海外②
その気づき以降、俺はもっと頭を使うことにした。例えば、試合中にどう動くのがいいのか。今まで監督やコーチに教わってきたし、自分の感覚に頼る部分もあった。直感も侮れず、捨てるのは違うと思うが、より論理的に考えたり分析するようにしたのだ。
それをさらに効果的にするために、味方や敵チームの選手の一人ひとりを徹底的というくらいに調べることも行った。当然、人それぞれ得意や苦手があるから、ボールをもらう動き一つとっても、試合や場面ごと、パスの出し手や相手の守備が誰かで、オーソドックスなかたちが良かったり、異なる方向に進んで受けたほうがいいなどと、変わってくるからだ。チームのスタッフからデータはもらえるけれども、過去の映像にプラスして、ベンチで片時も逃すまいというほどに自分の目でも、可能な限り見て研究した。
また、トレーニングのやり方や食事といったピッチ外のことも見つめ直した。これらも指導してくれる人たちがいて、聞き入れてしっかり取り組み、今までが悪かったわけでは決してないが、もっと理に適ったものはないか? より自分に合うものがあるんじゃないか? と、常に考えるようになったのだ。
それは必ずやプレーの質の向上につながるはずだ。サッカーはずっと動き続ける激しいスポーツだから、休みもきっちりとらなければならない。毎日長時間練習したらオーバーワークになって、体を壊してしまう。ゆえに、量が限られるので、練習で他のプレイヤーに差をつけるのは難しい。その点でも、頭を使うところをうまくできれば、きっと優秀な選手との距離は縮まっていく。
そうしてソフィアの他の選手たちのことも深く知っていくなかで、改善点など、見ていて気になる部分がいくつも出てきた。
ライバルを助けることになるのだから、黙って放っておいたほうが俺個人としては良いだろう。しかし、秩父のときもそうだったように、チームが強くなって勝利するほうが、熱心に応援してくれるサポーターのためにも、そして俺自身も嬉しい。なので、包み隠さず、当人に話した。
「昨日のゲームの二点目を奪われたときさ、こっちに動いてればなんとかなったんじゃないか?」
「あの相手の左サイドバックの選手、ボールウオッチャーになりがちですから、攻めどころですよ」
といった具合に。
それに対して、初めは「あー? うるせえな」とか「お前なんかに助言を求めてないんだよ」などというリアクションが多かった。
だが、みんな一流のプレイヤーだ。素直に受け入れる気持ちはなくても、俺の言うことが正しいとわかってくる。
「なあ、俺の動き出し、遅かったか?」
「次の試合のキーパーの特徴、このデータ以外で、何か知っているか?」
徐々に、向こうから尋ねてくるようになったのだ。
とはいっても、全員が好意的に変わったわけではない。
「お前、なんでそんなことを教えちまうんだ。バカじゃねーか」
「これだから日本人は甘いっつうんだ」
確かに、ここでの甘いという指摘はもっともだ。俺は愚かな奴だと馬鹿にされても仕方がないのかもしれない。
けれども一方で、恩返しと言える振る舞いをしてくれる人もいた。試合で見事なプレーをした選手が、監督に「野島からのアドバイスのおかげだ。あいつは使える」と話してくれたり、試合形式の練習で、以前はなかなか俺にパスをくれなかったというのに、よく出してくれるようになったりと。
そういった周りに加えて、トレーニングや食事などの改善の効果も現れてきて、俺のプレー自体も良くなったことで、前より格段に結果を残せるようになった。
このような流れで、首脳陣の俺を見る眼差しが変わり、少しずつ試合に出してもらえるようになったのである。
チームはというと、何年も低迷していたことでクラブの上層部が改革に乗りだし、資金力ではヨーロッパのビッグクラブにとても太刀打ちはできないので、俺にまでオファーしたように、世界じゅうに情報の網を張って、安くてめぼしい選手を大量に獲得した成果で、ずっと上位につけていた。
そして、先発メンバーに名を連ねるようになった俺は、リーグ戦のラスト三試合でフル出場を果たすまでに至った。しかも、最終戦には先制点をあげて二対一の勝利に貢献し、初となるワン・オブ・ザ・マッチに選出され、序盤戦は試合にまったく出ていなかったことを踏まえれば御の字と言える、年間で六ゴールを記録したのだ。
「野島。お前はよくやったぞ」
「ああ、今年一番伸びたのは間違いない。俺が選んでいいんだったら、今シーズンのうちのMVPだ」
「本当ですか? でも、ディミトロフさんに言われてもなー」
「何だとー」
「ジョークですよ、ジョーク」
「言うじゃねえか、こいつー」
「ハハハハ」
チームメイトとの関係もすっかり良くなった。
ただ、残念ながら勝ち点でわずかに一及ばず、ソフィアは二位に終わり、優勝は逃したのだった。




