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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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24/42

神守の残響

 御子姫は、ずっと泣いていた。

 草履も履かず、足袋のまま。着物も崩れたまま。

 神守の(タクシー)の運転手は寡黙な者が多い。呼ばれて乗せるのは、ほぼ輪経紋衆である。


 中でも、今夜の客は、どうやら御子姫だとすぐに察しはついた。


「響家本家まで頼む」


 車を呼んだ男は行き先を告げて離れた。


 車は街の中を抜けると、戦人の里へ向かって夜道を走り続けていた。その間、運転手は一言も言葉を発しなかった。

 どれくらい走ったろう、やっと泣き止んだ御子姫は運転手に話しかけた。


「そなた、名はなんと言う。聞いてもよいか」


 運転手は黙ったまま走り続ける。バックミラー越しにじっと、己を見据える御子姫の姿が、目の端で確認された。

 普通、神守の運転手に名を聞く者はいない。名を聞くときは決まっている。


 運転手は、御子姫の様子を確認しつつ、戦人の里へとゆっくり道を選んでいた。

 先ほどまで泣きじゃくっていた少女が、窓の外へと顔を向ける。走っている道を確認すると、思わず笑いをこらえる様子が背中越しに見えるようだった。


「……一郎と申します」


 運転手はやっと口を開いた。

 こちらを向いた御子姫は、頭領の顔に戻っていた。


「そなた、元は奏家じゃろう」


 一郎は、しばし答えなかった。

 ただ、信号で止まった車内へ、わずかにハンドルを握り直す気配が伝わる。

 御子姫はそれを見逃さなかった。


「図星か」


「神守に、奏家(ソウケ)響家(キョウケ)もありません」


 一郎は前を見たまま言った。


「そう言っておかねば、生き残れなかった者が多いだけです」


「ははは……っ。これは一本取られた」


 御子姫は、ようやく少し笑った。一郎は、ほんの一瞬ではあったが表情を堅くした。

 まるで余計なことを言ったとばかり、気を引き締めた。


「そなた、車は長いのか」


 なかなか答えようとしない一郎に向かって、御子姫は続けた。


「そなたの態度が気に入った。これからそなたの車を使いたい」


 一郎はやっと、御子姫とミラー越しに目を合わせた。


「よい。黙れる者の方が扱いがよい」


 御子姫はにっこりと微笑んだ。扱いがよい、と来た。使う、ではなく。


「本家へ着いたら、頭領代理に連絡先を渡しておいておくれ」


 一郎は軽く会釈をした。道はすぐ本家へ繋がった。到着して、一郎はドアを開けると、そこで初めて御子姫の方へ体が向く。車を降りる御子姫へ一礼したまま、足元を見守る。


「姫様! どうされましたか」


「何もない。それより、この者の車を使うことに決めた」


 そう言うと、御子姫は一郎へ体ごと顔を向けた。


「返事を聞いておらなんだが……よいな?」


 一郎は頭を下げたまま、御子姫が本家へ入っていくのを見送った。すぐに、代理が来て話をする。一郎は問いに答えなかった。


「私は、何も存じあげません」


 代理は、ふと思い出したように、連絡先だけ受け取るとご苦労、そう言って本家へ戻っていった。



 それから御子姫は、次に街まで出かけるときに一郎の車を使った。

 歳の頃はどうだろう、四十を越えたあたりだろうか。夏だというのに長袖をきっちり着ているあたり、紋があるのがわかる。

 一郎は、御子姫から言葉がないかぎり無言だった。


 いく度目かのときであった。御子姫は、少し遠回りをさせて街まで向かわせた。


「そなた、奏家じゃろう。車の運転手には奏家の者が多いと聞いておる」


 以前答えなかった問いに、運転手は黙って頷いた。御子姫の様子はバックミラーを見ればわかる。


「そこでのう、頼みがあるのじゃ。情報屋をひとり、紹介してほしい」


 神守を使う。

 それは、響家が長く見ぬふりをしてきた泥へ、自ら手を入れるのと同じことだった。


 運転手は前を向いたまま、返事を返さなかった。そのまま、街の郊外を一周りする。

 目的地が近づいてきてやっと、運転手は口を開いた。


「承知しました。しばらくお時間をいただきます」


「こういうことは、そなたらの道。頼むぞ」


 運転手は一礼して、御子姫が街の雑踏へ消えていくのを見送った。




 数日後、一郎から響家本家へと連絡が入った。


 車は御子姫を乗せると街へ向かった。


「途中で男をひとり拾います」


「それが情報屋か」


「はい、しばらく街中を走ります。その間に、用向きをお伝えください」


 御子姫は、バックミラーに映る運転手の顔を見つめた。不意に目と目が合う。

 運転手は無言で、御子姫を見返した。それを見て、御子姫はクク……ッと鼻で笑った。


「そうじゃったの。先に(さい)を振ったのは、こちらじゃった」


 一郎はミラー越しに会釈をすると、どこにでもありそうな人で賑わっている道筋で車を止めた。

 ひとりの男がするりと、御子姫の隣へ乗り込んできた。 車が走り出してから、おもむろに男は挨拶をした。


「三郎と申します」


 男は取り立てて特徴が見当たらない、どこにでもいそうな(なり)をしていた。服だけはきっちりと着込んでいた。袖の縁からは経紋が見えた。


 ──響家の男か、ということは


「三郎とやら、眼をお持ちか?」


 しばし沈黙があったのち、三郎は口の端で笑った。


「はい、大したものではございませんが。予見を少々」


「そうか。ところで、三郎とやら、名はいくつある」


 そう言って、御子姫は三郎ではなく、運転する一郎を見た。一郎はバックミラーを通して御子姫の圧を感じた。

 三郎の口元は一文字に変わっていた。


「無理せずともよいぞ」


 御子姫は封筒を渡す。


「無理かどうかは、見てから決めます」


 三郎は封筒を指先で弾いた。


「御子姫殿は、ずいぶん大きなものを相手になさる」


「怖じ気づいたか」


 三郎は口元だけで笑った。


「いいえ。どこまで剥げるか、興味が湧いただけです」


 横に座る御子姫を見る。その眼差しには、決意など生半可なものを通り越した静けさがあった。


 三郎はふと気づいた。

 御子姫は、今までの響家頭領とは違う。神守を便利な手として使うつもりでいる。

 だが、使い潰す気ではない。


「で、どうじゃ」


 奏家の、特に将隆の周りにいる者たちは、使う前から捨てる場所を決めている。三郎は、そうして父がすり減っていったのを知っていた。

御子姫は違う。

それだけで、賭けるには足りた。


 三郎は、その場で決めた。

 車に乗り込んだときから、予見はもう走っていた。

 奏家の屋敷でも、響家の本家でもない。

 もっと別の場所で、何かがひっくり返る気配だった。




 その夜、三郎は上機嫌でウィスキーを飲んでいた。そこへ兄である一郎が来た。


「また厄介な相手に乗ったな」


「厄介なくらいじゃなきゃ、こっちに来ないさ」


 一郎は呆れたとでも言うように、ため息を三郎にぶつけた。


「眼持ちは昔からそうだ。見るなと言われたものほど見たがる」


「親父みたいに?」


 一郎はそれには答えなかった。三郎は、その目に不敵さを宿したままだった。


「姉さんにも話しといたほうがいい?」


 一郎は少し間を置いた。


「……ああ」


 神守は、誰に使われるかではなく、どう扱われるかで命運が変わる。

 三郎は、ようやくその盤に手をかけた気がしていた。


 三郎はグラスを傾け、そこでふと笑った。


「詰んでたよな」


「何がだ?」


「なんでもないよ、独り言」


 一郎は眉一つ動かさなかった。

 その堅さが、今夜は少しだけ可笑しかった。


 三郎はグラスを揺らし、一口飲み下ろした。


 誰より涼しい顔をして、あの姫はもう盤を読み切っている。

 まだ十五の小娘が、人の戦の顔をしていた。


 三郎は、それが気に入った。


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