、二人とも着替えておいで」
御子姫は二人がいなくなって、剛拳に話しかけた。
「剛拳殿、どう思う。豪鬼は理解できておるのじゃろうか」
「御子姫殿が奏司だけを連れて行くことを、どう理解させるかが難しいでしょう」
「向こうでは三日三晩宴が続く。私も奏司と祝言を挙げねばならぬ。それを豪鬼がどう思うか。いずれは対にするが、総代となった奏司との婚姻は特別じゃ」
同じ日に元服しても、奏司と豪鬼が歩む道はもう同じではない。
奏司は御子姫の隣へ立つために、異形の里を出る。その違いを、豪鬼がどこまで飲み込めるか。
御子姫には、それが一番案じられた。
「困りましたな。自分も御子姫殿と結婚すると言い出しかねません」
「そうじゃな、後からなら構わぬが……」
二人の話を聞いていた里長が、笑いながら言った。
「豪鬼には奏司が話をしておりました。そう心配せずとも、正直に話されたらどうですか」
翌日、剛拳は奏司が豪鬼に話をしているのを見ていて驚いた。
奏司は豪鬼と向かい合って座していた。
ごまかしてもすぐわかる。豪鬼にはそういうところがある。
豪鬼は難しい。それ以上に、奏司は己をごまかすことが許せなかった。
「いいか、俺は父さんと暮らすために、父さんがいる家に行く」
──そうだ。暮らすのではなく、向き合うために行く
奏司のただならぬ気に、豪鬼は頷いた。
「豪鬼の父さんは剛拳だ。剛拳とここで暮らすんだ。俺も御子姫も必ず会いにくるから。わかったか?」
「奏司、父さんといっしょ。俺、父さん、剛拳といっしょ」
「用事が済んだら、すぐ会いにくるから、待ってろよ」
豪鬼は、ただ頷くだけだった。言葉にならずとも豪鬼が理解できていることを、奏司は悟った。




