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Killing syndrome  作者: 兎鬼
第4章 激突
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22/26

極限


9月14日(土)11時10分


私は敢えてホールへは向かわず、予定通り屋上を目指していた。


何故なら、直感的にホールへ向かうのは危ないと感じたからだ。

戦闘を終え冷静になっていく頭で改めて考えてみれば、これはいくらなんでもうまく行き過ぎではないだろうか。


薬に関わったという理由で、雀荘のおっちゃんは殺された。それならこの学園の関係者は、内部の人間全員ということになる。

だから、鷹城が式典に集まった人間を狙って作戦を起こすに違いないと判断してここまで来た。そして私は、作戦が開始される前に鷹城を倒そうと焦って行動していた訳だ。

つまり、現状の結果だけを見れば、私は狙い通り作戦が開始される前に首謀者の鷹城を倒すことに成功したことになる。


結果的に首尾良く作戦関係者を倒せた事は良かったと言っていいはずだ。

けれど、冷えた頭で考えてみればそもそもおかしい事がありすぎる。


まず、ホールには清白先生と私以外の人間が集まっているはずだ。そして、先生は殺された。にも関わらず、何故まだホールからは逃げる生徒の1人も出てこない?

それに、そもそも私と先生は式典が始まった後もずっと医務室にいた。それなのに、どうして私はまだ生きているんだ?


これまで攻撃を受け続けてきて、これが偶然うまくいったなんて、ぬるい事実ではないということだけはわかる。

理由はわからない。けれど、まだ実行されていない現状に明確な理由があるのだとしたら、今私が下手にホールに近づくことが危険なのは間違いない。


鷹城を気絶させてしまった以上、行動を進めるには、学園内に潜む、他の鷹城の仲間から情報を手に入れなければならない。


そこで私は、予定通り階段を上り、先生を狙撃したライフルがある可能性が高い場所、3F渡り廊下と屋上を目指すことにした。


急いで階段を上り、仕掛けられたトラップを一つづつクリアしていく。鷹城を倒したためか、大掛かりなトラップは無い。仕掛けられているのは、まきびしやトラバサミ、センサー式のボウガンなど通った人間を無差別に攻撃する物ばかりになっている。


どのトラップも今の私を止められるようなものはない。何の障害も感じずに、先に進める。

けれど、それが逆に私の不安を掻き立てていく。いくらなんでも、殺されかけた1階のトラップと2階以降のトラップのレベルに差があり過ぎる感じがする。


不安を拭えないまま、階段を駆け上がり、ついに3階まで到達した。


けれど、相変わらず人影はない。それどころか、3階には目に入る範囲にトラップの一つも見当たらなかった。

強くなっていく不安を押し込め、渡り廊下を進んでいく。


すると、私の不安を助長するように通路の真ん中に、何かの装置にセットされたライフルが置かれていた。


何かのトラップの可能性もあると考えたが、近ずけどもやはり、周りには全く気配が感じられず、ライフルも動く様子がない。

よくよく見ると、設置された装置は自動で弾を発射できるようにされた仕掛けで、設置された機械も、おそらくセンサーか、遠隔操作ができるような仕掛けのようだ。


位置からして、このライフルが先生を打ち抜いたことに間違いないだろうが、先生を打ち抜いたのは、ここにいた誰かではなく、別の場所から装置を作動させた鷹城だろう。


私は、ライフルにつながった機器を取り外し、外せないものは抜ける範囲でコードを抜いた。そして、最後に本体から弾倉を取り外し、それだけを窓から放り捨てた。


作業時間はおそらく、5分ほど。体力を消耗しないよう、ゆっくりと作業したつもりだ。けれど、その間も妨害などは一切なかった。

私が行ったのは、敵のトラップの破壊活動のはずだ。にも関わらず、妨害がないとすれば……


この学園の建物の中には、鷹城以外に仲間がいない?


いや、それはない。確かに、現状の校舎内の状況を見ればそう感じられる。けれど、もしそうなら鷹城がやられた時点で作戦は失敗することになってしまう。他にも必ず仲間はいるはずだ。


ライフルの地点で足を止め、今までの状況を思い返してみる。

ホールに向かった先生が死んだ。そして私は1階で殺されそうになった。そして、その後は学園内の敵を探すため、屋上を目指した。唯一、鷹城を倒せたおかげで罠が少なくなっていることだけが救いといえば救いだが……


鷹城に気をつけなさい。


そういえば、あのメッセージの意味はなんだったのだろう。真理亜は何故私に気をつけなさいと言ったのだろうか。鷹城は裏切り者よとか、鷹城を殺してではなく気を付けろと言ったのは何故なのだろう。


「待てよ?」


私は勝手に、真理亜が黒幕が他にいることを匂わせるために、明言しなかったと思い込んでいた。

けれどもし、気をつけなさいと言った意味がもっと直接的なものだとしたら……


「掌の上で転がされないように、気を付けなさい、か」


真理亜は、はめられた自分が許せなかったから、明言できなかったんだ。

もし、私が鷹城を倒せたことも想定の範囲内だとしたら、ホールへ向かうべきではないと判断して、ここまで登ってきたことも、誘導されたということになる。


そういえば、敵を倒し安心して次の目標を目指しているこの状況は、あの時にそっくりだ。敵を皆殺しにして安心し、そして殺されかけたあの料亭の時と。


深呼吸を一つして、自分を落ち着かせる。そして再び屋上に向けて歩き出す。

もし、これが望まれた状況なら、屋上には後詰のためにヤツがいる。


私が本当に復讐したかったもう1人の男。地底人が。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


屋上への階段を登りきり、扉を開ける。安全のために普段は閉じられている扉には、やはり鍵はかかっていなかった。


ギィィィイ


ゆっくりと扉が開いていくにつれ、暗い階段に光が差していく。

そして、完全に扉が開き切り、暗闇との境界線がなくなると、屋上の中央に人影を確認できた。

ボサボサ頭に、短パン。そして、地底人の文字が入った赤いTシャツが印象的な男。地底人が。


ヤツは屋上の中央に置かれた椅子に座っている。左の膝に肘をつき、ついた手の上に顔をのせてこっちを覗き込んでいる。昨日と違うのは、Tシャツの上に黒い上着を着ている事だけだ。


相変わらず顔には余裕が浮かび、どことなく気が抜けたような独特なオーラを放っている。けれど、その放たれているオーラには昨日楽しそうにアニメの話をしていたときのような遊びは全く感じられない。


入り口から屋上へ一歩踏み出すと、世界が一変した。晴天の空の下に出たはずなのに、まるで土砂降りの雨に降られているかのように、景色は鈍色に歪み、立っているだけで体力をどんどん削られていく。

どれも間違いなく錯覚のはずだが、とても現実でないとは思えない。


私は体が動くかどうかを確認するため、更に一歩、一歩と地底人の間合いの中に入っていく。2人の間の距離はおよそ10メートル。死線を1つ潜ったおかげか、間合いに入っても、体は動く。


「待ちくたびれましたよ」


地底人は、私が近づいてくるのを見ると安心したように椅子から立ち上がり、そして刀を抜いた。すると、次の瞬間、さっきまで奴が座っていた椅子は原型がわからないほどにバラバラになった。


「今度も私が勝つ」


明らかに鷹城とは格が違う。今の動きだけで、相手のレベルが自分よりも数段上だということがわかる。けれど、嬉しい誤算だが、昨日とは違い今日は私にもあいつの剣筋が見えた。これなれば、やれるかもしれない。

私はヤツとの間合いを詰め、そして徐々に私の間合いに地底人を入れていく。そして私は、回避が可能なギリギリの範囲で足を止め、地底人の様子を伺いながら構えを取った。


地底人はゆっくりと刀を鞘に戻すと、そして改めて構えをとった。


初撃でどんな斬撃が飛んでくるのか計っていると、地底人は居合はせず、私の方に向けて一気に踏み込んだ。


「なに!?」


私は咄嗟に横に飛び、ヤツの着地点から逃れる。

完全に意表を突かれた。前回の攻撃では居合がメインだったから、てっきりあれがヤツのスタイルだと決め付けていた。


キン


私は着地すると同時に追撃を逃れるため、ヤツが踏み込んだ屋上の入り口と反対に向けて走った。


けれど地底人は私を追いかけはせず、そのまま私がいた位置に向けて、剣を振るった。


キン キン キン キン キン


「お前、一体何を!」


十分間合いを取ったところで、ヤツの方をを振り返る。けれど、何も変化は見られない。


「はぁ!」


ドガン


再び、ヤツは入り口に向けて斬撃を放つ。今度は分かりやすい縦の斬りだ。しかし一体さっきから何を?


ズズズズズズ ドガァァアン


答えはすぐにわかった。まるで私が見るのを待っていたかのように放たれた斬撃によって、扉が弾け飛ぶと、まるでそこに雪崩れ込むかのように、さっきまで平然としていた壁が、ズレた。そして、ズレた壁は次々に崩れ、瓦礫になってしまった。


切られた壁すら気が付かないほど鮮やかな切れ味?なんだそれ。いくらなんでも、入り口を崩すためにしては、大掛かりなパフォーマンスすぎる。


「はじめから、私が避けられるとわかって入り口を崩したのか?」


地底人は刀を鞘にしまいながら、ゆっくりこちらを振り返ると、今度はにっと笑って私の言葉に答えた。


「ええ。というより、あれくらい避けられないなら、死んで欲しかったので」


おそらく、力の差をわからせるためのパフォーマンスの意味合いが強いだろう。歴然とした力の差に、めまいすらする。けれど、それ以上にあまりにも馬鹿にした挑発に怒りが湧いてくる。


「あぁ、そうかい。上等だ。お前をとっとと倒して、ホールの罠の解除方法を聞き出してやる」


「え?なんのことです?」


私は地底人の言葉を無視し、走り出す。そして、ヤツの間合いに入ると同時に一気に踏み込み間合いを詰める。


拳が届く範囲に着地すると同時に、ヤツの刀を持つ手に力が入ったのがわかる。


私は瞬時に跳躍し、後ろに避け斬撃を回避する。そして、刀の方向から次の攻撃を予想しフェイントを挟みつつ、ヤツの左側から再び正面に入る。そして全体重を込め、ヤツの顎を右手で、そして腹部を左手で突く。


地底人は私の拳が放たれる寸前で刀の向きを修正し、刀を抜く。そして、顔を逸らし右の拳を回避するが……


「おそい!」


「ブフォッ!!」


左の拳が、ヤツの腹部を捉えた。無理な体制から攻撃を食らったため、地底人は勢いよく転がり、崩れた瓦礫の中に転がり込んだ。


手応えは十分。姿勢を立て直し、再び間合いを詰めようと歩き出す。


「うぉっ」


しかし踏み出した私は何かに滑って転んでしまった。

もし、地底人が無事なのならば、転んでいる状況はまずい。私は起き上がるために、左足を前に出した。


プシャァァァァァァ


瞬間鋭い痛みが右の脇腹に走り、勢いよく血が吹き出す。まずい、ちょうど肝臓がある位置だ。

どうやら、滑ったのは自分の血液のようだ。


「話している途中とは卑怯な。でも、まだまだですが……強くなりましたね」


ガラガラガラガラ


痛みに立ち上がれないでいる私をよそに、地底人は瓦礫の中から立ち上がった。そして土埃で汚れた上着をはたいた。けれど、黒い上着はなかなか綺麗にならない。しびれを切らしたのか、結局ヤツは上着を脱ぎ瓦礫の上に捨てた。


「バカなこと言ってんじゃねぇ、これからだよ」


必死になって、脚に力を込める。そして、なんとか立ち上がることには成功する。けれど、足がふらつき、まともに歩くこともできない。


地底人は私のそんな様子を分かってか、つまらなそうに瓦礫の上に腰掛けてしまった。


「そういえば、何を勘違いしているのかは知りませんけれど、僕はホークアイの受けた依頼のことは、誰も助からないということ以外は何も知りませんよ」


立ち上がれない私を見下ろしながら、地底人はつまらなそうに言った。


さっき言えなかったことを言っただけなのだろう。けれど、私にはその言葉が聞き逃せないほどに重要に聞こえた。


誰も助からないとはどういう事だ。ヤツは何も知らないと言った。だとしたら私を挑発しただけなのか?


「何言ってんだよ。私には誰も助けられないっていう意味か?」


体が思うように動かせず、馬鹿にされ腹が立つ。私は怒りに任せて、地底人の顔を睨みつけた。

けれど、ヤツの顔に浮かぶ表情がそうではないということを物語っている。私の怒りの視線を受け、まるでうんざりだとでも言うかのように首を傾げ、オーバーに手を上げて見せた。そして私の方に憐むような視線を向けながら再び話し出した。


「本当に何も知らないんですね。それで良くここまでやってきたものです」


「どう言う意味だ?」


「この学園に蔓延しているネクストって薬はセカンドを作り出すために開発され、生まれた失敗作なんですよ」


「……つまり、失敗だと分かっていて、ゾンビになる薬を飲ませてたってことか?」


「ええ、そうです」


地底人の顔を見ると、今度は本当に悲しそうな顔をしている。それだけ見るとまるで被害者を憐む、真っ当な人間のように見える。


けれどやはり、何も殺すことはないんじゃないかと思う。死んだらゾンビかもしれない。けれど、助けられる可能性がある以上、見殺しにするのはおかしい。

こいつらの殺しが、依頼された仕事をなのだとしても、それは知っていて飲ませる奴らと同じだ。そこに同情の余地などない。


丁寧に説明してくれる男の言葉を聞いてもまだ私の考えは変わらなかった。けれど、次の男の言葉を聞いて、それは一変した。


「何か勘違いしてるようだから、あえて言いますけど、あの薬をセカンドじゃない人が飲んだ場合、僕らが手を下さなくても、みんな体力の低下を待って死にます。そしてその後Killing Syndromeと同じ症状を発症するんです。つまり……僕の言いたいこと、わかりますか?」


「つまり、政府は苦しまずに殺してやってるってことか?」


「そうです。それに、放ってほいて家で死なれでもしたら、その人の大切な人もその人が殺すことになります。それは、正直僕には興味ないですけど、あなたはきっと僕とは感じ方が違うでしょう?」


なんだそれ。

そんなの、なんで飲ませるんだ。失敗作にも臨床データを取りたい奴らがいる。そして、それが金につながる。それが理由であのドラッグが蔓延しているということはわかる。けれど、だからなんだ。そんな理由で人を、それもこんな大量に殺していいはずがないじゃないか。


パパが管理している殺しの正当性、こいつらの作戦の裏にある正義。その全てが否応なく理解できてしまった。殺す側としては正しいのはあいつらで、私の復讐はただの私怨で自己満足。


けれどどれだけ頭で理解ができても、私の心だけは、どうしても理解することを拒む。

真理亜が殺されたのも、私の家族が、雀荘のおっちゃんが殺されたのも正しいことだって言うのか。そんなの許されるはずがない。


頭の中に殺されていった大切な人たちの顔が浮かんで、そして消えていく。その度に、私の心を怒りが満たしていく。


「私は馬鹿だな」


「何故です?」


「この出血じゃあ私は死ぬ。だとしたら、私には難しいことは何も関係ない。ただ、このまま死ぬか、お前をぶっ飛ばしてから死ぬか。私にはそれだけじゃないか」


「ええ、そうですね」


お前をここでぶっ殺す。そう決意を込めて、言葉を発したつもりだ。けれど、ヤツは私の言葉を聞き、見惚れそうなほど美しく、嬉しそうに笑って見せた。


私はそれ以上は言葉を続けず、ついた膝に力を込め立ち上がる。さっきまであった痛みは、アドレナリンのせいか感じなくなっている。それどころか、体もさっきより動く。


ヤツの方を見ると、いつの間にか立ち上がり、そしてどこからでもかかってこいと言うように得意の居合の構えをとっている。


目を閉じて意識を集中する。

この出血量から考えて、生きていられる時間はあと5分がいいところだろう。そして、戦えるのは、あと2分と言ったところか。更に体感として、使えていた力は20%程度だ。

残り時間の中で、どれだけ私の限界の30%まで力を発揮できるかが勝負だろう。それでも勝てる保証はないが、それは考えても仕方がない。


燃えている家を、真理亜の無念のメッセージを思い出せ。怒りを燃やせ。今私にあるのはそれだけだろう。


目を開けて、狙いを定める。すると、さっきまで鈍色にくすんでいた景色は、色を取り戻し、体も動くようになっている。これなら、ヤツと同じ次元で戦える。


「うぉぉぉおおおお」


地底人をめがけ正面から一気に走り出す。


私の踏み込みに合わせて地底人は刀を抜く。そしてまず左肩を狙った斬撃が飛んでくる。しかし、これは避けてはいけないフェイントだ。私は肩に刀が到達する同時に、斬撃の威力を足の先から逃し皮一枚で刀を止める。


そして受け止めると同時に、意識を失わせるため顎を狙った右の突きを繰り出すが、既に刀は鞘に戻され、既に私の右手を狙った構えがとられている。


このまま右の突きを繰り出せば、腕が飛ぶ。私は右の突きを断念し、すかさず右の手を追うように左の突きを今度は腹部を目掛けて繰り出す。右の腕に刀が触れると同時に、私の左の突きがヤツの腹に命中。


「うっ」


ザシュュュュゥ


地底人は突きの衝撃に、滑るようにして後退。しかし、見切られていたのだろう。体を引かれて威力を殺され、大きなダメージを与えられたようには見えない。


「へぇ、さっきより速いじゃないですか。このまま死んだら可哀想です。僕も本気を出しますね」


地底人は刀を抜くと鞘をその場に投げ捨てた。その瞬間、これまでに感じたことのない奇妙なオーラに包まれるのを感じる。


腹を切られた立ち会いよりも、今の方がお互いに速度を増している。その上確かに手応えもある。けれど、この得体の知れないオーラには恐ろしさを感じる。


「何をしたんだ?」


「まったく、敵に聞かないでくださいよ。……まぁ、簡単に言うなら僕の能力は1つじゃないんです。やって見ればわかりますよ」


地底人は刀を利き手一本で持つと、見たことのある、およそ剣士には相応しくない構えをとった。そして、見たことのある歩法で踏み出すと、私の前に現れた。


私は瞬時に動きに対応し、繰り出されるすべての攻撃を回避した。


地底人は私の顔を見て満足そうに笑うと、元の位置まで戻り構えを解いた。


「わかりました?」


相手の動きは、私だった。だから、知っていたから避けられた。


こいつと戦ったのは今までで2回。戦闘時間にして10分足らず。その中で私が子供の頃練習して身につけた格闘技の動きをコピーしたと言うのか?

いや、コピーなんて生温いものじゃない。私のクセや、様々な格闘技から応用した踏み込み、そして体の移動までを完璧に真似している。


「……まさか、見取り稽古ってやつか?」


「ええ、僕は目がいいんです。さっき感じた妙な気配は、あなたの気配ですよ」


「じゃあ、今までの動きは全部できるのか?」


「もちろん、それだけじゃなく、剣技に応用して使えます。だから攻めるため鞘を捨てました」


地底人はそこまで言い終えると、今度は剣士らしく刀を前に構えた。


「そう言えば、名乗っていませんでしたね。僕はシャドウと呼ばれています」


「私は鏡花だ。……ただの鏡花だ」


「え、女子を名前で呼ばせるとか、オタクにはハードル高すぎません?」


「関係ねぇだろう。どっちか死ぬんだから」


さっきの攻撃は、知っていたから避けられた。つまり、私の動きを知ったあいつには、攻撃が通用しないということだ。


だが今更型を変え、付け焼き刃で挑んで通用する相手でもない。要は、私がより強くなり続けなければ死ぬ。それだけのことだ。


私の言葉を受け、地底人は嬉しそうに笑った。そして、間を開けずに一気に踏み込んできた。


「行きますよ!」


さっきと同じ軌道の踏み込み。しかし、さっきとは段違いの速度に体が追いつかない。気がついたときには、左側から胴を狙った斬撃が来ていた。私は咄嗟に体重を移動し、左腕で斬撃を受けた。


「ぐほっ」


しかし剣を腕で受けた瞬間、右頬に強い衝撃が走る。空いた隙を突かれ、思いきり顔を殴られた。


衝撃に私は後退りする形になる。そこへ今度は上から、振り下ろされる形で刀が降ってくる。私はそれを回避しようと、右に体を逸らした。すると今度は回避した瞬間、左の脇腹に強い衝撃が走る。


「ああぁぁ」


私は勢いそのままに、思い切り右に転がる。どうやら今度は回し蹴りを喰らったようだ。


あと花びら1枚分。あの力を発揮しなければ、追いつけない。


「はぁぁあ!」


見上げると、上から腹部を目掛けて刀を持った地底人が飛んでくる。

私はそれをなんとか転がってかわす。


ガギィィン


さっきまで私がいた場所の、コンクリートに刀が突き刺さった。

なんで切れ味なんだ。もし、あそこに寝たままだったなら確実に死んでいた。


「ふんふん、なかなかしぶといですね。でーも、そこに寝ていたら、死にますよ」


地底人は地面に刺さった刀を抜くと、私の元に踏み込み、刀を振り下ろした。


私は咄嗟に横に転がりながら起き上がり、斬撃を回避。


しかし、見上げるとそこには、刀がもう一度振り下ろさようとしていた。動きが捉えられないほど速くなったこいつと、正面からもう一度行動の読み合いをすれば、間違いなく死ぬ。


死に瀕した状況に、頭が冴え渡りいくつものパターンが頭の中を駆け巡る。


このまま振り下ろしを受ける、死亡。

右に避ける、左から攻撃される、刀を受ける、死亡。

左に避ける、同パターンで死亡。

右に避け追撃を試みる、受けられ、刀を受け死亡……。


けれど、どれだけ考えても今の私の実力では、普通にやれば勝てる見込みがない。


刻一刻と迫る斬撃を前に、とるべき行動が浮かんでこない。

一体どうする?どうすれば、私の行動を読み切った、こいつの不意をつくことができる?


あと1分足らずの間に、起死回生の一手を、そして次につなげられる一手を打たなければならない。あと、0コンマすれば私は殺される。けれど逃げ続けても、あと数分すれば死んでしまう。


四面楚歌。

嫌気が差すほどどうしようもない状況が目の前に迫っている。残り数分を戦うために、どうしても此処を乗り切らなければならない。そして、攻撃に繋げなければ。そうしなければ、死ぬ。


けれど、勝ったところで死ぬ。

今回の状況は前回とは初めから何もかも違っている。どう足掻いてこいつを殺しても、この出血なら結局死ぬ。そう考えれば、逃げ延びることを考えなくていいだけ楽、か。


ん?そうか、待てよ、死んだとしても、相手を倒せる一手があればいいのか。致命傷を受けたとしても、相手を殺せるならそれが1番だ。

逆境に立ち、死に極限まで近づいたために、普通なら至らない思考にたどり着いた。


そして、その瞬間、あるアイディアが浮かんでくる。これならやれる。というより、これしか手はない。


ふと気がつくと、まだ刀は立ち上がった私の頭上に高く掲げられたままだった。


「はぁぁああ!!」


私は刀が来る前に、込められるだけの力を足に込め思い切り地底人の懐に飛び込み、そのまま腹に全身全霊の突きを放った。


このままヤツが私の頭をかち割るなら、内臓を潰す。けれど、ヤツはこの攻撃を必ず避けてくる。何故なら、ヤツにはこれからの人生があるのだから。


そして、予想通り地底人は私の行動の転換を瞬時に察知し、振り下ろす攻撃をやめた。そして、攻撃を回避するため刀を前に出しながら後ろに跳んだ。


「取ったぁぁああ!」


私は前に突き出した右手を使って、刀の刃を思い切り掴む。切れ味の鋭いよく整備された刃は、指の肉を糸もたやすく切り裂き、すぐに骨まで到達した。けれど、そんな事は構わない。

私はそのまま刃を掴み、地底人を引き寄せる。引き込む間に、中指が落ち、薬指が落ちた。血で指が滑りそうになるのを必死にこらえ、思い切り引き込む。


地底人の顔を覗くと、その顔には驚きと恐怖が浮かんでいる。私は構わず引き寄せられてきたヤツの頭に、力一杯頭突きを喰らわせた。


「うぉぉおお」


そして頭突きをもろに受け、離れていくヤツの頭を狙い、追いかけるように回し蹴りを打つ。しかしヤツは怯みながらも回し蹴りをいなし勢いを完全に殺した。そして体制を立て直すと、その場で思い切り刀を振るった。


切れ味が鋭すぎて、どこを切られたのかわからない。けれど、直感的に利き腕が落とされたのがわかる。

これから私が足掻くことを考えれば、利き腕を落とすのは当然の判断だ。


そして、およそ1秒に満たないくらい間を開け、私の腕は地面に落ちた。断面から血が吹き出し、徐々に足元の血溜まりを大きく広げていく。切られた腹部と、腕から流れる血で、徐々に体温が落ち、体の自由が奪われていくのを感じる。追撃に備え一歩踏み出し、歩けるかどうか確認してみる。ふらふらで足元はおぼつかない。けれど、体の感覚が研ぎ澄まされ、これまでにないくらい情報がクリアに入ってくる。あと、5歩くらいは歩けそうだ。それだけあれば、とどめを刺すには十分。


けれど、まだだ。まだ、歩き出してはいけない。ここまでは腕が落とされたことも含めて、全て作戦通りなのだから。あと、少し。もう少し待ってから勝負をかけよう。


地底人は私の様子を見て、恐ろしいものを見る目をしながら、笑い出した。多分そうしていないと、私の異様な執念が怖くて仕方がないのだろう。


「ハハハハ!死に急ぎましたね!あんなバカな真似しなければ、もう少しは戦えたのに!あぁ痛ったい!もう失血でうごけもしないでしょうが!このばぁぁあか!ってうぉっ!?」


今だ。


私は、地底人が私の死を確信し、自信満々に油断をするこの瞬間を待っていた。頭突きをしたのは、痛みで冷静さを失わせるため。そして利き腕を切らせたのは、私が得物を失って戦えなくなると勘違いさせるため。

今、ヤツが昨日アニメの話をしていた時くらい集中力を欠いたこの瞬間に、意表を突く行動ができれば、勝機がある。復讐が果たせる。

私の命と引き換えに。


私は地底人の言葉の途中で、下に落ちた私の利き腕を、ヤツの顔を目掛けて蹴り上げた。


地底人は、飛んできた私の腕に驚き瞬時に斬った。そして私の腕は、足元に転がる椅子の破片のように、原型を留めないほどバラバラになった。


それを、私は空中で眺め、心底満足した。

ここに来て私の体はようやく30%に到達したようだ。

視界がぼやけ、ろくに見渡せない。けれど、見えないものなど何もない。そう感じるほどに、全身の感覚が研ぎ澄まされている。

あいつが私の腕を切る剣の動きのひとつひとつも、飛び散る私の腕だったものの残骸も、飛び散る血の一雫も。そして、私の作戦に嵌められたことに気づき目を見開くヤツの間抜けな顔も、全てが手に取るようにわかる。


地底人が刀を振るい、次の構えに移るまでの間に、私はヤツの左側に着地した。そして、私に向けて放たれた斬撃のの間を縫うようにかわし、渾身の回し蹴りを、ヤツの首目掛けて……


勝った。

私は意識が薄れていく中、消えていく命の灯火の中で、そう確信した。


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