高校⑪
俺のもとへ、プロのチームからの誘いはないだろう。
三年間、自分にできる限りのことはやって、それなりに存在感を示せたとは思う。しかし、以前に水本に話したように、プロになる人間は大半がクラブの下部組織に所属していて、高校のサッカー部からの入団は非常に狭き門だ。今の高三の選手を優れた順に並べて、その十位以内に確実に入るというのであれば、ある程度の希望は持てるけれども、俺はそこまでのプレイヤーと胸を張って言えるほどではない。
じゃあ、この先はどうするか。
大学でも同じようにプロを目指してプレーするか。でも、高校で頑張ってプロ行きを実現すると宣言して、家族に勉強は大目に見てもらっていたというのに。約束違反だと言われたら返す言葉はない。許してもらう、もらえない以前に、倫理的というか、人間としてどうなのかとも思う。
だったら、四年間サークルを楽しむ感覚で続けるか、もしくは、すっぱりと今度こそサッカーから身を引くか。そうする可能性も低くはない。ただし、そのどちらにしても、精神的にきついだろう。
まあ、まだ時間はあるから、じっくり考えるか——と思っていた。
そんな状況で、その知らせはやってきた。
「え?」
嬉しいよりも、びっくりのほうが大きかった。
現在J3、詳しく述べるとJリーグで上から三番目のレベルのリーグで戦っている、SC秩父というチームから、俺にオファーが舞い込んだのだ。
そのクラブは小さいし、得点力がないのが一番の課題で、話を聞いたら向こうの人に「きみの決定力に期待しているんだよ」と言われたことからも、最も可能性があった展開ではある。とはいえ、点を取れる優秀な選手なんて、すでに現役の人や外国人を含めて、探せばごろごろいるのに、ただただ驚いた。
それを受け、自宅のリビングで、さっそく家族会議となった。
「やめておいたほうがいいだろう」
親父が早々にそう口にした。俺自身も、いくらJ3でもプロは当然厳しくて、通用するのか訊かれたら相当難しいと答えざるを得ず、客観的に考えると妥当な意見だと納得できるので、すぐには反発の言葉は出てこなかった。
でも、やっぱり挑戦したい。それに、助けてくれた水本や鷲尾さんらに、せっかくプロの一員になれるところまでたどりついたのに、茨の道だから断念するなんてことをしたら、とても顔向けできないという気持ちもある。
すると、母さんが口を開いた。
「あんたたちね、そう言うけど、暁斗より先に死ぬのよ。暁斗の人生の責任を負いきれないのに、自分の思い通りにしようなんて虫がいいのよ」
母さんは、いつも俺の味方をしてくれるといった、すごく優しい人というのとは違う。正直なところ母さんだって、親として心配で、全面的に賛成ではないだろう。それでも、高校でまたサッカーをやると決意したときの俺の様子や、今口にしたように俺の人生なのだからたとえ親でも本人が進む道を妨害するのは誤りだなどと、総合的に考えて、そう言ってくれたのだと思う。
それに対して、兄貴が言葉を返した。
「ちょっと待ってよ。あんたたちって、俺は暁斗と二歳しか違わないんだから、こいつのほうが先に死ぬかもしれないじゃんか。それに、俺は今回は反対しないよ。暁斗、今まで否定的な言動ばっかりとって悪かった。本当に夢を叶えちまうなんてな。すげえよ。思いきり、やれるだけやれよ」
「兄貴……」
そんな優しい言葉をかけてもらったのは初めてかもというくらい記憶にない。
「おいおい」
親父は、兄貴がそう出るとは思わず、戸惑っている様子だ。
「J3で、小さいクラブなんだろ? 年俸もそんなにもらえないだろうし……」
「あなた」
母さんが再び話しだした。
「私と結婚するとき、『きみの何でも好きなようにしていい』って言ったわよね? 『夫婦になっても、別の人格で、他人の人生にとやかく口を出すものじゃないんだから』って。なのに、おかしいじゃない?」
「何だよ、親父。そんなことを言ったのかよ」
兄貴が、微笑みながら、軽く責める態度をとった。
「う、うーん……」
親父は、参ったなといった表情で頭をかいた。
「わかったよ。ただし、もし数年でクビになった場合どうするのかであるとか、よく考えておくんだぞ。すべて感情任せにしないで。前にも言ったが、お前はバカじゃないと思ってるんだから、挫折して道を踏み外す行動をとるなんてことはしないと約束しろ。だったら、もう反対はしない。私だって、男だし、こんなまさに夢のような話に、ワクワクしている部分もあるんだから」
「……わかった。愚かな振る舞いはしないと誓える。サッカー選手としてやっていけないとなったら、真剣にどうするか考えるよ。でも、最初から保険をかけるような生半可な気持ちだと、とてもじゃないけど周りのプレイヤーに太刀打ちできないから、本気の新たな人生設計は駄目になってからにしたいんだけど、いいかな?」
「そうか……確かに言えるな。よし、じゃあ、悪い道に走ったりはしない、もう一度それは確約するな?」
「うん」
俺は大きくうなずき、親父はようやく心が満足の程度に達したようで、小刻みに何度も首を縦に振った。
母さんがその横で、また俺を祝福する感じでニッコリと笑ってくれたのだった。




