代表⑨
日本のチームと俺の快進撃はしかし、次の相手となったデンマークとの試合ではつらく苦しい戦いを強いられ、しぼんでしまったのだった。
向こうの軸はなんといっても、俺個人はソフィアの在籍期にヨーロッパチャンピオンズリーグでも対戦した、ヨハン・ラーセンだ。
かなりの若さだった当時から、敵と味方のすべてのプレイヤーのなかでずば抜けたサッカーセンスの持ち主だったが、さらに力をつけて、今や世界有数のビッグクラブであるスペインのマドリードのエースストライカーに君臨している彼と、そのラーセンに刺激を受けてたくましく育ったのであろう、下のカテゴリーの代表をU-20ワールドカップで優勝に導いた、数歳下の黄金世代の選手たちを擁し、またたく間に世界ランキングで常時ベスト五以内に入るようになったデンマークは、穴のまったく見つからないチームだった。平均年齢がとにかく低いから、体力もスピードもあるし、みんな所属クラブでも代表でも高いレベルの環境でずっとやってきているので、試合巧者ぶりも身についているのである。
前半の開始わずか一、二分ほどと、アルゼンチン戦を上回る早さで、前の二試合の勢いそのままに、俺がディフェンダーの裏を取って先取点をあげたものの、良かったのはこれで終わり。以降、俺は一本のシュートを打つことすらできず、反対にラーセンは、何人ものうちの守備陣に激しくマークされながら再三ゴールを脅かし続けて、右足と頭で二点をゲットした。
後半の十分過ぎにも彼が火を噴くような威力の豪快なミドルシュートを叩き込んでハットトリックを達成すると、ずっと見せ場のなかった俺は工藤と交代となった。悔しかったが、葛城さんの判断は妥当であり、しょうがない。
その代わって入った工藤も、いつもと変わらぬ走り回るプレーで必死に悪い状況を打開しようと努めたけれども、鉄壁というくらいに堅いデンマークの守りの前に、俺と一緒でほとんど何もさせてもらえなかった。
そして、試合終了間際に、ラーセンにディフェンダーが集中し、フリーの向こうの司令塔の選手にまたもこちらのゴールをこじ開けられて、四対一の完敗を喫し、日本はベスト八で大会を去ることになったのだ。
「ちくしょう」
笛が鳴って敗退が確定した直後に、俺はつぶやいた。
ソフィア時代のコペンハーゲンとの第二戦で負けたときが四―〇だったから、またしてもほぼラーセン一人に圧倒的な敗北を味わわされた。いくらあいつは現在名実ともに世界ナンバーワンのプレイヤーとはいえ、俺だって必死に頑張ってきて、それなりに認められたサッカー選手になったはずなのに、差を縮められていないということではないか。むしろ、もっと離されたかもしれない。あまりにふがいない試合内容で、エースストライカーとして情けない。
そう思い、肩を落としながら、ベンチから腰を上げてトボトボとグラウンドのほうへ歩を進めていた俺のもとに、誰かが近づいてきた。
「え?」
落胆していたために下にあった視線を、やってくる人物のほうに向けたところ、なんと、それはラーセンだった。
ラーセンは無言で右手を差しだし、握手を求めてきたので、応えると、自分の上の服を脱いで、ユニフォーム交換まで要求してきた。
ええ?
俺は小首を傾げた。
こいつ、こんなことをする奴だったのか? いつもにらむような厳しい表情で、誰かと楽しげに会話している場面など見た記憶はないし、他の選手のことなんて関心がないというイメージだったってのに。
今、目の前にいるラーセンも、若干柔らかい顔つきではあるけれども、はっきりとした笑顔ではない。
もしかしたら、ユニフォームのような物やアイテムは、収集したりと、大切にするタイプなのか? でも、それならば別に交換する相手は俺である必要はないはずだ。同じポジションのフォワードのが欲しいんだったら、工藤のほうが近くにいたわけだし。なのに、明らかに俺を目指して歩いてきた。どういうことだ?
もちろん嬉しいし、光栄なことなのだが、俺の頭には大きなクエスチョンマークが浮かんだ状態だったために、きっとぽかんとしていただろう。
ともかく、当然だけれど悪気はないようなので、こっちは交代して上にベンチコートを羽織っていたのを慌てて脱いで、交換に応じたのだった。




