高校⑥
その日の授業が終わって、鷲尾さんとの約束通りサッカー部の部室に行った俺は、部員の人たち一人ひとりにあいさつするとともに、彼らにもプロを目指す気持ちであることを伝えた。
鷲尾さんは実現できるようにサポートをしてくれると口にしたけれども、他の人にも同様に協力してほしいという意図ではない。再びサッカーをやるんだと決めて、もう投げださずに全身全霊を傾けて活動するために、覚悟をかたちにしたかったのと、数カ月とはいえ遅れて入部することもあり、早くありのままの俺を知ってもらうのがいいだろうと考えたからだ。
それに対し、ほとんどの人が上本さんと同じように、面白い冗談だねといったリアクションをした後で、本気とわかると不機嫌な顔色になった。
ただ、こうした反応は予想できていた。しつこいようだが、うちの高校は進学校で、生徒は「勉強第一で生きてきた」といったタイプが大半を占める。ほとんどはくそ真面目ではないものの、家族がみんな高学歴だったり、幼い頃からずっと勉強をするよう仕向けられてきたという家庭環境の奴も少なくないに違いない。俺が賢い親父や兄貴にプロサッカー選手になんかなれるわけないと言われてきたのと近い経験をしてきたか、あるいは頭が良いだけに自ら悟ったか、をしてきているだろう。そうした挫折ともいえる過程を経て、「サッカーは趣味です」的に部活をやっているけれど、本心では「好きなサッカーで飯が食えたらどんなにいいか」などと思っているなかで、一緒の境遇のはずなのに堂々と「プロになる」と語る人間が目の前に現れたら、ふざけるなという気持ちになるものだ。
俺のせいでと言えるだろう、部室は不穏な空気になった。
俺は部員たちを敵に回したかったわけでも当然ない。あり得ると思っていたけれども、絶対にこういった状態になるとは限らなかったし。プレーを見せることで口先だけじゃないと納得させ、受け入れてもらえるようにと考えていたのだが、その暗い雰囲気のなか鷲尾さんが話しだした。
「皆さん、野島くんのプロの選手を目指すという言葉に、否定的な態度をとっていますけれど、そんな有様じゃ、将来、普通にサラリーマンとしてやっていくのだって、先が思いやられますよ」
部員たちは、「何だと?」といった、さらに気を悪くした様子になった。
鷲尾さんは構わず続けた。
「いいですか、一般の企業だって、今は年功序列や終身雇用じゃないところも多く、ただ働いていれば老後は安泰なんてことはない。彼のような能力もやる気もある同僚や部下を持ったとして、そんな振る舞いでは、会社からできない奴という烙印を押されて、追いだされるか、そこまではいかなくても、出世なんて夢のまた夢って状態になりますよ。せっかく好きなサッカーをやっていて、こんなに頼もしい新入部員が加わったんですから、前向きに部を飛躍させましょうよ」
すると、みんな、「確かにそうだな」というふうな、言葉が心に響いた雰囲気になった。うちの学校の生徒全体にも当てはまることだけれども、この人たちが物事を論理的に判断する傾向が強いのが大きいだろう。
とはいえ、一気に俺に好意的になるということもさすがにない。気に食わない空気は残っている。
しかし、鷲尾さんがうまいこと用意してくれたチャンス、それを活かそうと、俺は声を発した。
「論より証拠、俺のプレーを見てください。今の時点ではプロなんて現実的ではないレベルですが、俺は自分がプロになるためだけの目的でこの部に入ったわけではなく、普通にちゃんと皆さんとチームを強くして試合に勝ちたいと思っていますので、その役に立てるプレイヤーなのか、品定めをどうぞお願いします」
鷲尾さんがニヤリと笑った。
「うん、そうだね。じゃあ、外に行きましょう、皆さん」
そして、俺はグラウンドで、軽くリフティングをしてから、ドリブルしてシュートをするなど、己の力を披露した。
みんな黙ってじっと見ていたが、そのなかの一人の、さっきあいさつして聞いたから名前がわかる、三年生で部長もキャプテンも務めているという、主将らしく頼もしい印象の篠宮さんが、拍手しながら前に出てきた。
「すごいな。プロになれるかどうかまではわからないけども、俺たちの誰よりも上手く、言うだけのことはある。さっきは不快な思いをさせてすまなかった」
篠宮さんは、後輩の俺に向かって、礼儀正しく頭を下げた。
「あ、いえ、俺の唐突な発言のせいですので。こちらこそすみませんでした」
すると、篠宮さんは振り返って、俺以外の部の人たちに話した。
「鷲尾の言う通りだ。こんな逸材を活かせないようじゃ、俺たちの将来はたかが知れている。みんなで力を合わせて、野島がプロになれるようにアシストしようじゃないか。学校でやるどんな課題よりも面白いぞ」
少々間があってから、全員が勢いよく返事をした。
「はい!」
「じゃあ、まず、仲直りじゃないけれど、お互いに改めてあいさつをしよう」
そう言われ、俺は一人ひとりと握手をしたり頭を下げたりした。篠宮さんに促されたからという感じではなく、誰もが、「さっきは悪かった」「よろしくな」と口にするなど、友好的な態度を見せてくれた。
後方にいて笑顔の鷲尾さんが目に入り、俺は感謝のおじぎをしたところ、指で丸をつくるジェスチャーで返してくれたのだった。




