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エースストライカー  作者: 柿井優嬉


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代表⑦

 いよいよアルゼンチンとの試合が始まるために、俺たち両チームの選手がグラウンドに登場すると、ちゃんと応援してくれているし、はっきりそう言う声が聞こえまではしないものの、日本側の観客たちもやはり、なぜフォワードのスタメンはグループリーグでしっかりゴールを決めている工藤ではなくて野島なのだ? という違和感を覚えている雰囲気が漂っていた。

 だが、その少々とげとげしかった空気を、俺は審判によるゲーム開始の笛が鳴って早々に吹き飛ばした。

 日本のサッカー界、そして代表は、伝統的に中盤のプレイヤーの能力が非常に高い。今大会のメンバーでも、攻撃的な位置のミッドフィルダーにもボランチにも、得点の決定的なチャンスをお膳立てする、実に見事なスルーパスを出すことができる選手が何人もいる。そのなかの一人である名高から送られたボールを、俺はディフェンダーの裏を取ってゴールに流し込んだ。

「よっしゃー!」

 おそらくキックオフになってまだ三分か四分ほどの、あっという間の先制点だった。アルゼンチンサイドにも、どうしてアジアの予選で試合に一番多く起用されていた野島がグループステージでまったく出場しなかったのだろうか? 調子が悪いのか? あるいはケガか? といった疑問が頭にあったに違いなく、それが一転してスタメンで出てきたことで、様子を見ようとする心理が働いて、動きに緩慢な面があったと思う。その隙をついた格好だ。まさに葛城監督の作戦が成功したのだ。

 俺は飛び上がって喜んだ後、他の先発のみんな、そしてベンチに向かっていって、葛城さんや工藤とも抱き合った。

「よくやった! 野島」

「ナイスシュート!」

 しかし反面、ゴールは早すぎたとも言える。時間は当然大量に残っており、相手の闘争本能に一気に火をつけもしただろう。ここから守りが大変だ。

 そう思って気を引き締めたけれども、案の定、サッカー強国アルゼンチンの攻撃はすさまじかった。

 アルゼンチンには、世界最優秀選手に幾度も選出された、クレメンテというスーパーエースがいる。この国における過去のビッグネームたちの時代と同じく、彼を中心にチームはつくられており、周りのプレイヤーは、クレメンテがここぞの場面でしっかり仕事をしてくれるように、負担の多い地味な役割を担うスタイルなので、核となるクレメンテを封じればよいという意味では至極簡単な話だ。

 とはいえ、そんなことはどこの対戦チームもわかり、クレメンテにマークを集中させるため、別の攻撃パターンに変えてもくる。その攻め方もまた一つだけだと敵方に読まれるので、さまざまあり、代表では基本的にクレメンテの黒子でも、それぞれクラブでは主役の立場でハイレベルの活躍をしている選手たちばかりなので、チェンジしたものも同様に質の高いオフェンスとなるわけである。

 しかし、日本はそういったアルゼンチンの攻撃の分析と対策に、決勝トーナメントの一回戦で当たる確率が高いとわかった時点から、使える限りの時間と労力を費やしており、練習もみっちり行ったのだ。ご存じのように、俺は味方や相手のプレイヤーなど研究を人一倍しているけれども、その視点で見ても、これら一連のアルゼンチンへの戦略は完璧と言ってよかった。

 ただ、パラグアイとセネガルに連勝するときもそうだったように、言うは易し行うは難しで、現実の試合では本当に苦労した。センターフォワードの俺も、数えきれないくらい自軍のゴール前まで足を運んだりと、守備に追われたのだった。

 初めは一対〇で逃げきろうとは一ミリも考えていなかった。俺だけでなく、仲間のみんなもそういう意識だったはずだ。試合時間が残りわずかならともかく、そんな弱気では、まず間違いなく逆転されるからだ。

 しかし、前半が終了し、後半も途中まで、なんとか失点を防ぎ、こちらは攻撃のかたちがほとんどつくれないなかで、少しずつその方向に日本の選手たちの気持ちが向かいだした。それがやはり誤りだった。後半の三〇分辺りで、クレメンテが出した華麗なパスから、向こうの左ウイングのフェルナンデスに弾丸のようなシュートでの同点ゴールを決められてしまったのである。

「くっそー……」

 他のメンバーの運動量も相当になっていたが、俺は守るのに加えて攻撃の糸口をつかもうと長い時間と距離を全力で走り回って、疲れていたのもあって、がっくりとなり、うなだれた。

 そのときだった。頭を上げたタイミングで、ベンチにいる工藤が目に入った。冷静な顔つきで、実際はどう思っていたのかわからない。けれども、俺にあいつの表情は、「何をやっているんだよ。こんなことなら自分が試合に出たほうがよかったじゃないか」という怒りを内に秘めているものに感じたのだ。

 これが、俺のスイッチをオンにした。

 相手のペナルティエリア付近で、仲間に対してこっちに渡すようアピールして、ボールを受けた。しかし、相対するのはヨーロッパのビッグクラブなどで幾多の修羅場をくぐり抜けてきている、百戦錬磨のアルゼンチンディフェンダーだ。複数人ですぐに体を寄せてきて、俺は下がりながら近くの味方にパスを出すしかなかった。

 ハーフウェイラインより少し前で、再びボールをもらった。ゴールまでだいぶあり、向こうの守りのプレイヤーたちは、警戒はしつつも、あまり接近してこない。

 そこで一瞬、ぽっかりと空いたゴールの右上の隅が、俺の視野を捉えた。

 いける——。

 俺は、ミドル、いや、ロングというほうが正確だろう、思いきってシュートを放った。それが、リシャールらフリーキックの名人の選手も顔負けなくらい狙い通りに、右上隅のゴールネットに突き刺さったのだ。

 や、やった……。

 蹴った自分がびっくりして茫然となったなか、次々とメンバーのみんなが俺に抱きついたり、激しく頭をなでたりした。

「野島ー!」

「すげえぞ、お前ー!」

 俺は放心状態で、されるがままだった。

 でも、まだだ。ここで気を抜くと、またやられる。

 ようやく同点に追いついた直後の失点だけに、アルゼンチンの優秀なプレイヤーたちもさすがに少し落胆しているのを感じ取った俺は、ボールを奪うと、今しがた決めた二点目に近い位置から、またもシュートを打つ構えを見せた。

 それを防ごうと、二人が向かってきた。おそらくゾーンに入っている俺は、以前にもやったように、そんなに得意なわけではないドリブルで両者ともかわし、なおも突進していって、キーパーと一対一になった。

 前に出てきた相手の守護神のサンチェスを見て、俺はループシュートを選択したが、ジャンプしたそのキーパーに指先ではたかれてしまった。

 けれども、ダイビングヘッドで、ボールをゴールにねじ込んだのだった。

「うおー!」

 俺は思わず雄叫びをあげた。

 再び日本の仲間たちが俺のもとに来て、大はしゃぎ状態で喜んだ。ベンチのメンバーも加わって、そのなかの工藤が満面の笑みを浮かべているのが見えた。よかった。あいつが出場できない悔しさを無駄にせずにすんだことにほっとした。

 試合はこのままのスコアで推移し、日本は三対一で難敵のアルゼンチンを撃破したのだった。

「やったね! 野島くん」

「サンキュー、工藤。ほんと、お前のおかげだよ」

 俺たちは改めて握手と軽いハグをして勝利の喜びを分かち合った。


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