代表⑤
こうして、どんどん立場は悪くなっていったわけだが、俺はやっぱり変わることなく練習に身を入れて取り組んでいた。
日本は、同じ二勝一分けながらも、得失点差によって、フランスに次ぐ二位で決勝トーナメントにコマを進めた。その、これから始まる、もう負けは許されない一発勝負が続くノックアウトラウンド初戦の相手は、現在フランスよりも格上と見る人が大勢を占め、ワールドカップで三度頂点に立ち、前回大会でも優勝を果たした、超が付くほどの強豪国の、アルゼンチンだ。
そして、我がチーム内がフランス戦のときを上回るくらいまで緊張感が高まっていた、試合前日のことだった。
「野島」
軽めの練習後に、一人でいた俺のところに、こちらも一人の葛城さんがやってきて、声をかけられたのだ。
「はい」
普段と一緒の、世間話でもするような調子だったので、まさかそんな言葉が出てくるとは、なおのこと思わなかった。
「明日の先発のフォワードは、お前でいくからな」
「え?」
……。
ほんのちょっとの時間ではあるが、葛城さんが口にした内容が理解できなかった。あまりに頭にない発言だったからだ。
「ど、どういうことですか?」
我に返って、しかし動揺しながら、俺は尋ねた。
「今言った、そのままだよ。フォワードのスタメンは、これまで務めていた工藤ではなくて、お前だ」
ええ?
「だ、だって、工藤はちゃんと結果を出してますよ。それに、チームがうまくいっているときはメンバーを変えないほうがいいんじゃないですか?」
それが普通だ。勝負の鉄則と言ってもいいくらいである。
「確かに動かすことのリスクもあるが、初めから決めていたんだよ。グループステージはやるべきことをきちんと行いさえすれば突破できるはずで、問題はその先だ。日本はワールドカップで過去、決勝トーナメントの一回戦での敗退が続いて、鬼門と言えるうえに、今回対戦するのはよほどのことがなければアルゼンチンかイングランドで、ここが一番の勝負どころだと」
そう、ノックアウトステージの一回戦の相手は、うちのグループCを一位通過だった場合はF組の二位で、二位通過だったら同じくF組の一位とわかっていて、F組に入った四チームの実力的にアルゼンチンかイングランドになることは予測できていた。
その二カ国ともに桁違いというほど強く、かつ、力のレベルは拮抗しているので、俺たち日本が一次リーグを勝ち上がれるかどうかはもちろん大きな関心事だったけれども、一位で抜けるか二位で抜けるかはほとんど重要視されていなかった。ゆえに、フランスに得失点差で下回って、二位での突破という結果に決まっても、誰も落胆などはしなかったのだ。むろん、両国とも当たらないように成績上位八カ国のみの三位での通過を目指すというのは、そこまで計算通りに運ぶはずはなく敗退するリスクが大きすぎるし、そもそも優勝を目標に置いている以上、どんなに強い国ともいずれどこかでぶつかるのだから、絶対にない話である。
ともかく、次の決勝トーナメントの一回戦が一番の勝負どころだと葛城さんが語った続きだ。
「だから、イタリアでプレーしていて、まして活躍しているわけで、秘密兵器のような状態に持っていくのは到底無理だが、たとえわずかだとしても、対戦する国の監督や選手たちにお前を見せまいと考えたのと、意表をつく狙いもあって、グループステージでは一切使わず、決勝トーナメントからスタメンに据えるってな」
「……でも……」
この起用方法が裏目に出て、大敗でも喫しようものなら、いや、たとえ惜敗だとしても負けてしまったら、葛城さんは日本のメディア、それどころか、日本の国民じゅうから非難されるおそれだってある。
「何を心配しているのか、言わんとしていることはわかる。しかし、問題はない。お前はやってくれると俺は信じている。俺が考えるこのチームのエースストライカーは、工藤でも他の誰でもなく、お前だからだ」
……。
ただただ嬉しかった。監督にそこまで言ってもらえて。しかも、俺の憧れの人だった、日本が誇るエースストライカーの葛城さんにだ。
けれども——冷静に見て、俺はそんなにすごいフォワードじゃないだろう。どう考えても工藤のほうが魅力的な選手だと思う。
そう浮かんだ俺の心の声が聞こえたかのように、葛城さんは言葉を続けた。
「お前のここ一番の集中力、爆発力は、並じゃないぞ。お前がJ3でゴールを量産しているときから俺は目をつけていた。そして、ソフィア在籍時の、チャンピオンズリーグのコペンハーゲンとの第一戦で、残り約十分から二点を取ってドローに持ち込んだプレーも、現地に観にいっていて、目の当たりにして、その力にホレ込んだんだ」
「え……」
そんなに見てくれていたなんて。今までまったく知らなかった。
「大丈夫だろうと思っていたが、グループステージで一秒も使わなくても、お前は腐った態度に少しもならなかった。それで完全に俺の気持ちは固まった。責任は全部俺が背負うから、お前は余計なことは考えずに、いつも通り試合に臨めばいいだけだ。明日のアルゼンチン戦、頼んだぞ!」
常に落ち着いている葛城さんが、めったに見せることのない熱い眼差しで、そう言ってくれた。
「……はい!」
必ずやってみせる!
俺の中で、かつてないくらいの闘志がわき上がったのだった。




