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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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23/42

決別の名残

 御子姫は華やかでありながら威厳のある訪問着を召し、いつもと違って髪を結い上げていた。表の応接室で、奏家からの使いを待つばかりであった。


「姫様、本当に気をつけて下さいね」


 ほほほ……とゆるやかに笑うばかりの御子姫に、双子は揃って口やかましく気をつけるよう繰り返していた。


「もう本当に、姫様はわかってないんだから」


「あいつの姫様を見る目つき、誰が見たっておかしいんだから」


「ありがとう、そうね、今日は街の方へ出かけるから、気をつけるわ」


 そこへ頭領代理が、同じように心配事を伝えてきた。


「まじめにお聞き下さい。そういう話がなくもないんです」


 普段あまりそういうことを言わない代理からも注意があった。

 これはそういう心象があるというだけでなく、実際に前例があったのだろう。気をつけるに越したことはない。


 奏家の車には、すでに後部座席に将隆が乗っていた。その隣に御子姫は乗り込んだ。


 御子姫は十六になっていた。女の厄年は十七から十九まで、その次が三十一から三十三まで。その三年間は、(ケガレ)を相手にする力が半減する。

 戦に手慣れた手練(てだ)れの経紋衆が三十一で軒並み引退するのと、御子姫もちょうど厄年となるのが間もなく重なる。

 その前に一度本腰入れて大戦(おおいくさ)を行い、(ケガレ)を一掃してはどうかという話だ。



 街に出て、運河から少し奥まったところにある有名な料亭に到着した。女将が出迎える。まだ先方は到着していないようだ。

 部屋へと案内されながら、将隆は客人の説明をした。政治家と官僚に御子姫を引き合わせるのも目的だった。


「普段の戦ではなく、大戦で総代が空席で本当に大丈夫なのか」


「そうお考えになるのは、ごもっともでございます」


 それでも問題がないことの説明や(ケガレ)の現況を話したり、将隆の政治手腕を目の当たりにした一席だった。


 料理半ばで先に政府側の人物は帰って行き、将隆はせっかくだから食べていけと言った。


「奨弥はもう戻ってくる気配がない、新たに総代を迎えたらどうだ」


「それには及びません。双子もおりますし。本来の奏家総代のお仕事は叔父上がなさっておいでですし」


 御子姫は将隆にお酌をしながら、戦について話をしていると、突然将隆は将吾の嫁である帆波の話を始めた。


「将吾には良い娘を(めあ)わせてくれ、実によかった。美人で気立てが良い。言うことなしだ」


 含み笑いをしながら、将隆は酒を飲んだ。本当に、この男はいやらしい笑い方をする。


「毎晩、子作りに励んでおるようだからな。将吾がおらん時に、一度くらい味見をさせてもらってもわからんだろう」


「叔父上、冗談にしても、そればかりは過ぎますよ」


「冗談か……」


 将隆の目の奥には、冗談では済まない不気味なものが覗いていた。


「まさか叔父上、ご自身の息子の嫁ですぞ! それに帆波は私を信じて嫁いだのです! いくら叔父上でも、そのような下劣なことは……」


「では、おまえが代わってやればいい」


 将隆は立ち上がると、御子姫の手首をつかんだ。


「なにをなさるのですか!」


「おまえも奨弥がおらんで寂しいだろう」


「結構です、帰ります」


 無理やり、将隆に押し倒され、御子姫は突き飛ばし逃げようとした。


「帆波がどうなってもいいのか」


 御子姫は将隆の顔を見ると、この男なら本当にやるに違いないと思った。

 御子姫はそのまま、将隆にされるがままに身を任せた。


 ──いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ……


「奨弥っ!!」


 奨弥の名を呼んだ瞬間、結われていた御子姫の髪はぱあっと解きほぐれ、真っ白になり宙を舞って将隆の首を絞めた。そのまま将隆を引きづり、宙吊りにした。


 将隆がどうなったか見もせずに、御子姫は部屋を飛び出した。髪を振り乱し、足袋のまま走って料亭から逃げ出していた。



 運河に架かる橋まで来ると、着崩れた着物を直しながら、御子姫は涙が溢れてきた。

 意地と誇りはないのか……以前奨弥に言った言葉が頭をよぎる。顔を手で隠して、嗚咽が漏れる。


 ──奨弥、奨弥……


 夜の街に、一人たたずみ、ただただ奨弥のことが心を占めていた。


「姫……?」


 奨弥の声がする。

振り向くと、そこにまさかの、奨弥が立っていた。御子姫は胸に飛び込むと、声を漏らしながら泣きじゃくった。

 どうしたのかと見れば、御子姫は髪も乱れ足袋のままだった。


「草履は……」


「奨弥!! 帰ろう!! 私と一緒に、里へ帰ろう!!」


 奨弥の腕の中で、泣きながら御子姫は何度も奨弥にとりすがった。奨弥は御子姫を抱きしめた。


 奨弥はぼんやりと、己の身に起きている違和感を感じていた。

 もし以前の自分なら、この様子の御子姫を見た瞬間に烈火の如く怒っただろう。それが今では、いきなり意識が飛んだようになり、目の前のことが実感できない。


「愛してる、姫……愛してる。でも……」


「愛してるんじゃろ。ほんなら、帰ろう、奨弥がおらんともう……」


「待っててくれ、必ず帰るから……今は帰れないんだ……」


「どうしてじゃ!」


 奨弥は神守(かもり)の車を呼んだ。


 (タクシー)が来るまで、奨弥は御子姫を抱きしめ続けた。離れようとしない御子姫に奨弥はTシャツをめくって見せた。

 橋の欄干(らんかん)の灯が奨弥の肌を照らした。


「姫、よく見て……紋を……」


 奨弥の体にあった紋が消えかけていた。


「どうしたんじゃ、紋が……紋が……」


 奨弥は力なく笑った。


「ごめん、もう遅いんだ。姫、愛してるよ、どんなことになっても、愛してる」


 車が来ると、奨弥は御子姫を抱きしめ口づけた。


 ──もう、 会うことはないだろう……


 奨弥は泣いて離れようとしない御子姫を車に乗せると、里の響家本家まで届けるよう伝えた。

 そして、最後にもう一度口づけ、ドアを閉めた。わかりきっていたこととはいえ、奨弥はどれほど後悔したか知れなかった。


 御子姫はずっと消えゆく奨弥の姿を追っていた。見えなくなっても見つめていた。


「奨弥……奨弥……」


 御子姫は里の近くまで泣き続けた。里に着いたらもう泣くのはよさないと。そう、いくら思っても溢れてくる涙を止めることはできなかった。



 御子姫が乱れた(なり)で、泣き腫らして帰ってきた夜から、数日誰とも会おうとせず部屋にこもったきりだった。珍しいことに美琴が、御子姫の草履と手提げを持って本家を訪れた。


 美琴は会うなり、深々と頭を下げてお詫びをした。御子姫は自分が油断したせいだと、不問にした。それより気になっていた帆波のことを聞いた。


「帆波は家に迎えた日から、絶えず私か将吾がついております。そんな外道なことを姫様に言ったのですか……あの者なら致しかねませんが」


 美琴は、はらわたが煮えくりかえるようだと、重ねて無礼を働いたことを詫びていた。


「実は、帆波は子ができたようでして、先日大事をとって親元へ送り届けたところです」


「そうじゃったか……めでたいの。これで安心して戦ができそうじゃ」


 御子姫は、大戦に出ることを美琴に伝えた。


「十年はかかるじゃろう。帆波に無事出産するよう伝えてくれ。戻ってくる楽しみができた」



 ──子か……子に罪はない、罪はないけれど……


 ずっと、ひとりぼっちだった。この力のせいで。


 なぜ、そうまでして、そなたは力なんぞを欲した。

 私を守るためか。なにが、そなたをそこまでにしてしまった。

 私とそなたは、出逢うべきでは、なかったのだろうか。

 どうして、ひとりで。寄り添っていたと思っていたのに。

 私を置き去りに。ひとりぼっちにしてまで。


 いや、違う。


 私とそなたは、初めから、ひとりだった。そなたもまた。

 ふたり一緒にいたときでさえ。互いにひとりだった。

 それに気づいて。


 どこまでも。どこまでいっても。

 手になど入らぬものを。求めて。

 それでは切なかろう……


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