似て非なる輪
奏司は、自分も大きい方だと思っていたが、それよりも大きな男の子が出てきたので驚いていた。
「何を驚いておる。二人とも剛拳に比べれば小さいものじゃ」
「いや、それ違うし。たとえになってないよ」
いつものように肉を切って机いっぱいに皿を並べると、豪鬼は手を合わせいただきますをして食べ始めた。
奏司は生肉は無理と言って、先に庭で七輪に炭を熾していた。
網の上で肉を焼き始めるといい匂いがしてきた。すると、豪鬼が縁側まで出て、奏司が肉を焼いて食べるのをじっと見ていた。
「こうすると美味しいよ。食べるかな」
奏司は自分が食べていたのを豪鬼に渡してみた。豪鬼はぺろりと平らげ、おかわり下さいと皿を差し出してきた。
奏司は豪鬼の目の前にあった肉を全部焼いてやった。
奏司は取れたての野菜を焼きながら、肉と一緒に食べていた。
とうもろこしに醤油をつけて焼くといい匂いがした。
奏司が美味しそうに食べるのを見ると、豪鬼も少し食べてみた。
「おお! 豪鬼が肉以外を食べておるぞ!」
奏司が白飯が欲しいというと、ちょうど炊けたところだと持ってきてくれた。
「肉と一緒に食うと美味いんだぜ」
焼けた肉と一緒に食べるのを見て、豪鬼が下さいと手を出した。
奏司は思い出したように、御子姫にリュックを取ってもらうと中からスプーンを出した。
ご飯の上に肉をのせると、スプーンですくって皿にとって豪鬼にスプーンごと渡した。
「こうやって食べるんだよ。これ、おまえのだから。これからは手づかみじゃなくて、これで食べるんだよ」
豪鬼はスプーンで白飯と焼いた肉を一緒に食べた。美味しいのがわかると早速指差しておかわり下さいと皿を出してきた。
「おお! 豪鬼が白飯を食べておるぞ! おかわりまでしておる」
大喜びする御子姫に向かって、奏司は呆れたように言った。
「いったい今までどうしてたの! ダメじゃん!」
「奏司は頼もしいの! その調子で豪鬼にいろいろ食べさせてくれ」
「生肉しか食べないからって、ほんとにもう!」
奏司はちょっとだけ、優しかった頃の母親と一緒に食べた焼肉のことを思い出した。
今度は自分が焼いた肉を美味しそうに頬張る豪鬼を見て、昔のことはもういいかと思った。
御子姫は、奏司と豪鬼と一緒の時を過ごしていた。
「豪鬼、お話じゃ」
すると、豪鬼は神妙な面持ちで御子姫の前に座った。奏司はそれを傍で見つめていた。
「大戦じゃ。今度は二、三カ月おきに一週間来る」
暦を大きな紙に書いて、御子姫は印をつけていく。この日になったら来る。ここまでいる。
それらの日程をすべて大きな紙に書き出し、壁に貼った。予定がわかれば、豪鬼も安心だろうと考えた。
「豪鬼、わかるか。赤丸、赤、姫、いる。たくさんあるじゃろう」
大戦と聞くと、豪鬼は御子姫が突然来なくなった時のことを思い出しては癇癪を起こした。
先の十年大戦の時には、御子姫は豪鬼のことを考えてやる余裕がなかった。
その傷は、豪鬼の中に深く残っていた。
壁一面に貼った予定表は奏司が手伝った。
豪鬼は御子姫が来る日を目に見える形にした方がわかりやすいだろうと発案したのも奏司だった。
大戦とは何か、なぜ来られないのか。
「御子姫は穢と戦ってるんでしょ。それを絵に描いて豪鬼に教えてあげたらいいんじゃない」
奏司は御子姫が説明する穢の姿を絵に描いた。船も描いて、御子姫が戦う様を描いた。
戦へ行ったこともないのに、どうしてそこまで描けるのかと、御子姫は不思議に思った。
御子姫は奏司を見つめながら、ここに奨弥がいる、そう感じるだけで幸せだった。
豪鬼は黒い穢という化け物と、御子姫が戦っていることは、何度も話すうちにわかってきたようだった。
奏司は、驚くほどよく豪鬼の面倒をみていた。豪鬼も、まるで親分子分のように、奏司について回った。
奏司は何かもらうと、必ず半分こして大きい方を豪鬼に分け与えた。
そのうち、豪鬼は、自分の名前が言えるようになった。奏司のことも名前で呼べるようになった。
二人は兄弟であることは知らされていなかったが、自然と兄弟のように見え始めてきた。
その様子を、里長は離れたところから静かに見ていた。
豪鬼が笑えば、そのまま笑わせておいた。転んでも、泣いても、すぐには手を出さなかった。もとよりそうだった。豪鬼が荒れた時も、成長を止めた時も、養い親に任せきりにした。養い親は里長に相談した。
「なるようにしかならん」
養い親は、見守ることの大切さはわかっていた。そういう子なのだ、豪鬼は。
そして今は、剛拳がいるならそれでよいというように。
だが奏司には違った。
問いを投げれば、里長は必ず答えた。すぐには答えずとも、忘れた頃に呼びつけて、遠い昔の話をひとつずつ聞かせた。
里長は、とかく奏司を手元に置いた。
御子姫は、その違いに気づいていた。
豪鬼は、教え込まれるよりも、育っていくものを見守るしかない子なのだろう。
奏司は逆に、知れば知るほど先へ進んでしまう子だった。
里長は、何も言わなかった。
ただ二人を見つめる眼差しだけが、同じようでいて、少しずつ違っていた。
暦に印をつけ、御子姫が帰る日が近づいてくると、豪鬼は御子姫に甘えることが多くなってきた。
いなくなることがわかっている分、甘えることで不安を打ち消してでもいるようだった。御子姫の膝枕で寝ている豪鬼の頭を、御子姫が撫でていた。
剛拳の方を向き、御子姫は頭を見せながら呟いた。
「やはり……瘤は硬く大きくなってきておる。焼き切らんといかんかのう」
「そうですな……ただ、これだけ大きくなっては、力も里一番だと聞いております。麻酔をかけてやるとなると、病院へ連れて行くだけで一苦労です」
「なにするの。病院って。豪鬼、病気なの」
御子姫は奏司の手を取ると、豪鬼の頭の瘤をさわらせた。
「えっと、なにこれ」
「角じゃ。豪鬼は鬼の子なんじゃ」
御子姫は鬼の子、と言ってすぐに改めた。
「人から、鬼として、異形に生まれついたのじゃ」
「どういうこと」
御子姫は困った顔をした。豪鬼を生んだのは洋巳である。奏司は、己の母が鬼の子を生んでいたことを受け入れられるだろうか。
「この瘤みたいなの、よく鹿の角って切るよね。ああやって切るの」
「いや、焼いてくりぬくのじゃ。鏝で焼き切った部分を取って焼くと角が伸びてこぬ」
様子を聞いていた奏司は眉をしかめた。痛いというものではないだろう。
「うわぁ! どうしてもやらないとダメなの」
「角は妖力の源じゃ。豪鬼は感情を抑制できぬ。このままでは癇癪を起こすたび、家が壊れる程度では済まなくなるかも知れん」
「待ってよ、伸びたらダメなんでしょ。伸びなきゃいいんじゃん。俺が……」
「おまえの気持ちはよくわかるが、それでは遅いんじゃ」
豪鬼の角を焼き切る手術は、御子姫が里にいる間にここで行われた。
どこかへ連れて行くだけで疑い深くなって大変なので、結局ここで眠らせて麻酔をかけて、一時間もかけずに手術は終わった。
ただ手術後の痛みは相当だったようで、豪鬼は御子姫がいる間中、薬を塗ってもらっては泣いてはすがりついていた。
そのうちに薬は奏司が塗ってやるようになった。
御子姫と剛拳が里を去る日、里中、また戦さ場で会おうと高揚していた。
豪鬼は御子姫にくっついて離れなかったが、とうとうあきらめて家の中へ入っていって出てこなかった。
御子姫が車の後部座席に乗ると、奏司がドアを開けて一瞬のうちに口づけをした。
それは、奨弥が別れ際によくしていた、唇を吸うような口づけだった。
「気をつけて、待ってる」
御子姫は指で唇にふれ、こぼれてきた涙をそのままにした。
──奨弥じゃ




