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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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五年大戦

 異形の里へ来た際に、御子姫は里の中で戦へ出陣する者を集めては、(ケガレ)について話をすることが多かった。

 穢はその時々で姿形性質まで変えた。

 

 最近では、水面に丸太のように浮かび、目を合わせた途端金縛りに遇い飛びかかられる、イタチ。

 水面を勢いよく跳ね、突然大口を開け、(えら)洗いをする、鰓が鎌のように切れ襲う、カマ。

 これは一部の者しか見ていないが、水面奥深くに光る赤い目、まだ実害はないが、大きな赤い目が不気味な、アカメ。


 異形の衆は、力が強く勇猛な者が多かった。飛べる者は少ないが、甲板にしっかりと立ち、大砲(おおづつ)を繰り出してくれる頼もしい戦人(いくさびと)であった。


 里から戻ると、すでに大戦(おおいくさ)の準備は整っていた。

 御子姫は自室に荷物を届けてくれた双子を、そのまま呼び止めた。


(つい)の件じゃが、どうなった。これは大切なことなんじゃ」


「はい、実は本人に来てもらうことになっています。午後に……」


 (となえ)が荷物を片付けながら答えた。言葉(ことは)がお茶を入れてきた。


「言葉、唱から聞いたが、昼から対が挨拶に来るそうじゃが」


「はい、今日姫様がお帰りになるのに合わせて、予定しました。明日以降、予定が詰まっておりましたので、勝手に申し訳ありません」


「いやいや、上出来じゃ。昼からが楽しみじゃ」


 午後、二人の奏家、輪紋衆の若者がやってきた。表の応接室に通されると、双子と一緒に待っていた。御子姫の部屋へ代理が呼びにきた。


「剛拳殿も参っております」


「そうか、おまえも一緒に頼む」


 広い応接室が狭く感じるほど、緊張感が漂っていた。


 (となえ)の対は駿英(しゅんえい)言葉(ことは)の対は駆成(かいせい)といった。


「よう似ておるな、まさか双子か」


「いえ、兄弟です」


 御子姫だけでなく、剛拳に代理まで。これにはそれなりの理由があった。


「ただの対の報告と思うておったろう。驚かせたな。急なことだが、大戦中私がいない時、そなたらに、一の船、二の船のそれぞれ大将を任せたい。詳しくは二人から聞いてくれ」


 いきなり、御子姫から大役を振られて、若い四人は互いに顔を見合わせた。


「確か、唱と言葉の祖母は彩織(さおり)殿じゃったな。対を探されたのは……」


「はい、祖母です」


「まさか、響家本家筋のお嬢様からの縁談があるとは思いも寄らず、両親も驚いておりました」


「駿英が兄か、いくつになる」


「ちょうど二十歳になりましたに」


「二十歳か。弟の……駆成だったな」


「十九です、兄とは年子になります」


「その方ら、戦の経験は」


「ございます」


「対はどうした」


「戦の都度ごと組んでおりました。若輩者ゆえ。それに奏家の分家筋ですから」


「分家とは申せ、そなたらの実力は輪紋衆の中では随一だと聞いておるが」


「お褒め頂きありがたく存じます」


御子姫は、駿英の卒がない、まるで決められていたような受け答えに違和感を覚えた。しばし間を置いて、御子姫は四人の顔をそれぞれ見渡した。


「唱、言葉、無理はしておらぬか」


「はい、姫様。私も言葉も、元より対は剛拳殿が見つけてきてくれはると思っておりましたし」


「駿英、駆成はどうじゃ。無理はしておらぬか」


「勿体のうございます。分家の身としましては、これ以上の縁は望んでも得られません」


「そなたらほどの力があってもか」


「家柄というのは、そういうものにございます」


代理が訳知り顔で、御子姫の問いに答えた。


「そうか……」


御子姫は浮かない表情を見せると、代理から手渡されていた新しい対の組み合わせ表を見つめながら切り出した。


「以前、少し言うたことがあったが……好き合うとる者同士で対を組むのは難しいか」


剛拳が重い口を開いた。


「戦には、命がかかっておりますゆえ」


「そうか……」


 言葉が御子姫の方を向くと、にっこり微笑んでこう言った。


「姫様、そんな悲しいお顔しはらんでください。うちはほんま良いご縁をいただき嬉しく思うております。駆成さんは良いお人です」


「僕は言葉さんを対としてだけでなく好いております。一目惚れです。これからお互いのこと知り合っていけば、御子姫殿の理想に近づける気がします」


 思わぬ駆成の告白に、言葉は真っ赤になりながら素直に喜んだ。二人の様子に場は和んだ。


 御子姫は奏司が書いてくれた出陣計画の暦を、双子とその対に渡した。それとは別に全体の計画表を船団ごとに出してきた。


「すべて、後ほど写しをとって全員へ配ってくれ」


 船団の頭には大将として、唱と駿英、言葉と駆成の名が並んであった。もうこれは決まったことのように書かれていた。

 駿英は目を落とし、息を吸い込んだところで止めた。


「私は通しで十日間出陣する、その後一週間休む。

 異形の里へ行くから、何かあれば長殿のところへ連絡するように。そこに剛拳もおる。

 問題は、この計画が順等に進めば、本厄前に大戦を終えるぎりぎりでで 見積もっておるところじゃ」


「唱と駿英、言葉と駆成。そなたらは己より年上の者たちを指揮し采配せねばならん」


 年長の者は、若い対の命に従うことを快く思わぬこともある。

 ことに、分家の言うことなど聞かぬ者も多いだろう。唱と言葉がそのあたりを上手に見切って回してくれるなら問題はない。

 とかく船の上では、迷った方が死ぬ。


 それから、とにっこり笑って御子姫は双子たちに向かって言った。


「祝言は大戦が終わったらすぐじゃ。五年といっても実際に常世(とこよ)では一年くらいじゃ」


 翌日、夜八時出陣。

 戦船(いくさぶね)が並ぶ運河沿いには、松明と篝火が焚かれた。運河の対岸には見送る人々が、手に手に松明を持って歩いていた。所々には篝火が焚かれていた。


 船団は人が増えるに従って、以前とは比べようもなく大がかりになっていた。

 一の船団には、主将の乗る船のほか副船が四隻に増えていた。二の船団も同じである。しんがりは異形の大船は変わらない。


 鶴翼(かくよく)の陣で、異形の大船を軸に一の船団と二の船団で両翼を担う。

 軸の大船からの大砲(おおづつ)で先方の穢を蹴散らしながら進んでいく。


 一の大将船には御子姫が乗り、唱と駿英の大将の対に指導をする。

 二の大将船には剛拳が、言葉と駆成の大将の対に同じように指導を行っていた。


 中央部に見えるイタチの群れには大砲が打ち込まれる。両翼の外側でぱしゃんぱしゃんと大カマが跳ねる音がする。


 大カマが多くなった方へ偃月(えんげつ)の陣形を取り、取り囲む、掃討したら陣形を戻して進む。深追いは戻るのに時間をかけないようにするためしてはならない。


 押しては引いての繰り返しで、船団を整えつつ広範囲に穢を一掃していく。


 この常世の大河は、岸は見えない。河の終わりもない。大海に出ているようなものである。


 果てのない河だからこそ、時々振り返り、出発した閘門(こうもん)のある方角に一晩中焚かれる篝火を目印にして帰らなければならない。


「唱ーっ! 時間を見ておるか。帰りも穢を祓いながら帰るんじゃ!」


「はいっ! そろそろです! 言葉に伝えます」


「鶴翼の陣形だが、一の大将船にはしんがりを務める役目がある。忘れてはおらぬな」


「はいっ! 鋒矢(ほうし)の陣形でしんがりを務めます」


「言葉ーっ! 鋒矢の先頭お願い!」


 帰港時は穢を祓うことよりも、早く安全に戻ることを重要視する。御子姫は唱につききりで帰港時の注意事項を叩き込む。帰港時は最も無防備になりやすい。

 この日は無事、一日を終え帰港することができた。


 御子姫が乗っていたとはいえ、唱にとってはいつも言葉と一緒に阿吽の呼吸で御子姫の相手をするのとは大きく違った。

 そう言う意味合いでは、対を組んでの戦としては初陣はやはり初陣だった。


 唱は駿英に指示を出す時、言葉の時と違ってほんの一瞬戸惑いがあった。

 唱と言葉の二人で陣形を整えるのは見事だった。

 言葉もまた、駆成に対しての声がけにためらうことはあったが、そこにすかさず駆成の声が入る。遠くから見ていても二人は気を合わせることに慣れていっていた。


 ところが、唱と駿英の対は最後までどこかちぐはぐに見えた。

 御子姫はその様子を間近で見ていた。そして、胸の内で小さくため息をついていた。


 それは同じ船に乗っている、好き合う者同士の対にも言えた。好きだからこその遠慮と、恥ずかしさ、そういった感情は戦には不向きだ。好き合うことと、戦で対として噛み合うことは、やはり別なのだ。


 だが、別であるからといって、切り離してよいとまではまだ思えなかった。

 その間をどう埋めるか。それを考えるのが、これからの自分の役目なのだと御子姫は痛感した。


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