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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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20/43

別れ芽

 響家本家では、血の契りを控えた若い経紋衆の女たちが、親元を離れ集団で暮らしていた。


 御子姫の住む本屋を中心に、西方渡り廊下の先に(みそぎ)をする離れがある。北側の対屋(たいのや)は奥と呼ばれ、主に御子姫の世話をする場所である。

 東の対屋には若い者たちが衣食住を共にする。


 本屋から南側正面には、大広間があり、応接のための表と呼ばれる部屋が続く。東側に門があり、大広間の前には広い庭があった。


 奏家本家もまた似た形をとり、総代を頂点に若い輪紋衆が共同で暮らしていた。そして近隣に奏家本家筋の家があった。中でも、将隆の家は本家並みだった。


 血の契りを結べば、(つい)は本家を出る。

 家は奏家が用意し、二つの家はそこで初めて、対としての生が始まる。


 代々、響家では頭領になった者は本家に住み、血の契り相手の者、総代は奏家本家から通ってくるのが常であった。いわゆる、通い婚である。



 奨弥が御子姫の元へ来なくなって五日が過ぎた。

 何も告げずに、突然来なくなったので、御子姫は奨弥の身に良からぬことが起きたのかと心配になった。このままでは戦にも影響する。

 そこへ剛拳が、造船の件で御子姫の元へやってきた。


 今までと違い、(ケガレ)の大型化などの変化に対応するため、副船を主船並に大型化するよう造船中だった。


「剛拳殿、奨弥様が帰ってこんのじゃ。何か聞いておらぬか」


「そうですか、よかったら船を見に行かれませんか」


 剛拳は、双子も一緒に連れて、間もなく完成する副船を見に行くことにした。


 造船所に着くと、真新しい白木の船が完成を待つばかりであった。船は機帆船というものだった。

 双子が船大工に連れられ、甲板の様子など見に行っている間に、剛拳は一通の書状を御子姫に手渡した。


「はんっ……なんじゃ」


 御子姫は書状を見るなり、勢いよく破り捨てた。


「一年待てと。なんの冗談じゃ」


 剛拳が拾って渡そうとすると、御子姫は燃やすよう言って受け取らなかった。

 手が、小刻みに震えていた。


 ──そういうことか


「姫様ーっ! 主の船より立派に見えるーっ!」


 船の上からはしゃぎながら双子が大声で呼びかける。御子姫は手を振り返した。


「穢は待ってはくれぬ。船が完成次第、即刻訓練せい。順次、イタチの掃討を行っていく」


「御子姫殿の対はいかが……」


「要らぬ!!」


 双子が船の上で飛び跳ねている様子を見ながら、御子姫は剛拳と双子の訓練について話していた。

 見る限り二人で交代に連打したり、時に同時に経紋を打ち込み放ったり、技の連携はさすが双子という息のあったものである。


大砲(おおづつ)が撃てるようにしてくれ」


「大砲をですか!」


「そうじゃ。二人で一つの輪紋に打ち込む。重ねて、遠くへ飛ばせ」


「なるほど、増幅させるのですな」


「どうじゃ。良い案じゃろう」


「そうですね、やってみましょう。器用にこなすと思いますよ」


「あと、何年ある。厄まで」


「三年といったとこです」


「そうか……剛拳殿は先の大戦の時はいくつじゃった」


「二十歳そこそこの若造でした」


「対は……」


 剛拳は珍しく、聞かれたまま話を続けた。


「穢に受けた傷が元で失明し引退しました。まだ二十歳でした。私は戦へ戻らねばならんかったので、相手の親から離縁してくれと頼まれそうしました」


「そうか……大戦は心して挑まねばならぬな。勉強になった、ありがとう」


 大戦を起こすつもりなのか心配する剛拳に、御子姫は大笑いしながら否定した。


 今の状態では、日々の戦でさえ数時間ももたない。せめて無理なく半日は戦える持久力が必要となる。戻り、中二日でまた半日、これを繰り返せるだけの力があってやっと大戦ができる。

 気がつけば、現世(うつしよ)では十年が過ぎる。

 奨弥を忘れるには、ちょうどよい。


「剛拳殿、私は頭領じゃ。己の都合で戦などしておったら、誰もついては来ぬ。とにかく今は、最低一年、鍛錬を繰り返し、力をつけさせねば。怪我人どころか、死人が恐ろしゅうて大戦などできぬわ」


 日々の戦と訓練については、一週間周期での予定が組まれた。

 そして、船の完成に合わせて再度、対について見直された上で、承諾が得られた者から血の契りの儀式が行われていった。

 そんな中、奏家総代の席は空席とされた上で、将吾の婚姻が正式に発表された。それは、奏家の中で静かに何かが決まった合図でもあった。



 御子姫は曽祖母の元へ向かっていた。

 かねてから取り計らってもらっていた、美琴とやっと会えることになったのだ。それも、きっと将吾との縁談がまとまったおかげかもしれなかった。


大祖母(おおばば)様、ごきげんよう。どうもありがとうございます!」


 玄関には見慣れぬ綺麗な草履が一足あった。


 ──もう、お着きになっていらっしゃるのかしら


 カナ江に案内され座敷に通されると、四十半ばくらいの上品な訪問着を着た女性が待っていた。

 美鈴の妹、美琴であった。加えていうなら、(かなで)将隆(しょうりゅう)の妻、将吾の母親である。


「姫様、ようやっとお目にかかることができました。この度は、将吾に良いご縁をいただき、まことにありがとうございました」


「こちらこそ、お会いできて嬉しゅうございます」


 将吾は、御子姫が用意した縁談を大層気に入り、二つ返事で承諾して婚姻まで進めていった。

 相手は、一度対を組んだ優帆の妹で帆波といった。

 帆波は響家の中でも美しいと評判の娘だったが、戦に出て戦えるほど体が丈夫ではなかった。


「帆波は力はそこそこあるのじゃが、生まれつき繊細でな、穢との戦には向いておらぬゆえ、奥の方で働いてもらおうかと思うておったところ、それならと……」


「まあ、そうでしたか。それでは、我が家でも大切に、この身に代えましても大切にさせていただきますね」


 御子姫は、この美琴のくどいくらいの言い方に少し引っかかりを覚えた。


「姫様には穢から将吾を助けていただき、この度もまた助けていただきました。本当にいくら感謝をしても足りません」


「どういうことですか、私にはさっぱり……」


「姫様は(かなで)将隆(しょうりゅう)というお人をよくご存知ないからです。

 将吾が脚を失い生死の境をさまよっていた時でさえ、あの男は烈火の如く怒り、出来損ないと罵り……生きていても仕方がないとまで言ったのです。将吾の縁談についても、長いことあの子にとっては針の(むしろ)だったでしょう。

 とにかく、意のままにならないことに対しての仕打ちと言いますか……尋常ではないのです。

 こうして私が里のお祖母様の元を訪ねることができたのも、姫様とお会いしお話しできるのも、姫様のおかげでございます」


 将隆という敵を知らねば戦はできぬ。御子姫は悟った。

 御子姫の表情の奥を読み取るかのように、美琴は話を続けた。


「姫様、私は響家の者です。たとえ、将隆と夫婦となり子ができたからとはいえ、あの男から見れば、生涯、私は響家の者で信用ならないのです。私がどう動くのか、絶えずじっと見られているのです。

 よろしいですか、姫様。帆波に将隆を見張らせたり、ましてや何か探らせるような真似だけはさせないでくださいましね。

後悔は、決して取り戻せません。どうか、お忘れなきようお願い申し上げます」


 美琴がここまで念を押すということは、何かあれば命に関わる状況にでもなりかねないのだろう。御子姫は何度も頷きながら、美琴の話をよく聞いた。

 そしてとうとう、美鈴の死の真相にも話は及んだ。


「姉の美鈴は、将隆のやり方に幾度となく意見をしていたようです。姉の気性では真正面から臨んでしまったんでしょう。あの男からすれば、目障り極まりなかったのだと思います」


 戦から引き上げる時、頭領の船は船団のしんがりを務めていた。さらに頭領の対は船の最後尾で穢の追随を祓いながら閘門(こうもん)まで戻っていた。


 その第一の閘門までは、美鈴は船に乗っていたとされている。

 閘室に入り、第二の閘門が閉められた時に美鈴の姿は忽然と消えていたという。


 最後の戦で、引き上げる時すでに美鈴は穢からいくつもの傷を負わされ、戦える状態ではなかった。

 とにかく、しんがりとして見張りをすることしかできなかった。


 大戦後行われた一族の公聴会では、そこまでしか話は出なかった。その後、審議がなされることはなかった。


「姉が亡くなったと聞かされた時の戦で、対の晃蔣(あきまさ)殿は瀕死の重症でした。病院へ行き見舞った際に、悪いことをした、と一言ありました。そのあと、私にしか聞こえないくらいの声で、トグロに巻かれたのを見捨てた、と。

 機会を狙って、そうしろと将隆に命じられていたようです。そのことを話されるのを案じて、将隆に口を封じられてしまったのでしょう。

 このことを話せば、私自身にも、もちろん響家の身内にも、どんなことが起きるのか恐ろしく、ずっと今まで二十年以上黙って参りました。

 姫様には、どうかこのこと重々お考えいただけますよう、伏してお願い申し上げます」



 奨弥が御子姫の元へ現れなくなって、ちょうど一月(ひとつき)が経とうとしていた。


 奏家本家で、華々しく、将吾と帆波の祝言が挙げられた。

 独り身で参加した御子姫は、珍しく上機嫌の将隆に、総代の席をしばらく空席にしてもらえるようお願いしていた。将隆は、御子姫の己に対する振る舞いを気に入っているようだった。


 時を同じくして、奨弥は洋巳を探し当て、彼女の店で酒を飲むようになっていた。

 洋巳の目前には、あれほど恋い焦がれた奨弥が現れてしまった。


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