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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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奨弥と洋巳

 奨弥は剛拳から預かった文書を元に、街に出て洋巳を探しあてた。洋巳は、いくつかある繁華街の外れでスナックを経営していた。


「わあ、お客さん! 今日も来てくれたの、嬉しいっ!」


 何度目かの来店で、洋巳の方から話しかけてきた。この日は常連客も帰った後のようで、客は奨弥だけだった。


「ねえ、なんて呼べばいい?」


「奨弥……」


 そう答えた男の顔を、洋巳は黙ったまま見つめ直した。よく似てはいるが、まさかあの、総代の奨弥様がこんなところにいるわけがないと、再度じっと顔を見つめた。


「さすがにもう、俺のことは忘れたか」


 見つめ続ける洋巳に向かって、奨弥は笑いかけるとそう呟いた。見開かれた洋巳の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。


「本当に?」


「ああ……」


 洋巳は店を閉めると、二人でカウンターに並んで一緒に飲みながら話し始めた。

 あれからどうしていたのか、なぜここがわかったのか。今どうしているのか、里の話になると、奨弥は黙った。


「元気そうでよかったよ」


「あの、何かあったんですか?」


「そうだな、ちょっと疲れてしまったかな」


 確かに、そう言う奨弥の横顔は少しやつれて見えた。

ホテル暮らしをしながら洋巳を探し、己の目的のために時間を費やした。その間、決意して里を出てきたにも関わらず、奨弥は自問自答の繰り返しだった。


「奨弥様、大丈夫……」


 奨弥の顔を覗きこむ洋巳に、奨弥は軽くキスをした。一瞬驚いた洋巳は、奨弥から離れた。奨弥は、急に悪かったと言って、グラスに残っていた酒をあおった。


「里に戻るのが億劫になってしまったんだ。御子姫の元に……」


 御子姫と聞いた途端、洋巳は今まで心の奥底に眠らせていたものが頭をもたげるのを感じた。

 嫌というほど押し殺してきた、御子姫への嫉妬の念だった。


「奨弥……」


 洋巳は奨弥の腕に手をかけると、部屋へ誘った。


 店から程近いマンションに洋巳は住んでいた。部屋に上がると、洋巳は奨弥に抱きついてきた。


「奨弥様……ずっと、ずっとお慕いしておりました。誰と過ごしていても、いつも奨弥様だとそう思ってきました」


 洋巳は奨弥をベッドまで連れてくると、服を脱いだ。酒と煙草と香水の匂いが混ざり、安い場末の酒場の気配をまとっていた。

 あの芳しい摘みたての花のように、こぼれ落ちてくる香りは、もうない。


 ──そうだ、これは姫ではない


 洋巳が奨弥の服のボタンに手をかけると、奨弥は自分ではずし始めた。服を脱ぎながら、ぼんやりと洋巳を見ていた。

 ふと、こんなはずではないのに、と思った。己がこれからやり遂げねばならないことを思い出す。


 しかし、何かがまだそれを押しとどめようとする。


「飲みすぎたようだ」


 そう言ってやめようとする奨弥を、洋巳はまるで気づかないふりをする。

 洋巳にはもう火がついていた。

 想い続けてきた奨弥への恋心ではない。それはとうに形を変えていた。

 御子姫に対する嫉妬の念が拗れた、すでに妄執と化したものであった。


 洋巳の手は止まることがない。奨弥は奇妙な感じがした。酔った頭の片隅で、体は勝手に応じていた。笑いさえ込み上げてきた。


 ──次からはもっとうまくやらないと


 思いも寄らず、洋巳の部屋へ連れてこられた。


 ──これ以上ない機会だ


 翌日、奨弥はホテルを引き払い洋巳のマンションに移った。



 奨弥にはやり遂げなければならない、確固たる目的があった。そのために里を出て洋巳を探したのだ。

 里を出る前、剛拳に相談したのは、輪紋衆の間で行われてきた、とある『秘術』についてだった。


 そのためだけに選んだ相手。それが洋巳だった。


 輪紋衆の中で、厄年で引退した者が、己が持つ力をすべて子に引き継がせようと、行ってきたとされる。


(たま)込め』という秘術があった。


 戦を引退し輪紋衆としての力を使わなくなった以上、子をもうけるのであれば、天から授かる力に己の力も足して込められれば、さらに強い力を得られるだろう。

 そうした、生まれ持つ力が進退を決めてしまう、一族ならではの願いから行われるようになったものだ。


 ただ、奨弥がやろうとしていることはそれだけではなかった。これは剛拳にも話していない、誰にも悟られてはならない『禁術』だった。

 

 奨弥は『(たま)込め』と同時に、『(たま)移し』を行おうとしていた。


 『(たま)込め』の秘術は、輪紋衆なら誰でも知っている術であった。

 『(たま)移し』の禁術は、奏家本家でも総代にのみ伝えられてきたものである。実際行われたかどうかは知る由もない、古い言い伝えの類でもあった。


 奨弥は、追い詰められていた。いや、己で追い込んでしまっていた。

 奨弥の精神がここまで破綻(はたん)をきたしているなど、誰にもわからなかった。


 奨弥は、剛拳に相談した時点でもうすでにどこかおかしかった。だからこそ、剛拳も止めることができなかった。

 一度里を離れて落ち着けば、洋巳とだって気が済めば、どうとでもなるだろう。それくらいに考えていた。


 洋巳を探すという行為は、見つけられない時間がそのまま、奨弥の決心を別のものへと変えていった。


 不甲斐ない己を理想の己に生まれ変わらせる。


 何より愛する御子姫のために。あの力をこの身に思い切り受け止め、思う存分戦をさせてやりたかった。


 それが今はもう跡形もない。常世の大河に湧く穢のように、愛執は奨弥を隅々まで満たしていた。

 そのうちに、ケガレのようなものが、奨弥の内から湧くようになっていた。


 洋巳は、早く帰ってくると言って仕事に出かけた。早く帰るといってもしれている。

 奨弥は荷物の中から丸薬(がんやく)を取り出して、時間を見計らっていた。


 その粒を手に取り、ずっと見つめていた。

 これを飲んでしまえば、今度こそ後戻りはできない。


 ふわりと、御子姫の香りを思い出す。


 ──あれは、俺のものだ。俺は今度こそ、手に入れる


 誰にも何も言わせない。隣の部屋から、鍵を開け男女の声が聞こえてくる。

 奨弥は、まるでそれを合図のように、丸薬を飲んだ。


 午前2時頃、洋巳はご機嫌に帰ってきた。出迎えると嬉しそうに抱きついてきた。いつもの、酒と煙草と香水の臭い。服を脱ぐと幾分かましになった。


 酔った洋巳はキスをねだってくるが、奨弥は一度も唇で彼女に触れたことはなかった。


「うるさいな」


 奨弥は洋巳など見ていなかった。

 洋巳の頭を押さえつけ、ただただ念じ続ける。


 ──()()()… 、()()()……


 心の声は唱言から呪言となる。

 

 ──()光、()風、()海、()命……!!


「もっと欲しいだろ」


 ──()光、()風、()海……!


「奨弥! 奨弥!」


 ──()光、()風、()海……!


 ──()光、()風、()海、()命……!!


 魂込め、魂込め、魂込め、魂移し。


 洋巳は狂ったように、奨弥を求めた。

 そう、まるで御子姫から奪い取ったのを、嬉々として受け止めていた。

 奨弥は全身全霊で、御子姫を欲した。

 二体の穢が互いに蜷局を巻くように、絡み合う(よど)の底で、何かが形を持ち始めていた。


 秘術、禁術、とはいえ、いったい何が生み出されるのか。

 

 一度思い切れば、すべては儀式となった。洋巳は、己の術を受け止める肉の器に過ぎなかった。


 子ができるまで、それが当たり前のように繰り返された。


 そんなある日、洋巳は妊娠したことに気がついた。どうしたらいいだろう。しかし、いつまでも隠し通せるものではない。それが元で去っていった男もいたが、奨弥はどうだろうか。


 奨弥に思い切って妊娠したことを告げると、奨弥も話があると言ってきた。

 実は、御子姫から何度も帰ってくるよう連絡があったと。

 洋巳は激しい嫉妬に駆られた。


「私を、捨てるの?」


「御子姫は絶対に離さない」


 奨弥は俯き、静かに洋巳に告げた。


「俺の代わりだと、妊娠した子を引き渡せば納得するかもしれない」


「お腹の子を御子姫に? そしたら私とずっと一緒にいてくれるの?」


「ああ、子を渡すのと同時に離縁が成立したらな。御子姫の元には戻らず一緒にいられるよ」


「本当に? でも……」


「俺たち、結婚すれば、子供なんてまた作れるよ。このままじゃ、俺も宙ぶらりんだしな。総代の席も空けて待ってると言うんだ。御子姫の言うことには逆らえない」


「そんな……子供を渡せば、奨弥は私と結婚してくれるの?」


 頷く奨弥に、洋巳はとうとう腹の子を御子姫に渡すことに同意した。

 これで奨弥は私のものになる。洋巳は不安が軽くなっていくのを感じた。

 奨弥の言う通り、奨弥さえいるならまた子供を作って、この先ずっと幸せに暮らせる。夢にまで見た生活が手に入る。


 洋巳は、腹の中の子より、目の前にいる奨弥を選んだ。


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