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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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神守の貌

 大戦が始まり二ヶ月が過ぎようとした頃、御子姫の元に洋巳へ付けた弁護士から連絡が入った。

 実刑が下り受刑者となった洋巳に、妊娠が発覚したのである。だが洋巳は、誰との子か答えなかった。


 その報せは、御子姫の胸に小さな棘のように残り続けた。

 やがて出産の知らせが届いた。子は本来、響家で引き取る手はずになっていた。ところが、赤子は消えていた。


 御子姫はすぐさま神守衆に探らせた。

 ようやく判明したのは、子が男子であり、洋巳の希望という形で神守の夫婦に引き取られていたことだった。


 だが、そこへ至る手引きがあった。

 しかも間に入った人物はすでに死んでおり、それ以上を追うのは難しかった。


 その神守の夫婦は奏家出身で、街でも裕福な暮らしをしているという。

 御子姫は報告を聞き終えると、念のためその夫婦についてさらに調べるよう命じた。


 戦から戻ってきた御子姫を待っていたのは、さらに有難くない報せだった。

 御子姫が洋巳に付けた弁護士が解任され、新たな弁護士によって身元引受人の変更がなされたという。


 洋巳の希望とはいえ、洋巳にそんな金があるはずもない。

 誰かが、いまなお洋巳に接触し、手を回している。御子姫にはそれがはっきりとわかった。




 御子姫が呼ぶと、入ってきたのは一郎だった。いつもと変わらぬ顔をしていたが、口の重さだけが違っていた。


「何かわかったか」


「はい」


 一郎は一礼すると、簡潔に告げた。


「洋巳の子は男子で、紋があったことまでわかっております。出産後、響家で引き取る手はずになっておりましたが、その前に動かされております」


「動かされた?」


「表向きは、洋巳本人の希望という形に整えられております。神守の夫婦へ養子として渡されたようです」


 御子姫の眉がぴくりと動いた。


「神守の夫婦……誰じゃ」


 一郎はほんのわずかに間を置いた。


「神守二乃子と、その夫にございます」


「二乃子が……」


 御子姫は一郎の顔を見た。一郎は視線を逸らさなかったが、その無表情の奥に苦いものが沈んでいるのがわかった。


「おまえ、知っておったのか」


「いいえ。こちらの手を離れた後のことです」


「では、誰が通した」


「間に入った者がおりましたが、すでに死んでおります」


 御子姫は黙った。

 死んだ者は口を割らぬ。そういう片づけ方をする筋が、もう動いているのだ。


「二乃子は、何と言うておる」


「洋巳たっての希望、と」


 ──そんなことを信じろと?


 一郎はすぐには答えなかった。わかりきっていたこととはいえ、さすがにこれでは済ませられぬだろう。

 やがて、静かに言った。


「二乃子には、別口の話が通っていたようです」


「別口、とは」


「……そこまでは、まだ」


 その言い淀みだけで十分だった。

 一郎ですら踏み込めぬ筋がある。しかも、それは神守の中を通っている。


 御子姫はふんと鼻で笑った。やはり一筋縄ではいかぬものだ。それでも通さねばならぬ時もある。


「その夫婦は、どのような者じゃ」


「奏家出身。街では裕福に暮らしております。表向きは、何ひとつ不自然ではございません」


「なるほどの」


 不自然でないからこそ、厄介だった。

 子を隠すにも、金を動かすにも、人を消すにも、表に(きず)ひとつ見せぬまま事が済んでしまう。


「引き続き調べよ。二乃子だけでなく、その後ろまでじゃ」


「承知しました」


 一郎は下がりかけて、わずかに足を止めた。


「御子姫殿」


「なんじゃ」


「神守は、一枚ではございません」


 それだけ言って、一郎は深く頭を下げた。


 御子姫はその背を見送りながら、深く息をついた。一郎の言う通りなのだろう。神守を扱うということは、そういうことが付きもの。

 戦場で血を流すのは輪紋経紋衆。だが、その外で人と金と書付を動かしているのは神守なのだ。


 しかも、その神守の中ですら、もう足並みは揃っていない。


 人を隠し、人を動かし、死者にまで口を塞がせる。その一方で、穢の変化を追い、常世を視ようとする者もまた神守だった。

 御子姫はその貌の多さに、かえって薄ら寒さを覚えた。




 そうした折、御子姫の元へ、例の神守から申し出があった。

 通された部屋には、スーツ姿の男が一人、静かに座っていた。若いが、落ち着いた顔をしている。左眼には白い眼帯があった。


神守(かもり)(げん)と申します」


 形ばかりの礼をして、眴は顔を上げた。


「河の深いところに、赤い目をしたものがいると聞きました。まだ上がっては来ぬようですが、気になります」


「気になる、とは」


「実際に常世の有様を視てからでなければ、核心までは……」


 御子姫は、黙ってその顔を見つめた。浮ついたところはなかった。ただ、己が視ねばならぬものがあると知っている目だった。


「戦船へ乗りたいと申すか」


「はい。この眼で確かめたいのです」


「命の保証はせぬぞ」


「承知しております」


 御子姫はしばらく考え、やがて頷いた。


「三日、精進潔斎をして待て。連絡の後、神守の船着場へ来るがよい」


「はい」


 眴はそれだけ言って、深く頭を下げた。


 御子姫は出陣が始まると、(となえ)の対の船、言葉(ことは)の対の船と交代に乗り、指導を続けていた。

 そのうち、眴が船着場へ現れた。


 戦をするわけではないが、眴もまた白装束に身を包んでいた。ただ、左の白い眼帯を取った眼だけが異様だった。


「もしや、物見(ものみ)か。気がつかなんだ」


「はい。常世(とこよ)の眼を持っております」


「最初、会うた時は……」


「申し訳ございません。なるべく閉じておきたく」


「視えすぎるということか」


 眴は小さく頷く。一の船から渡し板が下ろされた。

 眴は静かに船へ乗り込む。左の眼には、常世の事象と(ことわり)が映っていた。戦人(いくさびと)ではないため、御子姫が傍で見守ることとなった。


「なぜ、隠しておった」


「視えると知れれば、使われます」


「それが嫌だったか」


「はい」


「では、どうして今さら出てきた」


 眴は水面へ目を向けたまま答えた。


「堰まで来る穢の様子が変わってきておりました。見過ごしてはならぬ気がしまして」


「そうか。我等にはわからぬゆえ、助かる」


 眴は何も言わず、小さく頭を下げた。


 常世では、眴は一度も目を離さず大河を見つめていた。

 そんな時、アカメが現れた。水底から不気味に赤い目が光っている。御子姫には、その大きさだけは見て取れた。


「どうじゃ、大きいじゃろう。この船ほどの大きさはあろうかと思うが」


 眴はすぐには答えなかった。

 赤い目を見つめたまま、やがて黙って頷いた。深い澱みの中から、静かな息遣いが聞こえてくるようだった。


「先に進んでもよいか。それとも止まるか」


「いつも通りで構いません。戦の邪魔はしたくありません」


 御子姫は眴を伴い、連日常世へ出た。

 だが三日目、眴は穢にあてられて熱を出し、乗船を断念した。(みそぎ)を受け、そのまま療養に入った。異能を持つ者は、使う部分が真っ先に危うくなる。


 休んでいる間、眴は報告書を仕上げていた。

 とりわけアカメについては、推測に過ぎないという但し書きがあるものの、非常に厄介な特性が記されていた。


 御子姫は、明日もう一日戦に出たら一週間休むことを眴に伝えた。


「できれば、もう一日見ておきたいのです」


「乗れるのか」


「乗れます」


 御子姫は、眴が途中までまとめた報告書を読んでいた。


「わかった。やはり、なるべくアカメの近くで見ていた方がよいな」


「そうですね。できれば、その方が」


「ところで、ここに書いてあることは……」


「まだ皆には伏せておいて下さい。言葉だけ先に広まると、要らぬ怯えを招きます。対策も、もう少し考えたいのです」


 御子姫は、なるほどと思った。神守とは、こういうところでも役に立つのだ。


 戦をしながら船団を進めていくと、時折、大河に大きな波が立つことがあった。以前には、あまり見られなかった現象である。

 御子姫がそのことを話すと、眴は、なるべくアカメが出現してから変わった点を教えてほしいと言った。

 中でも、大型の穢が目につくようになったことも、そのひとつだった。


 その日は、しんがりを務める船に御子姫と眴は乗っていた。

 帰り際、ふいに水面がうねり、大きなトグロが船腹へ巻きついた。船はきしみ、身動きが取れなくなる。


 御子姫が加勢し、なんとかそれを祓うことができた。


 眴の目には、御子姫の祓う姿はもはや光の塊にしか見えなかった。

 常世にあって、その神々しさは、話に聞いていた以上だった。


 神ではない。

 だが、常世でなおあのように立つ者を、眴はほかに知らなかった。


 これからの戦はさらに熾烈になるだろう。

 それでも、この御方なら道を無理にでも通していく。その危うさを、今はまだ口にすべきではない。

 眴は来た時と表情を変えず帰っていった。


 神守とは、血を流さずして戦を左右する者たちなのかもしれなかった。

 隠す手もあれば、見抜く眼もある。

 御子姫はそう思いながら、眴の背を見送った。


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